「なんつーか……ごめん。わたし急にあんなこと言っちゃって、さ」
夏実が完全に居なくったのを確認して、掛田さんは申し訳なさそうにそう言った。
「いや、別にいいよ。俺も悪いとこあるし」
「割ヶ谷は何も悪くないって」
「いやいや……」
微妙な空気感で居心地が悪いけれど、居たくないわけではない。
俺は机に置かれた数学の問題集を解こうとする。
しかしすぐに行き詰まり、さっきまではすぐ夏実に聞けたのに、いなくなってしまったからどうしようもない。
掛田さんも俺と同じぐらいの学力だから、質問してもな……。
そう思い掛田さんの方を見てみると、掛田さんが俺を眺めていることに気づいた。
なんだか幸せそうな顔をしている。
なぜ、そんなに俺で嬉しがることができるのだろうか。
不思議でしかない。
「せっかくだからさ、勉強じゃなくて……さ。他のことでも――」
俺の手が止まっているのを確認してから、掛田さんは聞いてきた。
「……それもそうだな」
「じゃーさ、お互いのことをもっと知りたいし、質問し合わない?」
掛田さんの提案はこうだった。
一、質問者が質問をする。
二、回答者は回答するか、しないかを選ぶ。
三、回答する場合は正直に答える。回答しない場合は質問者の命令を一つ実行する。
四、質問者と回答者が入れ替わる。
なるほど……。
「いいんじゃないか?」
何かで見たことがある気がするが、面白くて良い考えだと思い賛成した。
「わたしから質問していい?」
「あぁ」
掛田さんは一拍置いた。
さっきの感情の爆発する前と同じ雰囲気を感じて、俺は少し怖くなる。
「もしも、今、わたしが割ヶ谷に告ったら、なんて返事してくれる?」
「…………」
さっそく際どい質問が来た。
答えるなら正直に答える――それがこのゲームの肝。
相手が嘘吐きでない限り、知りたいことを知れる。
「回答するよ」
「うん――」
掛田さんが固唾を飲んだ気がした。
「あの日と変わらない」
あの日とは、初めて掛田さんの秘密を知ったときのことだ。
言ってしまえば、ほぼ何も俺たちの関係は変わっていない。
だから気持ちが変わったなんてことは、そうあり得ない。
つまり……。
「掛田さん、身長は?」
「161センチ」
掛田さんは、自分に対する質問には興味ない――という感じで、パパッと答えてしまった。
「好きな女子のタイプは?」
「こたぇ――」
答えると言うとしたのに、掛田さんの声に遮られた。
「――好きになった人が好きとかは無しだから」
「……じゃあ、回答できない」
「つまんないし」
掛田さんは「まぁいいや」と言って、立ち上がった。
そして俺の隣にイスを持ってきて座った。
まるで、ファミレスの四人がけテーブルにいるのに、二人横並びで座っているカップルのようだ。
「近づいたままでいて――。これが命令」
「あぁ」
掛田さんは視線をまっすぐ前に向けたまま。
俺も恥ずかしくならないように、前を向き続ける。
しかし、掛田さんに本当のことを聞けるのは、ここしかないのかもしれない。
意を決して、俺は質問する内容を決めた。
「掛田さんは、俺の何が良いの?」
「…………」
「……」
「……回答しない」
今日の掛田さんを見ていると、言ってくれそうだと思っていたから、その返答には少し驚いた。
そして思わず掛田さんの方を向いてしまうが、依然掛田さんは前を向いている。
「割ヶ谷には、自分で思い出して欲しいしっ」
「何かしたっけ?」
「自分で考えろ……。ほら命令は? 何でも」
して欲しいことなんて思いつかない。
今はただ、掛田さんに惚れられた原因を考えるのに必至だ。
何を言えばいいのだろうか……。
あっ――。
「このゲームは、いったんやめよう。脳が追いつかない」
「ふーん、いいけど」
やっとこちらを向いてきた掛田さんは、逃げた――みたいな顔をしていた。
したり顔の掛田さんは珍しくもあって、少し見過ぎた。
/ / / / /
俺がゲームを終わらせてしまったから、再び真面目に問題に向き合うことになった。
難しい数学は諦め、知識がほとんどの社会系のものをすることにして、まあまあ捗っている。
………………。
…………。
……。
キーンコーンカーンコーン――。
チャイムの音が鳴った。
「あと30分で下校しないとなのか」
「そうだね……」
「掛田さん、もう帰る?」
「…………」
なぜか掛田さんが黙ってしまったから、そのままそっとして帰る準備を始める。
さっきまで元気だった掛田さんはどうしたのだろうか。
15秒もすれば全て入れ終え、机の上に残したものがないか確認して立ち上がる。
「掛田さんは帰らないの?」
「…………」
まだ返事がなく、俺はカバンを持って教室後ろの扉へと向かおうとする。
が、掛田さんの座る席の背後を通ったとき、カッターシャツが摘まれて、進めなくなった。
無言の数秒間が流れた。
「掛田さん?」
「あと30分もあるんだし、もうちょっと一緒にいない? 割ヶ谷は座ってるだけでいいから、さ」
何とも言えない表情をする掛田さんを見ると、このまま帰るなんて出来なくなった。
「片付ける前に言ってくれよ……」
「……ごめん」
なんでこんなに弱気なんだ――。
もっといつも通りの掛田さんで過ごしてくれてもいいのに。
俺は何も言わずに、もう一度、掛田さんの隣の席に座った。