エマ―その血の名前―Two in One, the Red Destiny Kamen Rider   作:裕ーKI

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1-5:戦士の代償は女子の顔

 戦闘を終えた深の漆黒の体が、再び色濃い白霧に包まれる。

 

 体内に充満した余剰熱を一気に排出するように、全身から勢いよく噴き出した白い蒸気で一旦身を隠した深は、その一瞬の間に変身を解除した。

 

 傍らでずっと戦いを見守っていたOLの女性が、視界を遮る白霧と残留する熱波を手で払いながら、深の許へと辿り着いた時には、彼の体は、既に戦う前の人の姿に完全に戻っていた。

 

 

 

「ねえ……」

 

 

 

 深い息を吐きながら、どことなく切なげな表情を浮かべていた端正な横顔に、OLの女性が恐る恐る声を掛けると、呼ばれた深はハッと顔を上げて女性の方へと振り向いた。

 

 

 

「良かった、どうやら巻き込まれずに済んだみたいですね」

 

 

 

 まるでサウナから出てきたばかりのように、真っ赤に火照り切った両の頬。その酷く汗ばみ、びっしょりと濡れた顔や、重く垂れ下がった紅色の髪先からは、先刻から大粒の雫がポタポタと滴り落ちていた。

 

 

 

「ええ、おかげさまで……。それよりさっきの戦いのことなんだけど……」

 

「あ、ああ……はい……」

 

 

 

 深は質問攻めに遭う覚悟を決めるように、渋々小さく頷く。

 

 OLの女性からすれば、目の前で繰り広げられていたのは、さぞかし非現実的な出来事の連続だったことだろう。

 

 その一部始終をよりにもよって間近で目撃した以上、それを単なる夢幻で片づけられるはずもないであろうことは、寧ろ当然の流れとして察しはついていた。

 

 “仮面ライダー”としての活動を始めてからの三ヶ月間、既に同様の状況を何度も経験しているのだから。

 

 しかし、OLの女性の口から紡ぎ出された質問は、深が予想していたこととは少しばかり異なるものだった。

 

 

 

「さっきのあなたの姿、もしかしてあれって――」

 

「えっと、はい……さっきも言ったように仮面――……」

 

「――“エマ”よね? あの黒い姿」

 

「え? エマ……?」

 

 

 

 仮面ライダーじゃなくて?

 

 その瞬間、OLの女性が告げた思いもよらぬワードに、深は意表を突かれるように戸惑いを覚え、言葉を失った。

 

 “仮面ライダー”の都市伝説が、一体どこまで世間に認知されているのかは正直ほとんど知らない。

 

 けれども、もし自分が思っている以上に、人々の間に噂が浸透しているのであれば、ここでもてっきり、もはや定着しつつある定型的な流れとして、“仮面ライダー”の1()()と認識されるものだと思っていた。

 

 少なくとも、初めての戦いで最初に助けた“あの人”がそうだったから。

 

 

 

「あの……エマって……なんでその名前を……?」

 

 

 

 深がおずおずと訊ねると、OLの女性は不思議そうな顔で首を傾げる。

 

 

 

「前にネットで見たの。怪物と戦う超人の噂。ネットではその超人のことを“エマ”って呼ばれてた。どんな意味かは知らないけどね。だから、あなたがその“エマ”なんだと思ったんだけど、その反応を見る限り、どうやら違うのかしら?」

 

「さあ……どうなんでしょ……。俺自身、そういうのには疎いっていうか……。ただ――……」

 

 

 

 実際、OLの女性の言う“エマ”の噂に関しては初耳だった。それは間違いない。

 

 しかしそれでも、その噂話の内容は兎も角としても、深は“エマ”という言葉に対して、実は深い親しみを持っていた。

 

 幼少期の頃から何度も耳にし、繰り返し声に出してきた聴き馴染みのある言葉。

 

 深にとって“エマ”とは、何事にも代えがたい特別な意味が込められた()()だった。

 

 

 

「あの……そのネットに出てくる“エマ”って……――ンッ!? ……ンンッ♡」

 

 

 

