「……外に出ていい。」
クロノスタシス――
焔にとっての“クロさん”の声は、
いつも通り淡々としていた。
でもその一言を聞いた瞬間、
焔と壊理は顔を見合わせた。
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外に出ていい。
それも、二人一緒に――。
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壊理の赤い瞳が、
ぱっと光を宿す。
焔の尻尾の焔が、
小さく弾けて揺れた。
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監視役として、
若の部下が一人ついてくるという。
それでも――
そんなこと、どうでもよかった。
外に出られる。
二人で一緒に。
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「……やった……!」
焔の声はいつもよりしっかりしていた。
壊理も小さく笑って、
焔の尻尾をぎゅっと握り返した。
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明日は、外に行ける。
どこに行こう――
この狭い世界の外で思い描く夢は、
どれもまぶしかった。
海……
絵本で見たあの色を見に行きたい。
ケーキ屋さん……
甘いお菓子をお腹いっぱい食べたい。
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2人で寝ても余りあるベッドに横になっても、
焔の胸はワクワクして眠れなかった。
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ただ――
壊理だけは、
焔の尻尾をいつもより強く握っていた。
その小さな手は、
何かを決意したみたいに震えていた。
焔は気づかない。
壊理の赤い瞳の奥に、
2人だけの世界でしか育たなかった“願い”が
静かに瞬いていたことに。
**
夢にまで見た、
壊理との外出。
何度も思い描いてきた“外”の景色は、
絵本の海のように眩しくはなかったけど――
いつもより少しだけ色が鮮やかだった。
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人の声、車の音、
焼きたてのパンの匂い。
焔は何もかもが新しくて、
尻尾の焔が小さく弾むたびに、
部屋の中で思い描いていた夢が現実になった気がした。
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でも――
隣を歩く壊理だけは違った。
小さな肩がソワソワと揺れて、
歩くたびに監視役の男を
何度も何度もチラチラと確認していた。
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「……壊理? ど、うした?」
焔の声はまだ弾んでいた。
答えの代わりに、
壊理の手が焔の尻尾を握りしめた。
小さな冷たい手。
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「焔ちゃん……だい、じょうぶ……だよ……」
自信のない声。
不安そうな“だいじょうぶ”。
何に対しての“大丈夫”なのか――
焔にはわからなかった。
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でも、
壊理の瞳はずっとどこか遠くを見ていた。
焔には見えない
あの赤い瞳だけが見つめていた。
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握られた尻尾は、
部屋の中にいる時よりもずっと強く引かれていた。
それでも焔は、
壊理の小さな決意には気づかずに
ただ空を見上げて笑っていた。
**
「……みて、これ。……すごい、よ?」
焔は壊理が少しでも楽しめるように、
声を弾ませた。
壊理は焔の手元をじっと覗き込む。
小さな肩が少しだけ震えている。
すぐそばの監視役の男は、
退屈そうに目を逸らし、
コンビニの看板を睨んでは欠伸を繰り返していた。
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誰も気づかない。
この瞬間を、
檻の鍵が外れる小さな隙を。
⸻
男が背を向けた。
その瞬間――
焔の尻尾に絡んでいた壊理の手が、
今度は焔の手首をぎゅっと掴んだ。
ちいさな手は冷たくて、
だけど熱く震えていた。
⸻
「……お、“鬼ごっこ”だよ……!」
壊理の唇が、焔の耳に触れるくらい近くで囁いた。
焔が何かを言おうとした声が、
赤信号の向こうに吸い込まれていく。
⸻
壊理は焔の手を強く引いた。
風が二人を撫でる。
灰色の空の下で、
部屋の中では一度もできなかった
“鬼ごっこ”が始まろうとしていた。
⸻
焔にはまだわからない。
これは“遊び”ではなく、
壊理にとっての唯一の“自由”だということを。
**
二人に“外出”を許したのは、
焔に与える“飴”のつもりだった。
乱波との訓練で傷だらけになった小さな化け猫に
少しだけ餌を与えてやる。
それだけだ。
⸻
仕事のついでに、
近くの街を歩かせて
“外の光”を見せる。
焔にとってはそれが、
最高のご褒美になるだろう。
餌を与えれば、
鎖はもっと深く喉奥に絡まる。
⸻
壊理も同じだ。
怖がらせれば檻から出ない。
甘い幻を見せれば自分から戻る。
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もしものことがあってもいい。
すぐに駆けつけられる距離だ。
焔の耳には小さなタグが埋め込んである。
首輪の代わりだ。
――安心などできないが。
⸻
車の窓の外を覗く。
人混み。
個性豊かな光景。
あの街の光――
俺から見れば、すべて滑稽だ。
⸻
いつか壊れる。
いつまでもつか。
街も、光も、
俺の掌に転がる駒も――
全部、檻の中だ。
⸻
その時、
治崎のポケットの端末が小さく震えた。
組の駒からの報告だった。
⸻
「す、すいませんッ!!
ガキ……いや、2人を……見失いました……!」
⸻
ほんの一瞬。
治崎の瞳孔が冷たく収束する。
次の瞬間、
手の中の端末が“ピキッ…”と鳴った。
何一つ声は荒げない。
ただ、
呼吸の奥で、
檻を閉じる音がした。