エマ―その血の名前―Two in One, the Red Destiny Kamen Rider 作:裕ーKI
1-1:だから心に正義が芽生えた
“大勢の人間を救えるほどの力が、お前の体に流れる血には宿っている”
それが幼少期からずっと聞かされていた、祖父の口癖だった。
子供の頃から、18歳を迎えて大人になった現在に至るまで、その言葉の真意に辿り着くことは未だできてはいないが、ただそれでも、無意識のうちに、祖父のその教えが、彼にとっては人生の指針となっていた。
とはいえ、なにもその言葉をそのまま真に受けて、身の丈に合わないような大それた目標を掲げて生きてきたわけではない。
自分には特別な力があるだとか、自分には人助けの素質があるだとか、自分には世の中を良くするセンスがあるだとか――そういうことを考えていたのは、あくまで小学生までの話。
確かに当時の彼は、テレビの中のヒーローになりきって遊んでいた同年代の少年たちや、同じ頃、アニメの魔法少女に憧れていた妹とその友人たちに混ざって、背伸びをするように世界平和を謳っていた。
けれども、成長と共に少しずつ変わっていった意識の中で、やがて彼は、自分が所詮凡人の域を出ない、ごく普通の人間に過ぎないと思い知った。
できることに限りがあった子供から、為そうと思えば何でもできる大人になっても、世の中のために、誰かのためにできることと言ったら、精々募金箱に小銭を入れたり、道端に落ちているゴミを拾って捨てることぐらいが関の山だった。
かつては含蓄のある言葉のようにも聞こえていた祖父の教えも、親元を離れて独り暮らしを始めた今となっては、何かしらの理想を抱かせようとする、幼い自分への寓話か訓話のようなものだったのだろうと、彼は考えるようになっていた。
ところが、些事と片付けていたそんな祖父の教えの意味を――その一端を、ある日突然、何の前触れもなく思い知らされた。
バイト休みの平日。
日盛りのショッピングモール。
現れた怪物。
逃げ惑う人々。
全身を駆け巡る血液が、マグマの如く熱く煮え滾る。
祖父の言葉の通り、彼には大勢の人間を救えるほどの力があった。
人間を救うために目覚めた、人間を超越した力。
あれから三ヶ月。
自身の力と――同時に
とある都市伝説と同じ名前を借りた超人――“仮面ライダー”として。
〇
将来は自分の店を持つことが夢であり、そのための当面の目標が、調理師専門学校へ通うこと。
その学費を稼ぎ、加えて少しでも料理に纏わる現場を学び慣れるため、彼の一日の大半は、バイト先のファミレスで費やされていた。
ファミリーレストラン・リューキーズ。
赤い東洋龍のイラストで彩られた看板が目を引く、全国チェーンの店。
都内にあるうちのその一店舗で、深は時にホールを、またある時はキッチンを担当しながら、日々意欲的に仕事に取り組んでいた。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ。お席にご案内いたします」
ランチタイムのピークが過ぎて混雑が落ち着き始めたころ、通常よりも遅れた昼休みを取りに、1人のOLがふらりと来店した。
ピンク色のシュシュでまとめた黒髪のポニーテール。高身長のスレンダーな体型。吊り上がったシャープな目が、どことなく気の強さを醸し出している。
その日はホールを受け持っていた深は、そんな彼女を手慣れた様子でボックス席へと案内し、メニューを手渡した。
深がリューキーズで働き始めたのは、独り暮らしを始めてすぐの半年足らずだったが、夢に対する貪欲さと持ち前の真面目さが活力となっていることもあってか、業務の覚えは、先輩スタッフたちが声を出して驚くほどに早かった。
「失礼いたします。ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
一旦レジカウンターへ戻った後、暫くすると呼び出しボタンのコールが鳴った。
OLの女性が待つボックス席へと再び向かうと、深はハンディーターミナルを手に、にこやかな笑みを浮かべながら彼女に訊ねた。
しかしどういう訳か、OLの女性はすぐには答えなかった。
メニューを開いたまま、なぜか深の顔と、彼の特徴的な赤髪を、数秒ほどまじまじと凝視していた。
吊り上がった鋭い目つきが深々と視線に突き刺さり、深は不覚にも少しばかりたじろいでしまった。
「あ……あの……ご注文は……?」
恐る恐るもう一度問いかけると、ハッとなったOLの女性は誤魔化すように微笑む。
「あ~……ごめんなさい、あなたの赤い髪が色鮮やかで綺麗だったから、つい見惚れちゃった。その髪ってなに? 染めてるの?」
「え? あ、いえ……よく訊かれるんですけど、じつはこれ……地毛なんです」
「へぇ~……珍しいわね」
「ええ、まあ……。それであの……ご注文は……?」
「ああ……そうね、そうだったわ……。それじゃあえっと……“明太子スパゲッティ”と、この“ハート皿に乗ったホッキ貝サラダ”をお願い」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
内心の動揺を悟られぬよう、すぐにいつもの営業スマイルを取り戻した深は、指定されたメニューのコードを滞りなくハンディーターミナルに打ち込んだ。そうして、丁寧なお辞儀をしてから踵を返し、そそくさとその場を後にした。
「赤い髪……か……」
厨房の前で料理の完成を待っている間、視界にチラつく赤毛をボーッと見つめながら、彼はどこか物憂げに呟いた――。