The Ash Eater   作:メイユエ

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十一話

 

「……外に出ていい。」

 

クロノスタシス――

焔にとっての“クロさん”の声は、

いつも通り淡々としていた。

 

でもその一言を聞いた瞬間、

焔と壊理は顔を見合わせた。

 

 

外に出ていい。

 

それも、二人一緒に――。

 

 

壊理の赤い瞳が、

ぱっと光を宿す。

 

焔の尻尾の焔が、

小さく弾けて揺れた。

 

 

監視役として、

若の部下が一人ついてくるという。

 

それでも――

そんなこと、どうでもよかった。

 

外に出られる。

 

二人で一緒に。

 

 

「……やった……!」

 

焔の声はいつもよりしっかりしていた。

 

壊理も小さく笑って、

焔の尻尾をぎゅっと握り返した。

 

 

明日は、外に行ける。

 

どこに行こう――

この狭い世界の外で思い描く夢は、

どれもまぶしかった。

 

海……

絵本で見たあの色を見に行きたい。

 

ケーキ屋さん……

甘いお菓子をお腹いっぱい食べたい。

 

 

2人で寝ても余りあるベッドに横になっても、

焔の胸はワクワクして眠れなかった。

 

 

ただ――

壊理だけは、

焔の尻尾をいつもより強く握っていた。

 

その小さな手は、

何かを決意したみたいに震えていた。

 

焔は気づかない。

 

壊理の赤い瞳の奥に、

2人だけの世界でしか育たなかった“願い”が

静かに瞬いていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

夢にまで見た、

壊理との外出。

 

何度も思い描いてきた“外”の景色は、

絵本の海のように眩しくはなかったけど――

いつもより少しだけ色が鮮やかだった。

 

 

人の声、車の音、

焼きたてのパンの匂い。

 

焔は何もかもが新しくて、

尻尾の焔が小さく弾むたびに、

部屋の中で思い描いていた夢が現実になった気がした。

 

 

でも――

隣を歩く壊理だけは違った。

 

小さな肩がソワソワと揺れて、

歩くたびに監視役の男を

何度も何度もチラチラと確認していた。

 

 

「……壊理? ど、うした?」

 

焔の声はまだ弾んでいた。

 

答えの代わりに、

壊理の手が焔の尻尾を握りしめた。

 

小さな冷たい手。

 

 

「焔ちゃん……だい、じょうぶ……だよ……」

 

自信のない声。

不安そうな“だいじょうぶ”。

 

何に対しての“大丈夫”なのか――

焔にはわからなかった。

 

 

でも、

壊理の瞳はずっとどこか遠くを見ていた。

 

焔には見えない(部屋)の外を、

あの赤い瞳だけが見つめていた。

 

 

握られた尻尾は、

部屋の中にいる時よりもずっと強く引かれていた。

 

それでも焔は、

壊理の小さな決意には気づかずに

ただ空を見上げて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

「……みて、これ。……すごい、よ?」

 

焔は壊理が少しでも楽しめるように、

声を弾ませた。

 

壊理は焔の手元をじっと覗き込む。

小さな肩が少しだけ震えている。

 

すぐそばの監視役の男は、

退屈そうに目を逸らし、

コンビニの看板を睨んでは欠伸を繰り返していた。

 

 

誰も気づかない。

この瞬間を、

檻の鍵が外れる小さな隙を。

 

 

男が背を向けた。

 

その瞬間――

焔の尻尾に絡んでいた壊理の手が、

今度は焔の手首をぎゅっと掴んだ。

 

ちいさな手は冷たくて、

だけど熱く震えていた。

 

 

「……お、“鬼ごっこ”だよ……!」

 

壊理の唇が、焔の耳に触れるくらい近くで囁いた。

 

焔が何かを言おうとした声が、

赤信号の向こうに吸い込まれていく。

 

 

壊理は焔の手を強く引いた。

 

風が二人を撫でる。

 

灰色の空の下で、

部屋の中では一度もできなかった

“鬼ごっこ”が始まろうとしていた。

 

 

焔にはまだわからない。

 

これは“遊び”ではなく、

壊理にとっての唯一の“自由”だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

二人に“外出”を許したのは、

焔に与える“飴”のつもりだった。

 

乱波との訓練で傷だらけになった小さな化け猫に

少しだけ餌を与えてやる。

 

それだけだ。

 

 

仕事のついでに、

近くの街を歩かせて

“外の光”を見せる。

 

焔にとってはそれが、

最高のご褒美になるだろう。

 

餌を与えれば、

鎖はもっと深く喉奥に絡まる。

 

 

壊理も同じだ。

 

怖がらせれば檻から出ない。

 

甘い幻を見せれば自分から戻る。

 

 

もしものことがあってもいい。

すぐに駆けつけられる距離だ。

 

焔の耳には小さなタグが埋め込んである。

首輪の代わりだ。

 

――安心などできないが。

 

 

車の窓の外を覗く。

 

人混み。

個性豊かな光景。

 

あの街の光――

俺から見れば、すべて滑稽だ。

 

 

いつか壊れる。

 

いつまでもつか。

 

街も、光も、

俺の掌に転がる駒も――

全部、檻の中だ。

 

 

その時、

治崎のポケットの端末が小さく震えた。

 

組の駒からの報告だった。

 

 

「す、すいませんッ!!

ガキ……いや、2人を……見失いました……!」

 

 

ほんの一瞬。

治崎の瞳孔が冷たく収束する。

 

次の瞬間、

手の中の端末が“ピキッ…”と鳴った。

 

何一つ声は荒げない。

ただ、

呼吸の奥で、

檻を閉じる音がした。

 

 

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