エマ―その血の名前―Two in One, the Red Destiny Kamen Rider   作:裕ーKI

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1-3:ver.メイル! 黒き衝撃!

 その赤い複眼に敵の姿を映した瞬間、仮面ライダーとなった深の動きはとにかく早く、そして速かった。

 

 体中の神経が研ぎ澄まされる。

 

 筋肉の収縮や弛緩(しかん)が繊細に、より詳細に伝わってくる。

 

 肉体の効率的な動かし方を――力の籠め方を、彼は直感で理解していた。

 

 石畳を踏み締めるその足が、生身の時とは比べ物にならないほど軽く、それでいて常軌を逸して力強い。

 

 スポーツに関しては全くの素人でありながらも、刹那の瞬間、深はプロのトップスプリンターと同等の――いや、それ以上の瞬発力を見せつけた。

 

 瞬く間に蜘蛛の怪人の懐に飛び込んだ深は、その勢いを殺すことなく、加速の力を持ち上げた右足へと集める。

 

 そうしてそのまま蜘蛛の怪人の腹に向かって、突き刺すようなフロントキックを叩き込んだ。

 

 殺気を逆立てる暇もなく、臨戦態勢をとる間もなく、為されるがままに蹴り込まれた蜘蛛の怪人は、体をくの字に折りながら背後に吹き飛んだ。

 

 変身前のキックでは微動だにしなかった巨体が、まるで羽毛のように宙を舞う。

 

 

 

「へぇ……」

 

 

 

 先刻までの怯えと戸惑いはどこへ失せたのか、その様子をジッと熟視していたOLの女性は、素直な驚きと感心に満ちた目を大きく見開いていた。

 

 一方、足蹴にされて石畳の上をゴロゴロと派手に転がった蜘蛛の怪人は、それでもなお立ち上がると、全身の筋組織を硬直させ、その身を怒りに震わせる。

 

 剥き出しの歯茎。

 

 幾重にも連なり、犇めき合う無数の鋭い牙。

 

 それらにヌラリと絡みついた唾液の煌めきが、怪人の殺意を隠すことなく露わにしていた。

 

 

 

「グァルルルルル……」

 

 

 

 低い唸り声を上げながら、光返さぬ漆黒のガラス玉のような瞳が、赤い複眼を持つ深をギロリと睨みつける。

 

 その様はまるで、獲物を定めた獣のよう。そこに人間だった頃の面影など、最早微塵も残ってなどいなかった。

 

 一定の間合いを保ったまま、両腕をダラリと下げた状態で、深は相手の出方を慎重に窺う。

 

 彼の直感が――この3ヶ月間の間に培ってきた戦いの経験が、敵が単なる力任せの存在ではないと告げていた。

 

 一瞬の静寂がその場を支配する。

 

 漂う空気が重く張り詰める。

 

 川の水音が、やけに大きく聞こえる。

 

 果たして次の瞬間、蜘蛛の怪人の先制攻撃が、その緊迫感を打ち破る。

 

 突如として、蜘蛛の怪人の口がガバッと大きく開いたかと思えば、その喉奥から勢いよく飛び出してきたのは、ねっとりとした分厚い糸の束だった。

 

 強力な粘着性を持った白銀のそれは、まるでレーザーのように一点を目掛けて放たれた。

 

 凄まじいスピードで迫りくる糸の束を、深は赤い複眼の奥で冷静に捉えていた。

 

 一見すると攻撃は至って単調。

 

 回避も防御も容易く見える。

 

 このまま潜り抜けて、一気に間合いを詰めるのが最適解かと考える。

 

 しかし、これまで戦ってきた敵の中には、周到に二重三重の罠やフェイントを仕掛けてくる狡猾な奴らもいたことを思い出す。

 

 とくに戦いに身を投じるようになって間もない頃は、警戒心の未熟さから不用意に突っ込み、危うく死にかけるような状況に何度も追い込まれてきた。

 

 バッタの怪人に高所から突き落とされたり。

 

 カメレオンの怪人に首を圧し折られそうになったり。

 

 酷い時には、サソリの怪人の毒に四肢を溶かされかけたりもした。

 

