境界線の管理人   作:えいこねほ」

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プロローグ:見えないヒビ

俺の名前はユウキ。ごく普通の高校生だ。成績は中の上、部活は帰宅部、休日はゲームか漫画。どこにでもいる、特徴のない俺の日常は、あの日を境に、音もなく崩れ始めた。

それは、夏休みが始まったばかりのある蒸し暑い日のことだった。期末試験も終わり、開放感に浸りながら、いつものように自室でゲームに興じていた。ゲーム内のボスを倒し、達成感に浸っていると、ふと、部屋の隅に違和感を覚えた。壁と床の境目、畳とフローリングの境目、棚に置かれた漫画の表紙と裏表紙の境目……ありとあらゆる「境目」が、うっすらと光って見えたのだ。

最初は、徹夜でゲームをしすぎた幻覚かと思った。目を擦り、瞬きを繰り返すが、その光は消えない。それどころか、俺の視界には、これまで意識することのなかった無数の境界線が、まるで網目のように浮かび上がっていた。

「なんだ、これ……?」

恐る恐る、最も近くにあった机の天板と側面の境目に指を伸ばしてみた。すると、指先が触れるか触れないかのところで、その光が微かに波打ったように見えた。まるで、水面に小石を落とした時のような、ごく小さな波紋。

その日から、俺の日常は「普通」じゃなくなった。

授業中、教科書と机の境目がピカッと光る。通学路で、アスファルトのひび割れの境目が鮮やかに浮かび上がる。友人と話している時、その声と沈黙の境目に、奇妙なノイズが走る。 最初はただ見えるだけだった。しかし、ある朝、俺は決定的な変化を経験した。

夢から覚めた瞬間、枕元のスマホが鳴った。母からのモーニングコールだ。いつもなら、もう少し寝ていたい気持ちと、起きなければという義務感の「境目」で葛藤する。だが、その日、俺はその境界線が、まるで目の前にある薄い膜のように見えた。そして、無意識のうちに、その膜に触れようとした。

指先が境界線に触れた、その瞬間。 「……あと5分だけ」 俺の口から出たのは、そんな言葉だった。しかし、その声は、普段の俺の声とは少し違っていた。もっと深く、重く、そして、どこか遠い場所から響くような声。同時に、部屋の窓から差し込む光が、わずかに逆光になったように感じられた。スマホのアラームが止まり、画面の時計は、5分前の時刻に戻っていた。

「は……?」

俺は自分の身に何が起こったのか、理解できなかった。だが、ひとつだけ確かなことがあった。 俺は、「境界線」を操作する能力を手に入れたのだ。

その日以来、俺は自分の力を密かに試すようになった。 例えば、テスト中、どうしても思い出せない公式があった時。問題文と解答用紙の境目に触れ、意識を集中すると、頭の中でかすかに「答え」のイメージが浮かび上がることがあった。それはまるで、知識の海に薄い膜が張られていて、そこを越えれば、すぐに答えにたどり着けるような感覚だった。

友人のハルキは、いつも明るくてクラスの人気者だ。だが、最近、彼の表情がどこか暗いことに気づいた。聞いてみると、どうやら部活のことで悩んでいるらしい。レギュラーになれない焦りと、才能のある後輩への嫉妬。「部活を続ける」か「辞める」か、その境界で揺れているのが、俺にははっきりと見えた。

「ハルキ、お前、本当にその部活、好きか?」

俺は、ハルキの心の境界線に触れるように、そっと問いかけた。すると、彼の表情が一瞬固まり、それから、堰を切ったように本音を話し始めた。普段は決して見せないような、弱くて、本心を隠していたハルキ。彼が素直な気持ちを吐き出した瞬間、彼の周りに見えていた境界線が、わずかに揺らぎ、クリアになったように感じられた。

俺の力は、人々が抱える「悩み」や「葛藤」といった、目に見えない心の境界線にも影響を与えられるらしい。しかし、そのたびに、俺の心臓は締め付けられるような痛みを覚え、全身に疲労感が襲いかかる。まるで、何か大切なものを削り取られているような感覚だ。

この力は、俺に何をもたらすのだろう? 希望か、それとも、更なる混沌か。 まだ、何も分からない。 ただ一つ確かなのは、俺の「普通」の日常は、完全に終わりを告げたということだ。

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