勇者の友達   作:パン3

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第五十話 隠し階層

――戦士の修験道・三層前

 

「開けるか」

 

 レンさんとの戦いの後、再び迷宮(ダンジョン)に潜っていた。

 目的は一つ。

 三層にある隠し階層の入り口に入り、そこで新しい剣の素材となる魔物を討伐すること。

 

 再び扉の前に立ち、そこに手をかける。

 心臓の鼓動が速くなる。

 少し前に体験した恐怖がまざまざと脳裏に浮かび上がり、その手を重くしていた。

 

 

 けれど――

 

 スネイルさん、リリィさん、ローザさん、ルシウスさん。この旅で出会った多くの人々の顔が浮かんでは消えていく。

 やがて、その顔はジークとなり、拳に力が入る。

 そして最後に浮かんだのは……ルナだ。

 

 暗い表情をしていたルナ。

 結局、ここに来るまでに理想(ルナ)の剣を取るか、現実(ソール)の剣を選ぶか決断できなかった。

 その迷いは、致命的になるかもしれない。

 だが、この決断は戦いの中でしか生まれない。そんな確信があった。

 

 だったら、覚悟を決めていつも通り進むだけ。

 

 力の限り扉を押し続け、僕は再び三層へと辿り着くのであった。

 

 

 

 

 三層は、それまでの一・二層と比較して特段に内装に変化がある訳ではない。

 しかし、三層の空間に立ち込める死の気配はそれまでとは比較にならなかった。

 

 わずかな灯の中、ゆっくりと歩を進めていく。

 

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 

 牛よりも尚ゆっくりと、もどかしくなるほどに慎重に歩を進め自分という生き物から、徹底的に『音』を消していく。

「奴」に気取られないように。

 

 

 

 『ははぁ。それは深淵の泥(アビスマッド)ですねぇ』

 

 ゴーシュさんの声が脳裏に浮かび上がる。

 彼は嬉しそうに渡した銀貨を指で弄びながら話を続けた。

 

 『三層の雑魚魔物は何種類かいますが、奴はその中でも一番の難敵でしょうねぇ』

 

 『やっぱり、そんなに強いんですか?』

 

 『強いですよぉ。が、それよりも厄介という方が正しいでしょうなぁ』

 

 『厄介、というのは?』

 

 『それは……ふふっ、何でしたかなぁ』

 

 彼は急に惚けたように首を傾げた。

 少しため息を吐きながら、追加の銀貨を払う。

 その途端、彼は思い出したかのように口を開いた。

 

 『まず、泥のような軟体にはほとんど器官らしい器官がなく、こちらの物理攻撃が一切通用しません。故に、魔法使いが仲間にいなければほとんど攻撃が通らないということです。次に、奇襲能力が相当高い。攻撃性能はそこまでですが、奴は軟体故に足音がほとんどしません。床や天井にへばりついて獲物が来るのをひたすらに待ち、その優れた耳で足音を聞きつけ一気に奇襲するのです』

 

 ゴーシュさんの言葉に、三層でアビスマッドに襲われた苦い記憶が蘇った。

 

 『じゃあ、対策としては足音を可能な限り消すということですか?』

 

 『おっしゃる通りです。奴は特に侵入者が油断しやすい三層入り口付近に生息していることが多いため、そこは特に注意した方が良いでしょうなぁ』

 

 『他に注意しておくことは?』

 

 『それは――』

 

 

 

 

 

 (いた――!!!)

 

 暗闇に目を凝らしながら、その闇に紛れ蠢く物体が視界の端に映った。

 こちらにはまだ気づいていないようだが、ぶるぶると震える身体は生理的な嫌悪感を生み出していた。

 ゴーシュさんから聞いたルートに進むためには、絶対に倒さなければならない位置にいた。

 

 できれば避けて通りたかったが、仕方がない。

 

 そっと剣を抜き、構える。

 近づけるのはここまでだ。

 あと必要なのは、勇気だけ。

 

 行け――!

