勇者の友達   作:パン3

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第五話 聖都アネスト

 

 聖都『アネスト』

 

 初代勇者エニルの仲間にして、人類で初めて神の奇跡を体現し多くの命を救ったとされる神官アネストが生まれた場所。優秀な神官を数多く輩出し、多くの偉大な勇者とともに魔王を打ち滅ぼしてきた。

 特にその中心地である聖都には多くの優秀な神官が集っており、各国から病や障害に苦しむ人々が回復を望んで訪れている。曰く、アネストの神官に治せないものはないというのが、村に伝わる評判だった。

 

「そこに行けばルナの腕は治るの?」

「可能性はある、かな」

「絶対じゃないんだね」

「まあねー。そもそも四肢の欠損を治すってかなり上級の奇跡だし」

「えっ、でも教皇様だったら治せるんだよね?」

 

 教皇。

 四大国に伝わる女神教の教祖。アネスト国の実質的な指導者にして、この世界で元も優れた神官だ。

 

「ううん、どうだろうね。今の教皇って奇跡の腕前よりも、政治の腕で決まるらしいし。だから、賭けるとしたら勇者の旅に同行する神官かな」

「どういうこと?」

「ウィル。勇者っていうのはね。一人で魔王に挑んできたわけじゃない。神官や魔法使い、戦士……仲間と一緒に戦ってきたんだ。彼らはその代の中で最も優秀な者の中から選ばれる。もしかしたら、私の治療をできる人もいるかもしれない」

「そう、なんだ……」

 

 でも、心配だ。

 もし、その神官でさえも治せなかったら……

 

「大丈夫だよ」

「何が?」

「もし腕が治らなかったとしても、私が君を守るから」

「……」

 

 その言葉に思わず足が止まる。ルナは気づかずに前を歩いていく。僕を守るのは勇者として当然だと言わんばかりに。その背に頼もしさと、同時に少しだけ複雑な思いを抱きながら、僕らはアネストへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「勇者様の凱旋である!」

 

 聖都に辿り着いた僕らを待っていたのは国を挙げての歓待だった。いきなりの事態に碌な説明を受けることなく、僕らは聖都の街道をゆっくりと進んでいく。ルナは外套に身を包み、仮面を被って再び男の勇者『ルナリアス』として慣れた様子で手を振っていた。勿論、左腕は外套にうまく隠して隻腕であることを隠している。

 

 仮面については、その本体は額部にある宝石らしく、宝石が砕けない限り、何度壊れても自動で修復できるらしい。日光に照らされて、額についた宝石が、勇者を見る人々に反射するように赤く輝いていた。

 その宝石を覗き込んでいるとルナがこちらを振り向き、周りの人々に手を振るように促してきた。

 

 頬が熱い。

 

 ルナに見惚れていたと思われてもおかしくない。というか、ルナも心の中でそう思っているに違いない。仮面の奥ではきっと、自慢げに笑みを浮かべていることだろう。それを誤魔化すように慌てて周囲の人々に手を振る。

 

 すると、人々は少し疑わしげというか、困惑したような目で僕を見てきた。

 それも当然か。

 ルナは外套に身を包み、素顔を隠している。それでも、その容姿は目を見張るほどに美しく、存在感に溢れている。まさに勇者だ。それに対してこちらは、恥ずかしいからと外套をすっぽり被って顔を隠してはいるものの、外套の下から見える衣服はボロボロで、身体付きは貧相で覇気もない。

 なぜ勇者の旅に同行しているか分からないのも当然だろう。こんなことになると分かっていたら、聖都の役人が用意した衣装を分不相応だと断らなければ良かった。

 

 (あれ?)

 

 多くの街の人々は勇者に対して笑顔で手を振っているが、その内、何人かの笑顔はどこか虚だ。無理に笑っているようにも見えた。

 いや、むしろ……

 

 

 憎しみ。

 

 

 どこか得体の知れない恐怖を感じながら、僕らは教皇の待つ宮殿へと歩いていった。

 

 

 

 

 

「よく来られました勇者様。私は、教皇様の身の回りのお世話をさせて頂いておりますスネイルと申します」

 

 宮殿に着き、出迎えたのは白い法衣を着た若い神官だった。緑の長髪を後ろで結い、肩口まで伸ばしている。整った顔立ちに細く切れ目のある瞳孔はどこか蛇を思わせ、鋭利で冷酷な印象を与えた。見たところ十七、八くらいだろうか。まだ若い筈なのに宮殿の出入りが許され、勇者の応対を任せられるなどよほど凄い人物に違いない。

 

「どうぞ」

 

