The Ash Eater   作:メイユエ

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十三話

 

 

壊理とぶつかったその少年――

彼の名は、緑谷出久。

 

雄英高校ヒーロー科一年生。

多くのヒーローを輩出してきた名門校で、

その名を刻み始めている若きヒーロー候補。

 

幼い頃からヒーローに憧れ、

己を磨き、努力を積み重ね、

今はかつての憧れの“力”を継承し――

その責任の重さと共に日々を駆けている。

 

 

この日、彼はインターン活動の一環で

街の安全確認をしていた。

 

事件の兆候もなく、

人々の生活が穏やかに続くその通り。

 

――だったはずが。

 

視界の隅に、

突然飛び出してきた小さな影。

 

 

軽くぶつかる程度だった。

怪我はない。

 

でも、視線を落とした瞬間、

出久の身体は自然と膝をついた。

 

 

目の前にいたのは――

小さなツノを額に生やした女の子。

白いワンピースの上から包帯を巻かれ、

その目に浮かぶ不安はただ事ではなかった。

 

 

「ごめんね、痛かったよね」

 

優しく声をかけながら、

出久の視線は自然と彼女の隣へ向いた。

 

そこにいたのは――

 

彼女より少しだけ年上の、

フード付きの半袖と包帯を巻いた少女。

 

猫のような耳、

二股に分かれた尻尾。

 

その姿は――

明らかに“普通”じゃなかった。

 

彼女もまた、

檻の中から逃げてきたような目をしていた。

 

 

心臓が、跳ねた。

 

これはただの迷子じゃない。

どこかから――

何かから逃げてきた二人。

 

二人の運命が大きく動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

「ダメじゃないか。

ヒーローに迷惑をかけちゃ。」

 

 

――その声で、

焔の耳がぴくりと動いた。

 

振り返った先にいたのは、

もちろん焔の“主人”。

 

治崎廻――オーバーホール。

 

 

何度も聞いてきた声のはずなのに――

今、焔の耳に届いたその声は、

どこか知らない人の声に聞こえた。

 

優しさを演じた、

嘘みたいな声色。

 

自分にも、壊理にも、

組の誰にさえ使わない声色。

 

背筋の奥を氷でなぞられるように、

不気味だった。

 

 

「帰るぞ、二人とも。」

 

若の声に、

焔の体は自然と動いた。

 

頭で考えたわけじゃない。

それはもう焔の骨に染みついた“服従心”。

 

そもそも――

焔には“逃げる”つもりなんてなかった。

 

だから、当然のように――

壊理の肩に、そっと手を置いた。

 

 

「……壊理、帰ろ?」

 

 

帰ろう。

あの場所に帰ろう。

絵本を読もう。

 

当たり前のように紡いだ言葉。

 

 

でも、その瞬間――

焔の手は、

壊理の小さな肩から振り払われた。

 

パシン――

小さな音が、檻の鍵を叩いた。

 

 

「……っえ……?」

 

 

壊理に拒絶されたのは、

初めてだった。

 

焔の黄色の瞳が揺れる。

何も言えなかった。

 

 

けれど――

壊理の赤い瞳の方が、

もっと深く揺れていた。

 

 

“唯一の友”の手を――

振り払った。

 

二人で助かりたい。

たったそれだけの願いが、

焔の鎖を断ち切ってしまった。

 

 

二人の時間が、止まった。

 

大通りの喧騒も、

若の冷たい目も、

ヒーローの優しい声も――

 

何も聞こえなかった。

 

ただ、

繋がれたはずの小さな手だけが、

遠くで震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

力なく――

焔の尻尾は垂れていた。

 

さっきまであれほど揺れていた

二股の先の小さな焔は、

もう微かにゆらめくだけだった。

 

 

壊理はそんな焔から、

視線を外した。

 

焔の手から逃げるように、

小さな両腕を別の誰かに伸ばす。

 

 

ガシッ――

 

彼女の小さな手が掴んだのは、

一度も触れたことのない“あたたかさ”だった。

 

 

壊理がしがみついたのは、

さっきぶつかったヒーロー――

緑谷出久。

 

緑谷の服の袖を、

小さな爪が必死に握る。

 

 

2人の傍らで、

オーバーホール――治崎と、

雄英のもう一人のヒーローインターン生が、

静かに言葉を交わしていた。

 

探るように、探られるように。

 

 

「お二人とも初めて見るヒーローだ。新人ですか?随分と若い。」

 

「…そうです!まだ新人なんで緊張しちゃって!」

 

「さ!立てよ相棒、まだ見ぬ未来に向かおうぜ」

 

彼らは知っている。治崎という男の危険性を…だからこそ、先輩であるヒーローが緑谷へ声をかける。

 

すぐにこの場所から離れるべきだと。

 

 

けれど――

壊理を抱きしめたヒーローは違った。

 

 

出久の腕が、

小さな壊理の背中をそっと支える。

 

逃げたくて逃げられなかった

檻の中の子供に向けるには、

あまりにも眩しい手。

 

その手つきは、

誰かを守ろうとする手。

 

誰かを助けようとする手。

 

焔が一度も見たことのない光だった。

 

 

「この子達に、

何してるんですか?」

 

 

出久の声が、

強く、優しく響いた。

 

 

若の冷たい瞳と、

ヒーローの澄んだ瞳が交わる。

 

焔の小さな耳は――

その音を捕まえながら、

ただ尻尾を垂らしていた。

 

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