 

 剣を振り抜き、アビス・マッドに斬りかかる。

 奴の身体に剣は効かない。けれど、ある一部分だけは別だった。

 気迫と共に放った剣は奴の身体を確かに捉えた――ように見えたが……

 

「っ――!?」

 

 アビス・マッドは身体をくの字に曲げるようにして攻撃を寸でのところで躱してしまう。

 普通の生物ではあり得ない動き。

 それに動揺して、わずかにこちらの攻撃が固まる。そこへ黒い触手が反撃する。

 

「くそっ」

 

 何とか直撃は避けたが、触手の先端が皮膚を掠めた。

 ヒリつくような痛みが腕を痺れさせた。

 麻痺毒だ。幸い、傷は浅いため剣を落とすほどではないが、何度も食らうと厄介だ。

 

 アビス・マッドは触手を伸ばし、何度も攻撃を繰り出した。

 速い。それに数も多い。

 けど、レンさんやジーク、ルナほどじゃない。

 

 完璧とまでもいかないが、次々と繰り出される触手をできるだけ焦らず丁寧に捌いていく。

 

 思った通りだ。

 暗闇からの奇襲。アビス・マッドの攻撃は確かに厄介だ。だが、奇襲性に振り切った性能のために、攻撃速度それ自体は大したものじゃない。

 四度、五度、六度。

 攻撃を捌かれたことに焦れてきたのか、アビス。マッドの頭部がチラチラと赤い光を放っていた。

 

 来た――!

 

 剣から片手を離し、リリィさんにもらった魔力結晶を持つ。

 魔力を込め、前方へ投げつけたのと、アビス・マッドの頭部から赤い光が放たれたのは、ほぼ同時だった。

 

「ギュル――!?」

 

 魔力結晶が砕け、周囲の暗闇を照らすほどの眩い光が放たれる。

 その光に開きかけた奴の瞳――敵を麻痺させる魔眼が閉じた。

 時間にして、ほんの僅か。

 相手が確実に無防備になった瞬間に剣先を突き出し、全力の刺突を魔眼に向けて放つ。

 

 ぐちゅり、という気色の悪い感触と共に魔眼が撃ち抜かれ「ギュル」とか細い断末魔と共に、アビス・マッドは消滅した。

 

「はぁっ……はぁっ……ふ――――」

 

 剣を杖のように支えにしながら、大きく息を吐いた。

 三層の攻略はまだ始まったばかり。

 アビス・マッドは位階(レベル)Ⅲではあるものの、それは奇襲による危険度を加味してのことだ。自惚れるな。

 

「よし」

 

 今の戦闘音を聞きつけて、別の魔物が襲ってくる可能性がある。

 気合いを入れ直し、慎重に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 息を殺し、進む。

 これまでの一・二層とは違い、三層の魔物とはできるだけ会敵しないようゴーシュさんから買い取った情報を元に攻略を進めていった。

 彼は強欲だが、その情報の精度は一流でのようであり、敵を避けて進むことができていた。おかげで、目的地まであと少しのところまで来ていた。

 

 (それにしても)

 

 攻略に細心の注意を払いながらも、頭の片隅では先程のアビス・マッド戦との戦いが――より正確に言えば『情報』の力の凄さを感じていた。

 アビス・マッドは確かに奇襲性に振り切っているため、単純な戦闘力であれば位階(レベル)Ⅲでは下位に位置するだろう。だが、それでも位階(レベル)Ⅲであることに変わりはない。

 けれども、そんな相手を位階(レベル)Ⅰである自分が倒すことができた。

 ただ相手の特性と弱点を知っているだけでこれほどまでに変わるなんて。

 

 今まで、魔王の教えである敵の弱点に自分の強みをぶつけることを元に戦ってきた。

 この二つは、本質的には同じだ。

 そして、情報という手札を有効的に活用すれば――もっと強い敵にも。

 

「着いた、か」

 

 ようやく辿り着き、思考を止めて目的地を見つけた。

 目印は、三層の支配者級魔物である不死鳥アーグアがいた部屋。その手前にあるガーゴイル像。

 像の手には燭台が握られている。

 その燭台に火を灯す。すると――

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ――

 

 地を揺らすような振動と共にガーゴイルの像が首を垂れてその足元にポッカリと穴が開いた。

 その先こそが、今回の目的地である隠し階層だった。

 

「……よし」

 

 勇気を出して、中に入る。

 隠し階層への道は、外から見た時よりも傾斜が激しくそれまでの道とは比較にならないほど暗いため、転倒しないように細心の注意を払った。

 一歩、二歩。

 