 案内に従い、宮殿の奥へと進んでいく。生まれて初めて訪れた宮殿は、想像とは全く異なる場所だった。真紅の絨毯は踏むたびに雲を踏んでいるかのようにふかふかと柔らかく弾み、壁には目が痛くなるほどの黄金で作った装飾が所狭しと施されていた。時折目に入る絵画や彫刻、壺といった美術品は素人目で見てもその価値が察せられるほどに美しく、想像していた質素な内装とはかけ離れていた。ここが宮殿と知らされていなければ、どこかの成り上がり貴族が客人に見せつけるために作ったのかと思っていたほどだった。

 

 やがて一際装飾の華美な部屋に案内される。そこには、紫や黒といった色とりどりの法衣を着た神官達が部屋を囲むように、あるいは僕たちを威圧するように並んでいた。色はおそらく神官内の役職や地位を表しているのだろう。皆、歓迎するかのような笑みを浮かべているが、その瞳の奥はまるで笑っていなかった。試すように、探るように、嘲るように、それぞれの思惑が交錯していた。まるで魔物の巣に飛び込むような恐怖を覚えながら、僕らは示された椅子へと座った。

 

「教皇様はどちらに?」

「生憎、丁度本日は身体の調子を崩しておられまして」

「そうですか……」

 

 ルナが困ったように俯く。

 

「何か教皇様に御用があれば承りますが」

「教皇様に会わせて頂くことも難しいのでしょうか?」 

「はい。今はここにいる者も含め、国の高名な神官達が交代しながら総出で治療を行っていますので」

「そうですか。教皇様の体調が優れないというのであれば仕方ありませんね。回復されることを願っています」

「ありがとうございます……して、どのようなご用事が?」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべながら、スネイルさんが問いかけてくる。ルナはその言葉を待っていたように、外套を脱いだ。

 

「なっ!?」

 

 外套の下には、白い上着があった。決して華美な装いではないが、おそらく生地も上等なものを使っているに違いない。むしろその飾り気のない衣装はルナの美しさをより引き出しているといっていいだろう。

 

 けれど、問題は左の袖だ。そこから先の、本来左腕があるはずの場所がない。服の袖に傷口が隠されているものの、上着の襟口からは黒焦げとなった火傷の跡が見え隠れしており、どれだけ激しい闘いがあったのかを物語っていた。その光景を目の当たりにして、部屋にいた僕とルナ以外の全員が息を呑んだ。それもそうだろう。英雄と称される勇者の片腕がないのだ。普通なら血の気が引いて当たり前だった。

 事実、部屋にいた多くの神官が顔を青くしていた。

 

「……その腕は?」

 

 唯一、冷静だったのはスネイルさんだ。彼はルナの傷跡を一瞥すると、教皇を訪ねてきた理由を察したように訪ねてくる。どうやら、一番若い筈の彼が、最も胆力があったらしい。笑みを浮かべながらも、探るようにルナの表情を窺っている。呼吸、心臓の鼓動、発汗。一つの兆候も見逃さないと言わんばかりに。それに対し、ルナもまたリラックスしたように笑みを浮かべているのが仮面の奥からも分かった。

 まるで、蛇と蛇の睨み合いだ。

 

「恥ずかしながら、魔王との戦闘で無くしました」

「ま、魔王……!?」

 

 再び驚きの声があがる。神官たちはどよめき、表情を取り繕うことさえできなかった。

 その中で、スネイルさん一人だけが冷静な表情を浮かべていた。

 

「なるほど、勇者様は治療のためにここを訪れたのですね……申し訳ございません。欠損した腕の治療となると、私どもではどうにも。また、勇者の旅に同行する今代の神官の選定にも目処が立っていないのです」

「……そうですか。仕方ありませんね。私が死なずにここまで旅を続けられこと自体、()()のようなものですからね」

 

 ルナが少しだけ哀しそうに呟いた。

 

 最弱の勇者。

 

 以前、バイゼルが言っていた言葉。ルナは歴代の勇者の中でもあまり強くないという。

 神官候補が選定されていないということは、もしかしたらルナがここまで生き延びるとは思われてなかったのかもしれない。

 怒りが湧いて席を立ちそうになった僕に、ルナが視線を向けて制止する。

 

 何もできずに、その日の会合は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「疲れた――!」

 

 宿に入って早々、ルナは装備を外してベッドに思いっきり飛び乗り、その感触を堪能していた。

 まるで腕が治らないかもしれないという不安を無理潰そうとしているようだった。

 

 「……腕、きっと治してくれるよ。教皇様が無理でも、ここには神官様がいっぱいいるんだから」

 「んー、どうだろうね。少なくともあの部屋に集まった人達に難しいんじゃないかな?」

 「どうして?」

 

