閉じ込められてから10分くらいが経った気がする。
次の授業のスタートを告げるチャイムが鳴った。
今ごろ教室では、俺と掛田さんがいなくて不思議に思われているところだろう。
背中に汗が、気持ち悪いほど滲む。
額から出る汗も止まらない。
掛田さんも同じようで、体操服の半袖部分を顔に当てて汗を取っている。
七月中旬ということもあって、朝のニュースでは気温が35度を超えると言っていた覚えがある。
体育館自体はクーラーが効いていて涼しかったのだが、体育倉庫にはその風が一切届かない。
コンクリート壁でできた部屋に、熱気だけが充満する。
このままでは水分不足になってしまうかもしれない。
「ごめんね、わたしが助け呼ぶのを止めちゃったから。この暑さ、予想以上に辛い……」
熱にやられたのか、やけに素直に真実を言って謝ってきた。
「別にいいよ。今言っても遅いし」
「ん、ごめん」
暑すぎて何か話す気にもならず、俺も掛田さんも黙ってしまった。
………………。
…………。
……。
「暑いし、上脱いでも良い?」
「――は?」
唐突にそんなことを言ってきた掛田さんに、渾身の疑問符を放った。
今度こそマジでおかしくなったのか。
「良いよね――」
掛田さんは自分でオッケーを出して、腕を身体の前でクロスさせて、体操服の裾をつまむ。
そして俺が阻止する間もなく、体操服を脱いだ。
俺は視界に入れる前、すぐに目を逸らして掛田さんを見ないようにする。
「掛田さんっ!?」
「なに?」
俺が抗議の意を込めて名前を呼んだのだが、なんでもないように返された。
「なに、じゃなくてっ!」
「割ヶ谷、体操服の下にも着てるから大丈夫だし。こっち見て――」
体操服の下とは?
体操服on体操服か?
それなら大丈夫だろう、そう考えて顔を上げたのだが、そこにいたのはインナー姿の掛田さんだった。
「いやいや――」
鎖骨の全体露わになっているし、普段は見えない肩だって隠されていない。
なにより、体操服のときよりも明らかに見える二つのアレ。
見てはいけないと分かっているのに、自然と視線が向かってしまう。
女子のそんな姿は初めて見た。
掛田さんの全てが、俺の心身的にヤバい。
「――掛田さん、それはちょっと……」
「直接ブラじゃないから、良いんじゃない?」
「良くないっ」
掛田さんは俺、俺たち男子をなんだと思っているんだろう。
「でもさ、なんでダメなの?」
「そりゃあ、俺の目があるし……」
「ドッチボールのとき、他の男子たちに紛れてチラッて見てたのに――?」
ぇ――。
あのとき、掛田さんにバレていたのか……。
他の男たちよりかは理性が働いていたのだが、少しだけ見てしまっていたのは事実だ。
「まさか、気づいてた?」
「もちろん。割ヶ谷も男子っつーか、そういうところもあるんだなって」
「ごめん……」
見たことは無くせないが、しっかりと謝る。
真面目にやっているのを、そういう感じで見られるのは嫌だろう。
掛田さんはにこやかな表情を変えていないけど、軽蔑されていないか不安だ。
「別にいいし、こんなんで割ヶ谷のこと嫌いにもならないし」
「なんで?」
俺が聞くと、掛田さんは呆れた様子で言う。
「それぐらい分かるでしょ、わたしに言わせるの? 割ヶ谷は――」
「…………」
なるほど、そういうことか。
俺は納得した。
「一応言っとくけど、浅川とか、割ヶ谷以外から見られるのは嫌だよ。体操服より下は見せないし、絶対」
俺だけ特別――とか言われると、心が揺さぶられる。
「でもさ、わたしが頑張ってるときは、そっちを見て欲しかったかな――」
「それは、……本当にごめん」
掛田さんはボソッと、それはいつでもできるのに――と呟いていた。
微かな声が聞こえなかった振りをするために、俺は「とりあえず、体操服を着直して」とお願いした。
「うん……」
掛田さんはそばに置いていた体操服を手に取り、腕を通し、頭を通し、体育の授業と同じ姿に戻った。
なんだか不貞腐れている気がするけれど、ようやく、掛田さんをまっすぐ見ることができる。
さっきまでの余韻が頭の中を渦巻いていて、想像しないといえば嘘になるが、頑張って記憶を振り落とす。
掛田さんが元に戻って安心すると、一気に汗が出てきた。
さっきまでは暑さよりもなことがあって、暑いことをすっかり忘れてしまっていた。
「それよりどうしよう」
掛田さんは立ち上がり、扉の方へと向かう。
自分のせいという気持ちが強いのか、足取りが重い気がする。
扉に手を掛け、力をかけた。
キィー――。
「開いたよ……」
「――ぇ?」
開いた?
いつから?
「もともと締まってたっけ?」
確かに言われてみれば、鍵を閉められた音は聞いていないし、扉を開けてみようともしてない。
普通なら、それぐらい気づくし試さないか?
それでこんなことになってって……。
お前だって、掛田さんみたいに、心の中ではこんな体験をしてみたかったんだろ――と言われても否定できない気がする。
なんともいえない雰囲気の中、俺たちは体育倉庫を後にした。
その後授業に遅れた俺たちは、体育倉庫に閉じ込められたと正直に言って、体育教師の手伝わせたという証言もあり、ギリギリ許された。
多分。
/ / / / /
「晴路、風花から聞いたけど、倉庫に閉じ込められたってほんと?」
放課後、なんだかいつもより元気そうな夏実がそう聞いてきた。
「まぁ、本当だ」
「へぇ――。どうだった?」
ニヤニヤして聞いてくる。
「夏実が聞いて面白いことは、なんにも無かったよ」
「嘘だーぁ。風花、かなり積極的なことしちゃったかも――とか言ってたけど?」
「…………」
夏実は俺になんて返して欲しいんだろう。
返答が思い浮かばなくて考えてみるが見つからない。
「さっき、かなり照れててさ。風花も頑張ったんだよ。晴路――」
そう言い残すと、どこかへと去っていった。
俺は夏実の言葉を噛み締めた。
晴路という呼び掛けには、分かってるよな――の意味が含まれていた気がする。
◇あとがき◇
時間通りに投稿できてませんでした……。
申し訳ないです。