体育祭から二週間ほどが経ち、風花の右膝は回復した。
そしてその回復を理由に、どこか二人で遊びに行こうと言われた。
もちろんオッケーだと返し、今、十月のとある日曜日、俺は最寄り駅で風花が来るのを待っている。
「おはようっ」
と後ろから肩を叩かれ振り返ると、風花がそこに立っていた。
「風花、おはよう」
俺がそう言うと、風花はクスッと笑った。
なにが面白かったのか分かり得ないが、嬉しくてのものだろう。
これは服装を褒めた方がいいのか――?
俺はどうするか悩んだ。
小説とか漫画とかでは、ひょいと言ってのけるような言葉でも、現実では厳しかった。
んー……。
少し時間を掛けすぎてしまって、風花が先に喋り出してしまう。
「さっそく向かおっか」
「あぁ」
俺は風花の後ろをついていく。
今日初めて風花の背中が見え、髪に付けられた装飾が目に入った。
それが風花にとても似合っていて、とても可愛かった。
………………。
…………。
……。
「おぉ、すごい。テレビとかで見たことあるやつだ――」
エスカレーターに乗り、視界が開けた瞬間。
俺はそう声を漏らした。
すると風花は、正面にある建物を上から下まで、首を上下に動かして見た。
壁面にはさまざまな魚が描かれている。
そしてその中で一番大きいのは、ジンベエザメだ。
ここは大阪にある有名な水族館。
放課後、大阪の市内でなにかいいところがないかを調べているときに、俺たちの目に止まった。
事前にネットで買っていたチケットをスマホに表示させて、俺たちは入場した。
「わたしも初めてだから、なんだかワクワクするな」
「初めて? なにがいるとか知ってたから、てっきり何度か来てるのかと思ってた」
ここの水族館の話をしているときに、ペラペラと回るのに何時間かかるとかの情報を教えてくれていた。
「いやいや、事前に調べただけ」
「なるほ、ど……」
俺が言葉に詰まってしまったのは、気づいてしまったからだ。
あくまで憶測なのだが、風花がなにか言いたげな雰囲気を醸し出しているから、合っていると思う。
「ごめん……。あのとき考えたみたいにしてたけど、前から晴路と行きたいなって思ってて……。誘導するみたいなことしちゃった」
「いや、いいよ。俺も行きたいって思えたし」
つまり、あのどこに行くかを決める話し合いのときは、すでに風花の行きたいところが決まっていて、知らぬ間に俺は風花の思惑通りになっていたということだ。
そんなの嫌なわけがない。
当然だった。
…………。
そう話していると、一番目の水槽までやってきた。
日本の川や海を模したらしく、見慣れた魚から珍しい魚まで色々いる。
気になったところはジーっと立ち止まって見て、他のところは一瞥するくらいにとどめる。
「見て、あの魚、形可愛くない?」
「あぁ確かに。赤っぽいやつだよね、可愛い」
ちょっと見ただけでは気づかないが、注目して見たら分かる可愛さと美しさがあった。
そこをじっくりと見てから、次の水槽に移動していく。
そしていよいよ、この水族館の名物であるジンベエザメのいる水槽だ。
周囲から聞こえるシャッター音が、ここが人気ということを伝えてくれる。
風花の声色も、よりいっそう楽しげになってきていた。
「おぉー」
水槽の前に立ち、中を覗き込んで目当てを見つけると、風花はそう感嘆を漏らした。
しかし顔が逆方向を向いていて、あまりよく見えない。
だが、運良くすぐにジンベイザメは半回転して、俺たちの方へ顔を見せてくれた。
「こっち向いた」
俺がそう言って、水槽に指をさしたちょうどそのとき――。
「見て」
と風花が言って、水槽向かって人差し指をさした。
その指と指は、先端でぶつかり合った。
あっ――と、俺も風花も声が出てしまった。
そのまま俺の指の上に、風花が指が乗っかった。
俺は人差し指を曲げて、離れようとしたのだが、すんでのところで、風花の指が曲げられた。
そして俺は風花によって捕まえられた。
勢いよく動かせば、風花の指から逃れられたのだけれど、そんなことをする意味もないから、そのままでいる。
「風花――」
「なに? どうしたの?」
なんでもない振りをしているが、暗めの水族館でもギリギリ分かるほど、風花の目はキョドッていた。
「いや、なんでもない」
ここで指のことを言うのは野暮な気がして、俺はそう言った。
「……そっ」
素っ気ない返しなのに、なんだか優しさを感じる。
俺たちの手は、重力に任せて、だんだん下へと落ちていく。
しかし、離れることはない。
「ほかのとこも見よっ」
「それもそうだな」
風花の一言で、移動することになった。
一緒に歩き出したけれど、歩くときの揺れでどうしても指が離れそうになってしまう。
いっそのこと……。
そう思った矢先、俺の指が風花の指から離れてしまった瞬間。
逃がさないというように、人差し指が風花の手全体によって握られた。
そして、ゆっくりゆっくり、俺の手と風花の手が絡み合っていく。
しだいに感じていく風花の温もりに、緊張も増していく。
恋人繋ぎのように、かたい繋ぎ方をしたわけじゃない。
でも、触れ合っているだけで良かった。
「もしクラスの子とかが見たら、わたしたちのこと、どんなのだと思うんだろうね」
「…………」
その答えを言わせるのはズルい。
他の人に言われるのと、自分で言うのでは意味が全然違う。
なにも言わない俺を見て、風花は微笑んだ。
「うそうそ――。返答は気持ちだけ受け取っておくからさ」
「…………」
そう言って俺を惑わしてくるのもズルい。
「俺も、風花がそう聞いてきた気持ちだけ受け取っておく――」
俺はかろうじて言い返した。
言われっぱなしなのは嫌だったのだ。
すると風花は斜め下を向いて、少し俯いてしまった。
頬が膨れている気がする。
しかし、風花の手は俺の手を掴んだまま離さない。