天高くに昇った太陽が、容赦なく地上を照らしつけている。
ジリジリと肌を焼くような陽光は、闘技場を包む熱狂をさらに加速させていた。
観客席を埋め尽くした群衆は、次代の英雄候補であるジークの姿を一目見ようと、身を乗り出して叫んでいる。
その様は最早、試合を観に来た観客ではない。
英雄が悪役を討つ
その喧騒の中心、陽炎が揺れる土俵の上で、二人は対峙していた。
ジークは眩しそうに目を細め、首の骨をボキリと鳴らす。
肩に担いだ剣の重みを逃がすように溜息をついた。
その瞳には、周囲の期待とは裏腹に、ひどく冷めた色が混じっている。
「……おいおい、この人数。ただの試合だろ、大袈裟なんだよ」
ジークは観客席に座る応援を一瞥すると、目の前に立つ僕を見据えた。
「なぁ。正直に言っていいか? この暑さの中で、汗だくになって殴り合うなんて、考えるだけで怠いんだ。適当に数回打ち合って、俺の勝ちってことで早めに切り上げねぇか? ……どうせ結果は変わらないんだしな」
その言葉は油断ではなく、純粋な事実だった。
前回の試合では、僕はなす術なく敗北したのだ。
こうして、八百長スレスレの提案を行うのも、僕が大勢の観客の前に恥をかかないようにという彼なりの思いやりなのかもしれない。
しかし、そう思っても仕方がないだろうと思えるほどに、僕と彼の間には純然たる
たかだか一月そこらで埋められるほどではないほどに。
本気を出せば、彼は一合も打ち合うことなく勝利を手にすることができると思っている。
確かに、そうかもしれない。
「…………」
何も語らず、ゆっくりと剣を引き抜く。
水晶を思わせる透明な刀身は、ルナの純白の聖剣とも、ジークのもつ赤銅色の剣とも異なる。
色どころか、飾りも何もない極端にシンプルな剣はある種別の妖しさを放っていた。
まず、その異様さにジークが気付き、次いで目の肥えた数人の観客が剣の正体を見破るかのように目を細めた。
「新しい剣か。誰に打ってもらったかは知らないが多少はマシな剣を作ったみたいだな」
ジークが、彼の分身たる不死鳥剣を引き抜く。
彼の感情の昂りに呼応するように、刀身から炎が巻き上がった。
それが、試合開始の合図となった。
「疾ッ…………」
炎が、陽炎となって揺らめく。
そう認識した時には、既にその剣は喉元まで迫っていた。
「赫の一――陽炎」
「くっ――――!?」
その刃先をギリギリで見切って躱す。
剣の軌跡が熱で揺らめき、軌道が読みにくいだけでも厄介なのに、高熱により剣を躱しても、躱したはずの喉元に火傷を負ってしまう。
「赫のニ――地走りの
初撃を躱しても、その息すらつかぬ間に地を這うような追撃が炎と共に巻き上がる。
不死鳥剣。
その名が冠する不死鳥の如き猛火がただでさえ激しい攻撃の威力を二倍、三倍へと昇華させる。
しかも、剣を躱そうが、防ごうが反撃の隙がほとんど炎に潰されてしまう。
強い――!
※
天を焦がすような日差しが、戦う俺たちを照らすようにその輝きを一層大きくした。
観客の怒号のような歓声が鼓膜を叩くが、今の俺には、目の前で剣を構えるウィルの呼吸音だけが、不気味なほど鮮明に聞こえていた。
「赫の五――乱華」
剣を連続で叩きつける。その一撃一撃に、必殺の威力と炎を纏った連続攻撃。
大抵の敵では一撃すら防ぎきれず、そのまま斃れてしまう俺の得意技。
だというのに……
「が、ああぁぁぁぁ!!!」
奴は必死の形相を浮かべながらも、気迫と共に全ての剣を寸でのところで防ぎきってしまう。
あり得ない。
奴では一撃を防ぐことはおろか、放たれたことさえ気づかずに敗北する――そのはずだった。
少なくとも一月前、手合わせした時の手応えは、まさにそれだった。
俺が剣を振るうたび、奴は吹っ飛ばされ、情けなく身体を震わせることしかできていなかった。
だというのに、今この現状はどうだ?
ガギィィィン! と、火花を散らして刃が噛み合う。
「く……っ!」
奴は歯を食いしばり、顔を歪めている。余裕なんてまるでない。
あと一押しで崩せる。なのに――
(……おかしいだろ。なんで弾き飛ばせねぇ……!?)
確かに奴はこの短期間で大きく変化している。
戦い方は前回までの攻撃重視の戦法とは違い、守りを重視したものとなっており、攻めにくくなっている。
おそらく、単に戦い方という問題だけでなく、奴の気性に適しているのだろう。
剣技についても、以前よりも洗練され無駄がなくなっているし、身体を覆う魔力もより澱みがなく、滑らかに流れるようになっている。
驚くべき成長速度だ。
しかし、それだけで渡り合えるような簡単な差ではなかったはずだ。
以前戦った時の奴の
俺の
なのに、奴の剣は折れない。
奴の膝は、屈しない。
(……まさか、レベルそのものが……?)