 ベルトから流れ込んでくる特殊な血液の恩恵か、変身能力の獲得と同時に飛躍的に向上した――正直、未だに自分でも戸惑いを覚えるほどの超人的自己治癒力のおかげで、どれも致命傷には至らなかったことだけが幸いだったが、それでも、そう何度も敵の思惑通りに死線を彷徨うのは、できれば遠慮したいというのが、至極当然な正直な気持ちではあった。

 

 ならば――と、間もなく自身に到達しようという糸の塊を見据えながら、深は決意を固めるように、ギュッと黒い拳を握りしめた。

 

 敵の初手が本命かどうかは定かではない。ならば敢えて攻撃を受け入れ、相手の意図を読み切ることにした。

 

 多少の傷を負ってでも自分のペースを死守する。それが戦いに勝つための秘訣なのだと、この三ヶ月間の実戦経験で学んだのだから。

 

 

 

「ぐッ……!」

 

 

 

 その瞬間、回避行動も防御の姿勢も取ることもせず、深は無抵抗のまま糸の直撃を受け入れた。

 

 首に巻きついた糸の圧迫する力そのものは、幸いにも想定していたよりも大したことなく、軽微に過ぎない。

 

 けれどもその糸が持つ、纏わりつくような強い粘着性は非常に強力で、喉奥から絶え間なく伸びていた糸の束を、蜘蛛の怪人が勢いよく啜りだした途端、同時にグンと浮き上がった深の体が、一気に蜘蛛の怪人の許へと引き寄せられていった。

 

 それなりの知恵を見せつけるように、蜘蛛の怪人は飛んでくる深の体を真正面から受け止めるようなことはしなかった。

 

 対面の状態では、間合いが縮まった瞬間に容易く反撃される可能性がある。そのことを危惧するかのように、互いの間合いが交差する直前で、蜘蛛の怪人は素早く深の背後へと回り込んだ。

 

 そうやって死角を取って見せるや否や、黒焦げた枝木のような爪を深の両肩に食い込ませると、まるで勝ち誇るかのように――或いは、もっと原始的な衝動的欲求に突き動かされるかのように、彼の左の首筋に向かって、その鋭い歯を無遠慮に突き立てた。

 

 

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

 

 

 その瞬間、瑞々しい果実が潰れて弾けるように、真っ赤な飛沫が闇の中をグシャリと飛び散った。

 

 首から全身へと広がっていく痛みに、深は堪らず苦悶の声を漏らす。

 

 

 

「ヴゥゥ……ヴッウゥウゥ……」

 

 

 

 腹を空かせた獣の如き咬合力。頸筋を噛み千切らんばかりの勢いで、蜘蛛の怪人は深の首筋に食らいつく。

 

 そうして、傷口から次々と溢れ出てくる鮮血を、ジュルジュルと吸い始めるが――。

 

 ところがその矢先、そんな蜘蛛の怪人の様子を尻目にしながら、深がふと、冷ややかに警告を口にした。

 

 

 

「あんまりがっつくと火傷するよ? 俺の血、熱いから……」

 

「ッ!? ギャガッ!?」

 

 

 

 するとその警告が現実とならんばかりに、不意にピタリと動きを止めた蜘蛛の怪人が、突如として大きな悲鳴を上げ始めた。

 

 

 

「グアッ……ギッ……ギアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 噛み傷から逃げるように離れた口元から、止め処なく迸る断末魔のような絶叫。

 

 その声は、蜘蛛の怪人がこれまで発していた独特の唸り声とは明らかに質が異なる、まるで燃えるような痛みと苦しみに打ちひしがれるかのような悲痛な叫びだった。

 

 上向いた半開きの口から立ち上る高温の煙。堪らず深の肩から手を離した蜘蛛の怪人は、喉を掻き毟るように藻掻き苦しんでいた。

 

 すると、その様子に反撃のチャンスを確かに見出した深は、刹那に迷うことなく行動を起こした。

 

 咄嗟に持ち上げた左腕を後方に向かって一気に振り下ろし、背後に密着している蜘蛛の怪人の腹に、強烈な肘打ちを叩き込んだのだ。

 