 ごろり、とルナがベッドの上で寝返りをうち、仰向けになる。その拍子に薄い上着の間から白い肌が覗いた。

 思わず目を背ける。村で裸を見てしまったときや、旅をしている間も思ったが、ルナはかなり無防備になりやすいし、それに対し羞恥心というものもあまり感じないらしい。

 

 こっちの身にもなってくれ。

 内心ドギマギしていると、ルナはそれに気付いたのか、にやにやと揶揄うように笑いながら話を続けた。

 

「ウィル。神官っていうのは回復の専門家だよ。この国には各国の難病や大怪我を負った人達が集まってくるの。高位の神官になるほど、担当する人の病気や怪我も重い筈。なのに、腕が無いくらいで取り乱してるってことは地位に胡座をかいてあんまり治療をしてないんだと思うよ。実際、アネストの神官の質は落ちてきたっていうのが、王都からの評価だしね」

「そんな……なら、スネイルさんは?彼ならもしかしたら」

「可能性はあるかもね。まあ、治せる人がいれば向こうから伝えてくるでしょ。こっちには魔王の情報っていう切り札があるからね」

「だといいけど」

「ま、そんなことよりも新しい街に来たらやることは一つでしょ」

 

 ルナがベッドから跳び起きる。美しい金色の髪がふわりと舞った。

 

「ウィル、遊び(デート)に行こうよ」

 

 ルナは楽しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 聖都アネスト。

 ここは観光都市としての一面を持つことでも有名だ。いつの時代でも病や怪我を治療したいという人々は多く存在している。王都や学院都市、そしてアスラの郷などから絶えず人々が治療に訪れており、それならばと商魂逞しいもの達が食事や土産物、教会などの名所といった観光業を興したのが始まりとされている。事実、この都市に訪れる人々の中には、治療ではなく観光を目的にしている者も多いのだとか。

 村にいた頃には考えもつかなかった光景を今、僕はまざまざと体験していた。

 

 

 

「いいよ、ウィル。似合ってる!」

 

 宿を抜け食事をした僕は、何故か服を見立てられていた。

 先程から色々な服を試着させられており、抗議の声を挙げたのだが、ルナは夢中で全く気づかない。おそらく服を選ぶという本来の目的を忘れて楽しんでいるに違いない。これではまるで貴族の子供が遊ぶ着せ替え人形のようだ。

 

 正直、こんなことでお金を無駄にしてほしくないのだが、ルナの「元の服はボロボロになっちゃったし、あと……匂いも、ね」という言葉に何も言い返せず、この有様となっている。

 

 そんなに匂っていたのだろうか。いや、たとえそうだとしてもそれは旅でついた汚れやゴブリンの返り血によるものだ。

 僕の匂いじゃない……そうじゃないと、信じたかった。

 

 服選びは次第に熱が籠もり、最初は旅に向いた真面目なものだったのが、今では旅芸人一座の道化師のような奇抜な服装となり、それを見たルナが「似合う似合う」と爆笑していて、流石に腹がたってきた。

 ならばとこちらもルナに仕返し代わりに服を見立てたいのだが、村で貯めたお金はとっくに底をついており、安物の装飾品一つ買えないことに気づいてさらに情け無い気持ちになったのだった。

 

「いや―買った買った!」

 

 ご満悦なルナに対し、疲労と情け無さで僕の足取りは重い。服が無難なものに落ち着いたのだけが、せめてもの救いだろうか。薄茶色を基調としたこの服は、着心地もよく、動きやすい。また、返り血などの汚れがついたとしても、すぐに洗い流して乾かせる素材でできており、旅にもうってつけだった。

 

 何より、この服の意匠は自分によく似合っていて、ルナの美的感覚は確かなようだった。服と一緒に髪も整えられると、まるで別人のようになった姿に自分でも驚いてしまい、何度も鏡で確認したものだ。

 

「君の分は買わなくて良かったの?」

「私はいいの。基本的にはこの装備で十分だからね」

 

 屋台で注文した食べ物をルナに手渡しながら尋ねる。そう言うルナは現在、鎧などの装備をつけておらず地味な灰色の外套に頭まですっぽりと身を包み、隻腕であることがバレないようにしていた。また、仮面を外し、勇者の証である聖剣も見えないように隠しているため、ルナが勇者であることが分かる市民はいないだろう。

 市民……市民か。

 

「どうしたの、ウィル?」

「いや、街の人達が君を見ていた目が気になって」

 

