「僕は――っていうか。その前に思ったんだけど」
「ん?」
「君って人間なの?」
「はっ倒すぞ!?」
泥人は死にそうな顔を歪めて叫んだ。
その後に傷口が傷んだのか苦悶に顔を歪めていた。
「ごめんごめん。少しだけ僕もウサを晴らしたくて」
「良い性格しているね。僕の模倣元なだけあるよ」
「うん……そうだね、正直に言うと分からないんだ」
分からない。
情けない考えだが、これが真実だった。彼の前で嘘を吐きたくはなかった。
そんな僕を、泥人は馬鹿にしたり、茶化したりするわけでもなく真剣な表情で聞いてくれている。
「もっと人を殺せば、罪悪感を感じたり辛い想いをするって思ってた。確かにその感情はある。あるんだけど、思ったよりも普通な自分もいるんだ……いや、というかむしろ」
「むしろ?」
その問いに対し、開きかけた口が一瞬閉じる。
この先の言葉を口にすればもう後戻りできないかもしれない。
けど、彼に嘘だけは吐きたくなかった。
「むしろ――楽しかったんだ」
「……」
「いや、うん。おかしいよね。おかしいって分かっているんだ。けど、ギリギリの攻防、相手との思考の読み合い、死線を潜り抜ける緊張感。そしてそれらを乗り越えた後に強敵に打ち勝てた時、たまらないほどに心臓が脈打つんだよ」
思えば、ゴブリンと初めて戦い倒したあの夜からその片鱗には気づいていたのかもしれない。
けど、それに気づくまいとして必死に自分の気持ちに蓋をした。
なぜなら――
「ルナに嫌われたくなかったから、か」
「うん……すごいね、何でもお見通しだ」
「当たり前だ。僕を何だと思っている?君の模倣とはいえ、伝説の魔物
「僕の模倣とはいえって何だよ。しかも、自分のこと伝説の魔物って自画自賛しないでくれる?僕の顔で自慢げにされると腹が立つんだけど」
暫く睨み合う。
そして堪えきれなくなったように、どちらともいえず笑い出した。
奇妙な光景だっただろう。
先ほどまで殺し合いをしていたのに。
憎しみも、嫉妬も、殺意も全て本物だったのに。
今この感情も紛れもなく本物だった。
「どうしてルナに嫌われたくないんだ?」
不意に彼が聞いてきた。
なぜ今更、と思う。
そんなこと口に出さなくても彼なら十分に承知しているはずなのに。
けれど、それを問う彼の表情は真剣で。
だから、自然と口が動いた。
「そんなの当たり前だろ。だってルナとは友達なんだ」
「友達には嫌われたくないのか。本当の自分を知って嫌われるなんて友達って言えるのか?」
「……何が言いたいの?」
「言葉の通りだよ。言いたいことも言えない。相手に嫌われるのが怖い。だから嘘で塗り固める。それって友達じゃなくてまるで奴隷と主人みたいじゃないか」
「おい、言って良いことと悪いことがあるだろ!」
そう反論しながらも、彼の言葉は鋭い探検のように心に深く突き刺さっていた。
その痛みから逃れるように言葉を重ねた。
「……だって、ルナは魔族への憎しみに囚われているって言っても戦い自体は好きじゃない。剣で争うよりも本を読むのが好きな普通の女の子なんだ。そんな子に、実は戦うのが好きなんだって言って見ろよ。嫌われるに決まっている」
「嫌われたっていいだろ。友達を守るためなら嫌われるくらい何だよ」
「勝手なこと言うなよ、生まれて初めての友達なんだぞ……!っていうか、何でこんなこと言うんだよ、君だってできない癖に!!!」
「いいや、できるね」
彼の言葉は静かだった。
大きくもなく、威圧的でもない。何でもないかのような自然な言葉。
けど、その言葉の裏に隠された覚悟の重さに言い返すことが出来なかった。
「僕ならできる。君の理想たる僕なら、できるよ」
「……強いね。僕にも、君みたいな強さがあれば「でも、君に必要なのはそんな強さじゃない」――えっ」
「強さなら、君以上の人間なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるよ。この旅で出会った人のほとんどが、君よりも強かった。けど、ルナはそんな人達ではなくウィル、君を選んだんだ。君と一緒にいることを選んだんだ」
「――っ」
「君はいい加減、少しは他人よりも自分の強さを認めてやるべきだ。いいじゃないか、人より弱くても、君は強くなろうと努力し、それが少しずつ身を結ぼうとしている。そんな君を彼女は見てきたんだ。勇気を出せば、きっと彼女も応えてくれるよ」
自分の強さを認める。
それは、ルナからも教えてもらったことだ。
そうすることで
もし、ここで自分の強さを認めれば、おそらく僕は
そんな予感が……いや、確信があった。
今ここで手を伸ばす。それだけ。それだけで僕は強くなれる。そのはず、なのに……
どうしてだろう。
そこに手を伸ばそうとすればするほど、黒い霧のような気配が心を重く締め付けていった。