 暗闇に目を凝らしながら、少しずつ進んでいく。

 その暗闇が、一瞬で純白の闇へと変化した。

 あまりの変化に、目の順応が追いつかずしばしの間そこに立ち往生してしまった。

 やがて光に目が慣れた僕は、辺りをゆっくりと見渡す。

 

「やっぱり、何もないか」

 

 辺り一面が白い壁に覆われた迷宮を見ながら、僕はゴーシュさんの言葉を思い出していた。

 

 

『隠し階層に行けば、剣の素材となるような支配者級魔物がいるんでしょうか?』

 

 期待を込めた僕の問いに、ゴーシュさんは、まるで想定外の冗談を聞かされたかのように口角を上げた。

 

『さあ?』

『えっ』

 

 拍子抜けした返答に、僕は思わず声を上げた。

 ここまでの話の流れなら、当然そこに行けば新しい剣の素材が手に入ると思っていたのだ。困惑する僕の反応が面白くて仕方ないといった様子で、ゴーシュさんはその細い目をさらに深く細めた。

 

『新しい隠し階層が見つかったのは、もう一年も前になりますかな』

 

 彼は懐かしむように視線を落とし、淡々と語り始めた。

 目ぼしい魔物や宝物が尽き、停滞していたアスラの郷。そこへ舞い込んだ未確認階層の発見は、血気盛んな戦士や冒険者たちを熱狂させた。希少な宝、強力な魔物――誰もが伝説の主役になることを夢見て、その深淵へと足を踏み入れた。

 

『しかし……不思議なことに、その階層には何もなかったのですよ。希少な宝物も、強力な魔物も。いや、それどころか魔道具や魔物一匹すらね』

『どうして……?』

 

 空っぽの階層。その異常な事態に、無意識に喉が鳴った。

 通常、迷宮の隠し階層には厳しい制約や特殊な仕掛けがつきものだ。ゴーシュさんの説明によれば、当時の冒険者たちもあらゆる可能性を疑い、パーティの人数を調整し、ありとあらゆる魔道具を持ち込んで、その『出現条件』を探ったという。

 

 だが、半年という月日が流れても、迷宮は沈黙を保ったままだった。

 

『……いつしか隠し階層は過去の挑戦者によってひっそりと攻略されてしまったのだという結論が下されました』

 

 ゴーシュさんの言葉が、誰もいない真っ白な階層を連想させる。

 けれど、目の前の男の瞳には、諦めや落胆の色など微塵もなかった。

 

『けど、ゴーシュさんはそう思っていない、ということですよね』

 

『はい』

 

『その理由を聞いてもいいですか?』

 

『いいですよ。理由は大きく分けて三つあります。まず一つ目。隠し階層が何者かによって密かに攻略された……これがそもそもナンセンスと言わざるを得ません。戦士、冒険者など職業を問わず迷宮を攻略しようなどという人間は、財宝と同じくらい名誉を求めることが多い。そんな人間が隠し階層を攻略したなどという英雄譚を黙っておける訳がないのです』

 

『二つ目は?』

 

『二つ目……これは、実際に行ってくだされば分かりますが、隠し階層の中はそれまでと比較し大理石のような白い壁に覆われていて、美しさすら感じるほどです。それ自体は良いのですがあまりにも綺麗すぎます。支配者級魔物と戦闘すれば、余程の実力差がない限り隠し階層の中は多少なれど破壊されていて然るべきです』

 

『最後に三つ目ですね。これこそが最も大きな理由です。それは、碑文がないことです』

 

『碑文?』

 

『はい、そうです。通常、隠し階層には大抵、その攻略の糸口を記した碑文が彫られています。なぜそのような文を古代人が彫っているのかは不明です。一説によれば、迷宮は古代人にとって宝物の隠し場所であり、碑文は未来の子孫へ向けて彫ったとされていますが……これは今は良いでしょう。要するに、重要なのは迷宮は宝物を守る番人であると同時に、子孫が攻略できるように意図的にヒントが散りばめられているということです』

 

 迷宮とは、試練であると同時に、未来へと託された遺産でもある。攻略の糸口を残さないなど、本来の迷宮の在り方から外れている。

 

『けど、今回はその碑文がない』

 

『そうです。裏を返せば、あの迷宮の制作者はかなり用心深く、偏屈な人間であったと予想できます。そのような人間が作った隠し階層が誰に知られることもなく簡単に攻略できるとは思えないのです』