いや、あり得ない。
ましてや、俺との間にあったあの絶望的な隔たりを、たった三十日で埋め尽くすなんて、できる訳がない。
だが、現実に俺の剣は、奴の守りを崩せずにいる。
「お前……自分の身体に何をした?」
思わず漏れた呟きに、ウィルは答えない。
ただ、その水晶のような剣の向こう側で、以前よりもずっと深く、研ぎ澄まされた光を放つ瞳が、じっと俺の喉元を見据えていた。
激しい金属音と炎の爆ぜる音が、遠くで鳴り響いている。
観客席の片隅、狂熱に沸き立つ群衆から少し離れた場所で、ボク――レンは、闘技場の中央で巻き起こる炎の嵐をじっと見つめていた。
(……全く、ふざけた剣だよ)
心の中でそう毒づきながら、レンの記憶は数日前の、あの薄暗い工房の光景へと引き戻されていた。
目の前の作業台に置かれていたのは、二つの素材。
一つは、ウィルが死地を潜り抜けて持ち帰った
そしてもう一つは、無惨に真っ二つに叩き折れた、ウィル自身の愛剣の残骸。
並べられたその二つは、同じ剣の素材だというのに、その価値は文字通り天と地ほど異なる。
対象の記憶や思念を読み取り、その理想の姿を象るという特殊な魔物。
その個体数は極めて少なく、目撃例は長い人類史の中でも数えるほどだ。
一説では、
それほどに貴重な、そして強い力を持った素材だ。
間違いなく、この魔石で作られた剣は究極の一振りになに限りなく近づく傑作になるだろう。
だからこそ、その剣の身体とも言える刀身には、魔石の力を極限まで増幅する魔煌石のみを使いたかった。
だが――
『今まで一緒に戦ってくれたこの剣だって大切な相棒なんです。だから、この剣と一緒に戦っていきたいんです……!』
その言葉が、幾度となく魔煌石へと伸ばしかけた手を躊躇わせた。
自分にだって、ウィルの剣の声は届いている。
折れてなお、ここまで主人を想う剣は珍しい。
だからこそ、あの場では剣を素材に再利用することを了承した。
『いいか。剣を輝かせるために人がいるんじゃねえ。人のために剣があるんじゃねえ。二つは対等なんだ。それを忘れるな。それを忘れなきゃ、お前は俺の次に凄え鍛冶屋になれるかもな!ガッハッハッハ!』
(うるさい……!)
頭に浮かんだ酒臭い師の姿を手で消し去る。
疲れているのかもしれない。
そう思い、一度深呼吸をする。
大きく息を吸い、肺に取り込み、全身に循環させ再び吐き出す。
この作業を繰り返すごとに頭が冷え、思考が明瞭になる。
レンは美しいものが好きだ。
それは、時として豪奢な装飾品であったり、とある芸術家が描いた絵画であったり、形や種類に決まりはない。
多くの物に出会った中で最も美しいと心奪われたのが剣だった。
剣は斬れ味が良く、特殊な力を秘めた名剣と呼ばれるものほど美しいと感じた。
けれど、名剣と謳われるもののどれに触れても、心が満たされることはなかった。
だからこそ、周囲の反対を押し切って鍛冶屋の道を歩んできた。
自分の審美眼には絶対の自信がある。
だからこそ、迷う。
それほどに、ウィルの――そして彼の剣が互いに想い合う心は美しい。
形無きものを、これほど美しいと感じたのは生まれて初めてだった。
なら――
レンは魔煌石ではなく、折れた剣を選んだ。
その想いを形にするべく、早速作業に取り掛かろうとして――突然、泥人の魔石が輝きを放っているのに気がついた。
まるで泥人の魂が、折れた剣を求めているようであった。
その理由は分からない。
けれど、それならばもう迷う必要はない。
心に浮かぶまま、思いつく限りの方法を検討し剣を打ち出していく。
そうやって打ち上がった剣。その
(……全く、ふざけた剣だよ)
ウィルとジークは激しく打つかり合い、その度に火花が飛び散り、空気を焼いた。
ジークは混乱しているだろう。
観客は困惑しているだろう。
それはひとえに、彼の持つ新たな剣の能力に他ならない。
対象の記憶や思念を読み取り、その理想の姿を象るという特殊な魔物。
その力は、剣となって生まれ変わった。
本来であれば、優れた剣は強き主人を更なる高みへと誘うものだ。
それが剣に求められた役割であり、だからこそこの郷は、優秀な剣士に名剣を授けてきた。
けれど、あの剣はその真逆。
どんな逆境でも、迷いながら進む彼がその望みを叶えるために必要な力。
すなわち。
相手の