『ウィル』
なぜだろう。
彼女の顔が浮かぶのは。
思えば、僕の戦いは彼女が全てだった。
初めて村で出会い、彼女の正体を知った。
魔王との戦いで、彼女の秘めた憎悪を知った。
聖都アネストで、彼女の悩みを知った。
学院都市アリスで、彼女の弱さを知った。
逆に戦士の郷アスラでは、僕自身に向き合うことになった。
――自身の剣士としての適正を。
――新たな戦い方を。
――自分でも知らなかった本質を。
彼女と出会い、様々な知識を学び、ここまで歩んできた。
決して平坦な道のりでも、真っ直ぐに歩めてきたわけでもない。
でこぼこで、曲がりくねった道を這いずりながら進んできた。
他人から見れば無駄な歩み。非効率極まりないことこの上ない。
何度も折れそうになった。でも、ルナへの想いと大嫌いだった自分の弱さこそが、ここまで進む原動力になった。
今、安易にこの弱さを捨ててしまえば、この意思が揺らいでしまえば――ルナの高みまで登ることはできない。そんな気がした。
だから――
「ごめん。僕はまだ、この弱さを捨てたくない。より強くなるために、この弱さを大切にしたいんだ」
「……それが君の選択か。」
「うん、ごめんね」
言いながら、その選択をした瞬間。心の中の迷いが消え霧が晴れたように澄み渡っていくのを感じた。
彼女の隣にいたい。
そう願い続けてきたはずの言葉が、自分の中で形を変えていく。
憧れだった。目標だった。
けれど、それは友達としてだけじゃない。
彼女が苦しんでいる時に、誰よりも早くその手を握りしめたいからだ。
彼女が笑った時に、その笑顔を一番近くで守り続けたいからだ。
――ああ、そうか。
心臓の鼓動が、今までで一番速く、そして強く打ち鳴らされる。
「僕は、ルナのことが好きなんだ」
※
「僕は、ルナのことが好きなんだ」
………………は?
呟いて。
「――っ――っ――!?」
顔が赤くなった。
「えっ、あ……えっ………………僕、今何て言った?」
「僕は、ルナのことが好きなんだ」
「っ………………!!!!!」
今度こそ、とても赤面した。
「ふ、ふふふ……」
思わず声が漏れる。
「あはははははは――――――!!!!」
駄目だ。
我慢しきれずに大声で笑ってしまった。
「そ、そんなに笑うことないだろ!」
ウィルが声を震わせて訴えるが、笑いが止まることは全くない。
むしろ、先程よりも大きな声となってこの部屋を震わせていた。
だって。
だって、仕方ないだろう。
ここまで多くの傷を負い、心身を疲弊させ、迷い、ようやく辿り着いた結果があれほど焦がれていた
滑稽としか言いようがない。
「でも、お前はそれで良い」
ウィルの瞳をまっすぐ見つめて伝えた。
その言葉に、ウィルは戸惑ったように顔を歪めていた。
だが、何度でも思う。
「ウィル、お前はそれで良い」
恐らく、全ての人類の中で頂点と言っても良いだろう。そんな人間に、生半可な強さなんて意味がない。
今までだってそうだ。
ルナの心を動かしてきたのは、誰かの強さじゃない。
なら、お前は弱いままで良い。
その弱さを大切にすれば良い。
強さは、僕が補ってやる。
「っ…………君、身体が……」
「もう、限界みたいだな」
身体がヒビ割れていく。
外見を形作っていたウィルの殻が崩れ、中身が溢れて地面へと溶けていく。
この泥こそが僕の正体。
どれだけ外面を取り繕っても、その中身はただの化け物に他ならない。
こんな僕がルナの隣に立つだなんて初めから無理な話だったのだ。
でも後悔は、ない。
「もう、逝くの……?」
「ああ。けど、その前に――っ……」
胸の傷跡に手を突っ込む。
身体の中心が抉られ、全身の血が一度止められたような痛みが全身を貫いた。
が、今は我慢だ。
そうやって痛みに耐えて心臓の中をほじくり返す。
何度も気絶しそうになりながら、遂に目的の物を探り当てた。
「これは…………!」
「魔石だ。どうやら、ギリギリ中身は無事みたいだな」
透明に輝く拳大の宝石が、ドクドクとまるで心臓のように脈打っていた。
それに魅入られたようにウィルの瞳が光を反射していた。
「これを使えば、新しい剣の素材には十分だろう」
「でも……イヤ、ありがとう」
言葉を呑み込み、ウィルが魔石を受け取った。
それと同時に身体の崩壊が加速し四肢が泥となって消えてしまう。
胴体が硝子のように崩れ、片目もひび割れた。
もう残り数秒の命。
最後の言葉を伝えるために、最後の力を振り絞る。
これが最後。
僕が世界に、君に遺す最後の言葉。
どうか、これから困難に立ち向かう君に受け取って欲しい。
「ルナを頼んだよ」
「必ず」
一度も会ったことのない少女。
記憶の中でしか会ったことのないかけがえのない少女を僕へと託し全てが泥へと還っていく。
こうして隠し階層は攻略された。