 ネットに流れているという噂話の内容を、深はより詳しく聞き出そうとした。

 

 ところがその矢先、突如としてその身に走った電流のような衝撃に阻まれて、疑問の声は途中で途絶えた。

 

 

 

「ヤバッ……こんな時にッ……――んッ……は……♡」

 

 

 

 胸部と下腹部を中心に、ジワジワと全身へと広がっていく甘い疼き。

 

 その異変を隠すように、深は咄嗟にOLの女性に背を向ける。

 

 

 

「ちょっと……どうしたの? 大丈夫?」

 

 

 

 OLの女性は心配そうに声を掛けるが、返事は一向に返ってこず、深の口から聞こえてくるのは荒い吐息ばかり。

 

 それどころか、彼女の視線の先では、目を疑うような状況が起きていた。

 

 先刻まで広く、男らしい力強さがあった深の背中が、まるで溶けていくかのように緩やかな弧を描き、徐々に狭まっていく。肩甲骨のくっきりとしたラインは丸みを帯び、その肩幅も明らかに華奢になっていた。

 

 物の数秒で一回り小さくなったように見える、深の後姿に向かって手を伸ばし、なだらかに下がった肩にそっと触れてみる。

 

 すると反射的に肩を震わせた深が、OLの女性の方へとゆっくりと振り返る。

 

 

 

「え……女……!?」

 

 

 

 その瞬間、OLの女性が目の当たりにしたのは、男だった時の面影を微かに残しながらも、どこからどう見ても女性としか思えない深の姿だった。

 

 男の割に角ばった骨格が目立たず、滑らかな曲線を描いていた顎のラインが、より一層細く引き締まっただけでなく、今は顔の表層が汗に濡れているせいも相まってか、その潤んだ瞳の表情は、どことなく艶めかしさすら感じさせるものだった。

 

 そのうえ、何よりもOLの女性の視線が釘付けになったのは、そんな深の胸元と腰回りだった。

 

 今まで平坦だったはずの無地のシャツは、胸部の生地が突っ張るほど大きく膨らみ、柔らかな起伏を作り上げている。

 

 そしてその下では、男性特有の直線的だったボディラインがいつの間にかくびれを伴い、豊かな丸みを持った、張りのある肉感的な女性らしいヒップへと変わり切っていた。

 

 深は困惑と羞恥に染まった視線を自分の豊満な胸元へと落とすと、汗で素肌に張り付き、透き通った生地の下から図らずも確かな存在感を主張している、双丘の2つの突起に気がついた。

 

 

 

「きゃッ!?」

 

 

 

 深は上擦った声を跳ね上げながら、咄嗟に両腕を交差させて胸元を隠し込む。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それは反射的に思わず取ってしまった行動だったが、その甲高い声や仕草からは、怪人に立ち向かっていた時の男らしい凛々しさや雄々しさは、全くと言っていいほど消え失せていた。

 

 

 

「なに……? どうなってんの……? 男から女になったってこと……?」

 

 

 

 驚きと戸惑いに表情を凍り付かせつつも、OLの女性は絞り出すような声で疑問を呈する。

 

 しかし肝心の深は、なんと説明すればいいかわからず、あたふたと取り乱すばかりだった。

 

 仮面ライダーに変身して恐ろしい怪人と戦う行為そのものには、この三ヶ月間で嫌というほど慣れている。しかし、人前で自分の身体が女性に変化する事態には、未だに全く慣れることができないでいた。

 

 そもそも変身の代償がなぜよりにもよって女体化なのか、その理由すらいまいちよくわかっていない。

 

 以前、ソーティングシリンジを投げ渡してくれた“謎の人物”の忠告によれば、それは変身ベルト・セカンドハートから流れ込んでくる、血液の副作用が齎す現象らしいのだが……。

 

 

 

「あのッ……えっとッ……この姿は……その……」

 

 

 

 

 本当ならば、OLの女性には質問したいことが幾つもある。

 

 ネットに流れているという“エマ”の噂に関する詳細は勿論のこと、それ以外にも、蜘蛛の怪人となった男性のこと、その怪人に襲われた時の詳しい状況など、事細かに訊きたかった。