ルナに市民の一部が憎しみを込めた目で見つめていたことを伝える。

ルナは少しだけ驚いたように片方の眉を上げた。

 

「何だ、ウィルも気付いていたんだね」

「おかしくないかな?勇者っていうのは希望の存在なんでしょ。どうしてこんな」

「それについてはもう当たりはつけてるんだ」

「えっ?」

「実は買い物ついでに街の人達から情報を仕入れていたんだよね。大したことではないかも知れないんだけど、放っておくと不味い予感がしたからね」

 

 あっけらかんとルナは言う。むしろ、今回の買い物の目的は本来そっちだったのかもしれない。

 

 ……少しだけ、寂しいな。

 

 僕の前を歩くルナはそれに気付かない。魔王との一件以降、僕は彼女と共に戦う覚悟を決めた。けれど、それは僕が勝手に決めただけであり、今回のように重要な話はされない。ルナの過去についても何もわからないままだ。

 

 結局、僕は彼女に信頼されていないのではないか?

 

「……ルナは、もう理由については見当がついてるんだよね。どうしてだと思うの?」

「それについては、まだ確証がないんだよね。それができるまでは話さないほうがいいかな。余計な先入観がついちゃうし」

「……そっか」

「?……ウィル?」

「ううん、何でも無い。でも、手がかりは見つけてるんでしょ?」

「うん、まあね」

 

 ルナは確信があるように道を堂々と歩いていく。その美しい姿は、地味な外套をつけていても隠せるものではなく、人々が見惚れたように視線を奪われていた。ある者は足を止め、ある者は道を開ける。まさに英雄の姿そのものだ。対して、その後ろをただついていくだけの僕は何者なのだろうか。

 

 神官でも、魔法使いでも、戦士でもない。ただの友達でしかない。

 

 僕は確かに彼女と共に戦う覚悟をした。それは今でも変わらない。

 けれど実際、勇者である彼女に対して何ができるのだろうか、何をしてあげられるのだろうか。そんなことを自問自答しながら、僕は彼女のの後ろを、ただ影のようにひっそりと歩くしかなかった。

 

 

 

 

 

「孤児院?」

「そ。どうやら、私を睨んでた人達ってここの孤児院の出身みたいなんだよ」

 

 ルナに連れられ、辿り着いたのは聖都の外れにある古い建物。元は教会か何かだったのだろうか。だが、壁はところどころひび割れ、黒ずんでいる。辺りが暗くなってきたこともあるが、老朽化が進んでいることもあって不気味な雰囲気であり、孤児院ということを知っていなければ、怪しげな魔女の館の方がしっくりくるくらいだった。

 

「すみません!」

 

 扉をノックし、呼びかけると院長らしき老女が顔を出した。若い頃は相当な美人だったのだろうと思わせる顔立ちだ。六十は超えているように思うが、その割には背筋がピンとしており、実際よりも若く感じさせた。けれども、顔中に傷のように刻まれた無数の皺と不機嫌な表情が全てを台無しにしていた。まるで噂に聞く山姥のようにも思えてならなかった。老女は不機嫌そうな表情を隠しもせず、鬱陶しそうに応対する。

 

「何だい、旅人かい?ここは宿屋じゃないよ」

「こんばんは、おばあさん。宿屋じゃないのは知ってるよ。実は、聖都にはどんな病やケガもたちどころに治してくれる『聖女』がいるって聞いてね」

 

 聖女。

 その単語を聞いた老女の表情が強張る。僕はまた知らない情報が出たことで、心のどこかがズキン、と痛んだような気がした。

 

「……どこで聞いたんだい?」

「街の噂好きなご婦人方から、ね」

「……入りな」

 

 老女は探るように僕たちを一瞥すると、少し考え込んでから扉を開け中に入るように指示した。ルナと僕は後に続いて中に入る。中は外観に負けず劣らず老朽化が進み、床を踏むたびにギシギシと音が鳴った。灯はなく、女性がもつ燭台のわずかな光だけを頼りに進んでいく。やがて部屋に通されると、老女は暖炉に火をつけた。暖炉の炎が、周囲を明るく照らし出した。

 

「座りな」

「失礼します」

 

 老女はどっかりと、勢いよく座った。見ようによってはやや下品に感じるが、もしかしたらこれも相手を威圧する手段なのかもしれない。ルナもそれに気付いたのか、音を立てずゆったりと余裕を見せつけるかのように腰を下ろした。僕もそれに倣いたかったが、目の前に座る老女の眼光の鋭さに萎縮してしまい、背筋を正して緊張したように座ることになった。老女はしばらく僕たちを観察するように見つめてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「どこの誰から聞いたか知らないが、あんた達が探している聖女はもういない。ま、仮にまだいたとしてもあんたの失った腕は治せなかっただろうけどね」

