昼食を食べ終えて、午後の部が始まった。
やはり、一番盛り上がるのは学年全員が出場するクラス対抗のリレーだ。
一年生がすでにやったのだが、ブロック全体が一丸となって応援して、今日一番の声の大きさになっていた。
俺たち二年生のリレーが始まろうとしている。
グラウンド一周にぐるりと引かれたラインを三分割するように、人が並んでいる。
つまるところ、一人当たり3分の1周走るのだ。
ちなみに俺の走る順番は真ん中あたりで、掛田さんは最後の方。
そして待機する場所も異なっているから、会話をすることもできない。
ただ、走る番になるのを待つのみだ。
「それでは、二年生のリレーを始めます」
そうアナウンスがかかった。
すると、学校では有名なおちゃらけた体育の先生が出てきた。
スタートの位置まで行くと、立ち止まってピストルを上に向ける。
「オン・ユア・マークス。セット――」
先生は拙い英語でそう言った。
パンっ――。
ピストルの音で、第一走者が同時に駆け出した。
その瞬間、後ろから見守る一年生と三年生の激しい応援が始まった。
全てのクラスが同じくらいで周回している。
そして俺の番になって、バトンを受け取る。
…………。
俺のところでは順番は変わらなかった。
だが、維持できただけでも十分だと思うことにした。
そんなことを考えていると、風花の番になった。
「掛田、頑張ってるぜ」
そう話しかけてきたのは、俺の後ろに座っている男子だ。
あの二人三脚を見て、わざわざ俺に伝えないとと思ったのだろう。
「そうだな。頑張ってほしい」
なんて返すべきか迷ったけれど、当たり障りのないことを言っておいた。
ちょうどそのとき――。
「「あっ……!」」
風花が転んだ。
転け方を見るに、靴紐が解けてしまったらしい。
しかし風花はすぐに立ち上がって、次の人へとバトンを渡した。
右膝が赤く滲んでいる気がする。
「風花、大丈夫かな」
風花は列に座ると、同じクラスの女子に話しかけられていた。
ここからでは内容が聞こえないが、心配されているのだと思う。
「「「おぉーー」」」
と歓声が聞こえた。
どうやら2組が一位になったらしい。
そして俺たちのクラスは三位になった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
風花が大丈夫なのか――それだけで頭がいっぱいだった。
「元の場所に戻ってください」
そのアナウンスを聞いた瞬間、俺は風花のもとへと走り出した。
近づいてくる俺を見て、座ったままの風花は驚いた顔を見せた。
見守っていたクラスメイトは、うんうんと無言で頷く。
「晴路、来てくれたんだ」
「そりゃな。風花になにかあったら嫌だから」
「……ありがと」
他の人が聞いているというのに、そんなことが言えたのは、放送部に散々からかわれて慣れてしまったからなのかもしれない。
風花が照れてしまった。
「それより保健室に行こ」
俺は風花に言った。
この高校はグラウンドから保健室がかなり近いため、体育祭のケガは救護テントなどではなく、直接保健室に行くことになっている。
「うん」
風花は立ち上がった。
「歩けるか?」
「歩ける。擦っただけだし――」
俺と風花はグラウンドの外へと向かっていく。
背後から「風花ちゃんをよろしくね」と聞こえた。
俺は大きめに頷いた。
………………。
…………。
……。
保健室に行く途中、校舎の壁にある水道で傷口を洗い流すことにした。
グラウンドで転けてしまったから、汚れて菌などが付いていてはいけない。
風花が蛇口のちょうど下のところに右膝を寄せた。
そして、キュっ――と蛇口を捻り水を出す。
「んっ……」
少し勢いが強すぎたのか、顔をしかめて、すぐに水圧を弱くした。
俺は風花に手を差し伸べる。
ほぼ片足立ちみたいな格好をしているから、不安だった。
風花の手は、俺の手を掴んだ。
ギュッと握られたのが、ほんのり温かくて、ずっと繋ぎたいと思った。
/ / / / /
コンコンっ――。
ドアに手を当てて、音を鳴らした。
「はいはいっ」
先生が中からドアを開けた。
俺を見た後に風花を見て、目線をだんだん下に遣っていき、膝あたりまできたときに声を出した。
「あら、擦りむいちゃったのね。中に入って――」
「はい」
「失礼します」
保健室特有の消毒液の匂いが、鼻に入ってくる。
薄暗さや外から隔離された雰囲気も相まって、なんだか安心する。
先生は椅子を二つ用意してくれて、俺と風花はそれに座った。
「水で洗ったのね……」
「そうです、晴路が言ってくれて」
風花は俺を見てそう言った。
先生が感心したように首を縦に振ると、「ありがとね」と感謝された。
「いえいえ」
「ふふっ……。じゃあ、あとは絆創膏だけでいいわね」
椅子をくるりと回して、色々な道具が置いてある棚から一つの箱を引き抜いた。
そこから一枚絆創膏を取り出す。
いつも見るタイプと違って、ツヤツヤしている良いヤツだった。
…………。
「はい、これで大丈夫。2日ぐらい経ったら剥がしてちょうだいね」
「分かりました」
ふと時計を見ると、体育祭の閉会式が始まる時間になっていた。
「今からじゃ、順位発表と表彰に間に合わないわね」
先生が言った。
「晴路ごめんね。わざわざついてきてもらって」
「いや、全然いいよ。風花のためだから」
それを聞いた風花は、俺の目をまっすぐ見た。
しかし、すぐに逸らす。
「ほんと、嬉しいことばっか言うんだから……」
目を床に向けたまま、風花はそう言ってのけた。
先生が微笑んでいるのが視界の端っこで見えた。
「良い彼氏を持ったね」
「「…………」」
また付き合っていると勘違いされた。
でも、良い彼氏と言われて、俺は嬉しくないわけがない。
「……。まだ彼氏じゃないんで――」
風花がそう抗議するのも、なんだか愛おしかった。