The Ash Eater   作:メイユエ

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十二話

 

 

普段、外を走ったことなんてない。

 

普段、運動なんてしたこともない。

 

壊理の小さな身体は、

もう限界を超えていた。

 

息は途切れ途切れで、

足取りはふらついて、

いつ転んでもおかしくない。

 

それでも――

焔の手は、絶対に離さなかった。

 

前だけを見ていた。

 

 

焔は、壊理の背中を見つめていた。

 

息も切らさず、

足音も乱さず――

鬼ごっこは得意だった。

 

実験が始まる前、学校の友達とよく遊んだ。

 

その話を壊理にしたら、

「いつかしてみたい」って

笑ってくれたのを覚えている。

 

 

だけど、これは本当に鬼ごっこなんだろうか――?

 

焔の小さな尻尾が不安げに揺れる。

 

振り返っても、

あの男は追ってこない。

 

部屋の中みたいに、

範囲は小さくない。

 

どこまでも遠くに行ける。

でも、それが逆に怖かった。

 

 

「……え、壊理……そろそろ、戻ろう?」

 

焔の声は小さく震えた。

 

このまま帰らなければ――

若や組のみんなと、

二度と会えなくなる気がした。

 

 

壊理は、足を引きずりながら

かすかに振り返った。

 

赤い瞳が揺れていた。

 

 

「……だめ……。」

 

 

小さな唇から漏れた声は、

部屋の鍵を拒むようだった。

 

焔には、その意味がわからなかった。

 

繋いだ手は小さく震えているのに――

壊理の声だけは、

あの場所に帰らない道を選んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

壊理side

 

焔ちゃんは――

「戻ろう」って言った。

 

檻の中のようなあの場所で、

一緒に絵本を読んでくれた焔ちゃんが

わたしに“帰ろう”って言った。

 

 

でもそれが、

わたしにはどうしてもわからなかった。

 

 

焔ちゃんに、

毎日酷いことをする人たち。

 

焔ちゃんの身体を傷つけて、

痛い思いをさせて、

泣きたいのに泣けないようにして。

 

 

わたしが怖くて震えているとき、

「大丈夫」って言ってくれたのは焔ちゃんだけだったのに。

 

焔ちゃんは知ってるはずなのに――

外の光を、空気を、

少しだけでも知っているはずなのに。

 

 

なんで――

なんで暗くて痛い、

あの場所に戻りたがるの……?

 

 

わたしは、

嫌だ。

 

もう嫌だ……!

 

痛いのも、悲しいのも、苦しいのも、

焔ちゃんが傷つくのも……

ぜんぶ嫌だ……!

 

 

誰か――

 

誰か……

 

おねがい、だれか……

 

 

わたしたちを――

 

たすけて……!

 

 

壊理の心の奥から絞り出された声は、

誰にも届かない空に吸い込まれていった。

 

小さな手は焔の手を、

壊れそうなくらい強く握りしめていた。

 

壊理side 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

ザッザッ――

 

逃げる小さな足音とは別に、

地面を踏み鳴らす重たい足音が迫る。

 

焔の耳が、

檻の奥の音を思い出す。

 

 

「……若だ……。」

 

猫の耳はとてもいい。

 

血の匂いと同じように、

足音だけで“主”を聞き分けられる。

 

すぐそこまで来ていた。

 

 

壊理の手は必死に焔を引いた。

焔は一瞬だけ振り向いた。

 

乱波のような重たい足音――

 

 

どんっ――!

 

振り向いたその瞬間。

 

焔の視界の端で、

壊理が誰かにぶつかった。

 

 

路地裏を抜け、

二人はいつの間にか

車の音が響く大通りへ飛び出していた。

 

 

ぶつかったのは、

普通の人間――

そう思った。

 

でも倒れたのは壊理だけだった。

 

相手は、

路地から飛び出してきた小さな体を

何でもないように受け止めた。

 

 

尻餅をついた壊理の瞳が揺れる。

 

焔の心臓が跳ねた。

 

――目を逸らしたせいだ。

 

焔は声をかけようとした。

 

「……え、えり……!だ……」

 

大丈夫か――

そう言おうとした。

 

でもその声より先に、

目の前の“誰か”が膝をついた。

 

 

少年だった。

 

見慣れない服装をしていた。

 

暗いあの場所では聞いたことがない、

柔らかく透き通る声が壊理に降りた。

 

 

「ごめんね、痛かったよね。」

 

 

あまりに優しかった。

 

焔の猫の耳が、

“若”の足音と、

目の前の少年の声を同時に捕まえた。

 

胸の奥の鎖が小さく軋んだ。

 

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