「!?……」

「……へぇ」

 

 ルナは虚を突かれたように一瞬無表情になると、不敵な笑みを見せた。外套で隠した腕のことを一瞬で見抜くなど、老女はただ者ではないらしい。老女は厳しい目でルナを見つめている。二人とも、何を考えているかはわからないが、二人の間に見えない火花が散っているように見えた。

 

「自己紹介がまだだったね。私はルナ。こっちの男の子はウィル。この国へはお察しの通り、私の腕を治しにきたんだよ」

「私はローザ。この孤児院の院長をしている」

 

 ローザさんは短く応えた。けれども、その全身からは目に見えない威圧感のようなものを感じた。とても、ただの孤児院の院長には思えない。

 むしろ、子供を食らうとされる山姥や、怪しげな魔術を使う魔女と言われた方がしっくりくるくらいだった。

 

「聖女はもういない。治してもらうなら、教皇様のところにでも行ってお願いするんだね」

「教皇様は病に臥せっているんでしょ?それに私程度の身分じゃ会わせてもらえないよ」

「そんなことはないだろう。何せ聖剣に選ばれた勇者様だ。嫌とは言わないだろうさ」

「!?」

「?……何のこと?」

 

 今度こそ、本当に戦慄してしまう。

 どうして、それを……

 ルナが演技をしなければ、今頃取り乱していたことだろう。

 

「動揺を見せず演技も自然。勇者様は大した役者だよ。だけど、そこの坊やは駄目だね。カマをかけただけなのに、動揺が表に出過ぎだよ」

「っ……」

「よく私が勇者だって分かったね」

 

 ルナは正体がバレたというのに、その口調はどこか楽しげだ。対して僕は役に立たないどころかルナの足を引っ張ったことに内心歯噛みしていた。

 

「あんたの立ち居振る舞いにはどことなく品がある。最初は貴族の令嬢かとも思ったが、その割には従者がただの坊やなのはおかしいし、腕を失うほどの大ケガを負うことも不自然だ。なら、自ずと候補は限られてくる。あとは勘だね」

「そっか。もう隠す必要はないから、単刀直入に聞くよ。凱旋の時に私を睨んでいた人達がいた。その人達はこの孤児院の関係者みたいなんだけど、そのことは知ってる?」

「さあね。初耳だよ」

「なら、聖女との関連は?」

「知らないね」

 

 ローザさんは本当に知らないのか、実は知っているのか判断がつかない。演技の年季が違いすぎる。そしてその演技の真偽を見抜くには、僕は未熟過ぎていた。

 

「そう。ありがとう」

 

 ルナはこれ以上の会話は無駄と判断したのか、立ち上がって部屋を去ろうとした。その背中を追おうとして、後ろからローザさんに呼び止められる。

 

「ウィルといったね。あんた、本当に勇者の仲間なのかい。戦士にも、魔法使いにも見えないけどね」

「僕は……」

 

 僕は、僕は何なのだろうか?

 先ほども浮かんだ疑念が、再度頭の中を駆け巡る。

 神官でも、魔法使いでも、戦士でもない。彼女を守る力も、実績もなく、かといって、信頼される仲間でもない。ただの、ただの……

 

「……ただの友達、です」

 

 やっと出せたのは、蚊の鳴くような小さな声だった。

 

「そうかい。なら今後の身の振り方は考えておいた方がいい」

「……どういうことですか?」

 

 その悩みを見抜いたように、ローザさんは言った。

 

「分かっている筈だよ。あんたは何の力も持たない唯の人間。それに対してあの勇者は特別さ。どれだけ戦う覚悟を決めようが、気持ちだけじゃ強くはなれない。いずれ、勇者の足手まといになる日がやってくる。今日のようにね。そうならないうちに離れたほうがお互いのためだと思うよ」

「……」

「よく考えておくんだね」 

 

 こうして僕たちは孤児院を後にした。胸の内に、小さなしこりを残して。

 

 

 

 

 




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※聖都アネスト

 初代勇者一行で神官を務めたアネストの出身地。宮殿には多くの高名な神官が在籍しており、大陸中から怪我や病を癒しに多くの人が訪れている。かつては神官の国アネストとして栄華を誇っていたが、初代勇者エニルが魔王を討伐し、エニル国を建国した際に合併・吸収されたため現在はかつての中心であった聖都を残すのみである。しかし、当時の王や貴族の血筋は今も残っており、かつての栄華を忘れられず王都に対しても完全に従属しているわけではない。
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