 

 ゴーシュさんは、この階層を設計した『古代人』の偏屈な性格を、どこか楽しそうに分析してみせた。

 

『ウィルさん、用心してくださいね。幸運を祈ります』

 

 その別れ際の言葉は、予言めいて僕の耳に残った。

 何もいない、何も見つからない場所。

 そこには、人知を超えた『悪意』にも似た仕掛けが、今も僕のような闖入者を待ち構えているのかもしれない。

 

 

 

「って言われたけど」

 

 本当に何もないな。

 見渡す限り白い壁ばかりの空間を歩きながらそう思った。

 宝物どころか、これまでの階層にあったような分かれ道や小部屋もない。見渡す限り、大きな道が一本まっすぐに伸びているだけだ。たまに何かがあるにしても、過去の冒険者が使用していた道具などがそのまま放置されている程度だ。いっそ魔物か何かいてくれた方が安心できるくらいには不気味だった。

 

 それに加え、先ほどから妙に肌がピリつく。

 誰かに見られているかのような、観察されているかのような。そんな言葉にしにくい感覚。

 ルナとの殺し合いのような修行の日々によって、剣術の基礎を固めることができた。そして、それと同じくらいに伸びたのが命の危機を察知する能力だった。

 

 ここには何もないはずなのに、先ほどまでいた迷宮にと同様……いや、それ以上に濃密な死の気配を感じていた。

 間違いない。

 

 この隠し階層には何かがある。

 

 改めて階層全体を見渡してみた。

 大理石のような白い美しい壁。隠し扉のようなものがないか触れたり、音を鳴らしてみたり、継ぎ目がないか確認したりしてみたけれど何も異常は感じ取れなかった。

 

 当たり前だ。

 こんな通り一遍の探索で分かるなら、過去の冒険者達がとっくの昔に探り当てているはずだった。

 

 となると……

 

 やはり怪しいのは、この道を進んだ先にある大部屋。

 大きく禍々しい獣の顔が装飾が施された扉が、侵入者を阻むように立て付けられていた。

 近づくと、その獣の瞳がこちらを睨んでいるかのようにキラリと光ったような錯覚を覚えた。

 

「行くか」

 

 恐怖を抑えながら扉を開ける。

 重々しい見た目から反して、扉は驚くほどに楽に開いた。

 まるで、こちらを迎え入れるかのように。

 

 

 

 

 

 その部屋は支配者級魔物の拠点だと、攻略当初は考えられていた。

 しかし、準備を整えた攻略部隊が目にしたのは、何もないただの広い部屋。

 まるですでに討伐された後かのような静けさに、僕も困惑する――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 そこには、透明な影がいた。

 ふわふわと雲のように佇み、時折中で何かが蠢いているかのように揺れ動く。

 

 ボコボコ。

 ボコボコ。

 

 まるで子供の粘土遊びのように蠢くソレは、一見して可愛らしいとさえ思う人がいるかもしれない。

 だが……

 

 唇が乾き、喉が水を求めて鳴った。

 身体の震えが止まらず、歯の根が合わない。

 あれは――まずい。

 

 本能に従い、震えを無理やりねじ伏せて剣を抜く。

 そのまま矢のように突進し、真横に斬り伏せようとした。

 

 ――瞬間

 

「!?」

 

 剣によって、その一撃は阻まれた。

 甲高い金属音が鼓膜を揺さぶり、火花が視界を焼く。

 

 予想外の事態に一瞬身体が硬直した。

 その一瞬の隙に剣ごと身体が押し込まれる。

 

「っ……」

 

 一瞬の拮抗。

 負けたのは、僕。

 そのまま後方へ吹き飛ばされそうになり、何とか受け身をとって素早く構え、改めてその敵を視界に捉えた。

 

 影は、いつの間にか剣士の姿となっていた。

 小柄な背丈。

 表情は仮面のように読み取れないが、かなり若い。

 おそらく、十四前後だろうか。

 成長途中なのか筋肉はついてきているものの、まだ十分とは言えずどこか頼りない。

 けれど、剣を構えた姿は年齢の割にサマになっていて、真面目に修行を積んでいることが伺えた。

 

 その姿には、見覚えるがある。

 いや、あるどころじゃない。

 

 あれは。

 あれは……僕自身の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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