 

 

「グガッ!?」

 

 

 

 鳩尾に走る重い鈍痛に、蜘蛛の怪人の姿勢が反射的に前屈みになる。

 

 傾いてきた顔面を待ち構えるように、深は続けて手の甲を振り上げた。

 

 

 

「ギッ!?」

 

 

 

 鼻尖にあたる部分にノールックの裏拳をもろに喰らった蜘蛛の怪人は、その衝撃に背筋を一瞬大きく仰け反らせたのちに、ヨロヨロと後退っていった。

 

 

 

「なんだ……どうやら思い過ごしだったか……」

 

 

 

 首傷の具合を確かめるように、左肩をコキコキと回しながら、深は改めて蜘蛛の怪人の方へと向き直る。

 

 てっきり、先刻の糸の攻撃の裏には、より厄介な策略を控えさせているものだと身構えていた。

 

 しかし見たところ、実際は自身の食欲に身を任せるだけの単純な行動だったことに――本当にそれ以上の意味も深みもなさそうな様子に、深は拍子抜けするような感覚を覚えざるを得なかった。

 

 狡猾な奴かと思いきや、蓋を開ければ、予測を下回る程度の単細胞。

 

 

 

「傷の負い損――……いや、この程度で済んだんだから良しとするべきか。命懸けの戦いの中じゃ、どれだけ神経質になっても足りないんだから」

 

 

 

 自身に言い聞かせるように呟きつつも、しかして眼前の敵に対してはこれ以上の警戒は必要ないと確信した深は、ようやく本格的な攻めに転じることにした。

 

 そう決断するや否や、彼は迷わず走り出す。

 

 蜘蛛の怪人に向かって一直線に駆けながら、ギュッと握り締めた拳をその懐に忍ばせる。

 

 そうして、敵との間合いが極限まで詰まったその瞬間、迎え撃つように突き出された相手の爪の一撃を、首を逸らして難なく躱す。そして、同時に解き放った右腕の鉄拳を、蜘蛛の怪人の顔面に見事炸裂させた。

 

 

 

「ヴッ……ガッ……!?」

 

 

 

 脳を揺らすほどの凄まじい衝撃に耐え切れず、意識が一瞬飛んだ灰色の巨体がグラリとよろめく。

 

 その隙を見逃さなかった深は、間髪を容れずに更なる追い打ちを仕掛ける。

 

 手始めにハイキックからの後ろ回し蹴り。続けて左右の拳を連続で打ちつけて圧力を掛けていく。

 

 蜘蛛の怪人が持つ、異常な形に隆起し発達した分厚い大胸筋は、確かに並外れた強靭さを誇っていた。

 

 しかし、煮え滾る血の力で“仮面ライダー”と呼ばれる超人と化した深の打撃力は、その強靭な肉体に、無数の殴打痕を容易く残すほどの絶大な威力を宿していた。

 

 時折飛んでくる爪の抵抗を難なく躱し、弾き、そして受け流しつつも、深の猛攻は決して止まらない。

 

 やがて、再び繰り出したフロントキックが、改めて蜘蛛の怪人を後方へと蹴り飛ばした。

 

 だが対する蜘蛛の怪人も、今度は負けじと下半身に重心を置き、なんとか転倒せずに踏み止まって見せる。

 

 そして、苦悶と怒りに満ちた形相で深に狙いを定めると、すかさず大きく開いた口から再び糸の束を発射した。

 

 

 

「またかッ……」

 

 

 

 咄嗟に横転してそれを回避した深は、体勢を整えながらゆっくりと左腰に手を伸ばす。

 

 

 

「芸のない奴……。でもこっちは――」

 

 

 

 そう言いながら、左腰に備え付けられたホルダーから引き抜き、手に取ったのは、銀色の無骨なメタルパーツが装飾されたシリンジ(注射器)だった。

 

 中心部の透明な外筒の中で、ユラユラと揺らめいているのは、数十ミリリットル程の真っ赤な血液。外部の側面に嵌め込まれたネームプレートには、【Sample-E+Mantis(サンプル-E+マンティス)】と表記されていた。

 

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