 

 しかし、それらの問いは喉の奥にへばり付き、いつまで経っても口から出てこない。この上ない羞恥心と混乱が、深の思考を完全に停止させていた。

 

 

 

「ごめんなさいッ! おれッ、ここで失礼しますッ! ホントすみませんッ!」

 

「えっ!? ちょっときみ!?」

 

 

 

 その居たたまれない状況に、とうとう耐え切れなくなった深は、結局何1つ訊ねることもできぬまま、半ば悲鳴のような声を上げながら、OLの女性に再び背中を向ける。

 

 そうして、張り付いたシャツの下で揺れている、溢れんばかりの乳房を両腕で抱えながら、彼女の前から慌ただしそうに走り去っていった。

 

 

 

「行っちゃった……」

 

 

 

 見る見る遠ざかっていく小さな背中が、視線の先で夜の闇へと溶けていく。

 

 その後姿を呆然と眺めながら、取り残されたOLの女性は、持て余すように立ち尽くしていた。

 

 ところが次の瞬間――。

 

 

 

「まあいいわ……。予定通り、今回のノルマは既に達成済みだし……」

 

 

 

 深が視界から消えた途端、まるで感情のスイッチが切れたかのように、OLの女性の顔から、柔和な面影がスッと抜け落ちた。

 

 人間らしい温かみを湛えていた瞳からは光が失せ、口角が上がっていたはずの口元は、気づけば左右対称の不気味なただの線を描いていた。

 

 

 

「被験体は今回も“失格者”を難なく排除……。ここ数回のタスクで、ようやくある程度安定した戦闘スキルを身につけ始めたようね……。そろそろ実験を次の段階へ移す頃合いかしら……。でもその前に、最後にもう1度――……」

 

 

 

 肉の仮面宜しく、無機質なまでに整った“無”の表情を顔面に張り付けた彼女の口から紡ぎ出されるのは、機械的に冷え切った分析の言葉ばかり。

 

 その黒く乾いた瞳が、ふと視線を落とした。

 

 見つめる彼女の手には、細長い銀色の注射器が握られていた。

 

 それは蜘蛛の怪人との戦いで、深が使っていたソーティングシリンジと全く同じものだった。

 

 外筒の中は空の状態。

 

 既に使用済みらしいその注射器に嵌め込まれているネームプレートには、こう記されていた。

 

Sample-E+Spider(サンプル-E・プラス・スパイダー)

 

 月明かりを弾くように、キラリと煌めく無骨な注射器を見つめながら、OLの女性は、硬質な彫刻も同然と化していた口元に、僅かばかりの感情を乗せる。

 

 そして――。

 

 

 

「あなたはコイツらとは出来が違う……。今後も期待してるから、精々頑張ってね。赤波 深くん……」

 

 

 

 微かな笑みを浮かべた朱唇が呟いたのは、本人の口から知らされていないはずの――深の名前だった……。

 

 

 

To be continued...?

 




Act1内の小ネタ・オマージュ回答集


・本編タイトルの英文=【仮面ライダーダブル】のキャッチコピーの一部分。

・ファミリーレストラン・リューキーズ=【仮面ライダー龍騎】。

・“明太子スパゲッティ”と“ハート皿に乗ったホッキ貝サラダ”=【仮面ライダーブレイド】の登場人物・一之瀬 仁と、ハートの貝怪人・シェルアンデッド。

・しし座のレグルス=【仮面ライダージオウ】のオーマの日。

・「宇宙に夢を、星に願いを……」=【仮面ライダーフォーゼ】のホロスコープスの台詞。

・バッタの怪人=【仮面ライダークウガ】のズ・バヅー・バ。

・カメレオンの怪人=同じく【クウガ】のメ・ガルメ・レ。

・サソリの怪人=さらに同じく【クウガ】のゴ・ザザル・バ。

・ソーティングシリンジ=【仮面ライダーアマゾンズ】のアマゾンズインジェクター。

・両腕のカマキリの鎌=【仮面ライダーオーズ】のカマキリソード。

――他にも幾つかチラホラと……。
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