The Ash Eater   作:メイユエ

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十四話

 

 

「……ふう……

全く、ヒーローは人の機微に敏感ですね。

わかりました。」

 

若――

治崎廻の口元に滲んだ笑みは、

いつも焔に向ける

「役に立て」という声とはまるで違っていた。

 

鉄より冷たくて、

どこまでも滑らかだった。

 

⸻

 

焔は何も言わずに、

ただ若を見上げた。

 

二股の尻尾の先が、

ほんの少しだけ揺れた。

 

⸻

 

「恥ずかしい話です。

人目につくし……

こちらに来てもらえますか?」

 

振り返った若の指先が、

ヒーローたちを路地裏へと誘導する。

 

「お悩み相談」――

そんな風に聞こえるような声色だった。

 

でも焔の耳は知っていた。

 

若が“さっき”吐いた呼吸の重さを。

 

⸻

 

焔は治崎の横を一歩遅れて歩いた。

 

薄暗い路地裏に足を踏み入れた瞬間――

空気の匂いが変わった。

 

コンクリートの湿り気に混じって、

どこか鉄と血の匂いがした。

 

⸻

 

親が子育てに悩んでいるみたいな声。

 

焔は昔、

檻の奥で人間たちが

“黒猫は不吉だ”と囁きあったのを思い出していた。

 

言葉は優しいのに、

爪の奥だけが鋭い。

 

あれと同じだ。

 

⸻

 

ビリビリ……

背中を走る嫌な気配。

 

焔だけが察していた。

 

この路地の奥で、

若は――

このヒーローたちを殺すつもりだ。

 

⸻

 

焔は知っている。

 

あの目の奥に、

何も躊躇いがないことを。

 

この人の“家族”として繋がれた

自分の鎖の冷たさを。

 

⸻

 

尻尾の焔が小さく跳ねた。

 

焔はただ一人、

若の“殺気”に気がついていた。

 

その先に何をするつもりなのか――

誰を守るべきなのか。

 

獣の勘が、小さく軋んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

路地裏の奥で――

空気がピキリと軋んだ。

 

誰の耳にも、

殺気の匂いが伝わった瞬間だった。

 

⸻

 

壊理の小さな肩が震えた。

 

緑谷の優しい腕の中から、

その震えは外に出た。

 

⸻

 

出久の声がかすれた。

 

「え……!?」

 

だが、壊理の小さな手は

もう少年の服を掴まなかった。

 

⸻

 

「……もう駄々は済んだのか?」

 

響く治崎の声。

 

壊理は怯えた瞳の奥で、

静かに小さく頷いた。

 

⸻

 

焔はそれを黙って見ていた。

 

壊理が戻ってくるのを、

何も言わずに見ていた。

 

それが当たり前だと

言い聞かせるように。

 

⸻

 

治崎が背を向けた。

 

檻の鍵が開いたわけじゃない。

ただ、

誰も檻から逃げられなかっただけ。

 

⸻

 

焔は一歩遅れて、

若の背を追った。

 

小さな尻尾が路地裏の闇に消えていく。

 

⸻

 

その時――

焔はふと、

肩越しに振り返った。

 

小さく光る黄色の瞳が

二人のヒーローをまっすぐに捉えた。

 

⸻

 

路地裏に取り残された

ヒーロー二人の目と、

焔の目が合った。

 

何かを言うわけじゃない。

 

尻尾の焔も、声も揺れない。

 

⸻

 

ただ――

二人の“光”を

確かに目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

「明日からお前は、

壊理とは別の部屋だ。」

 

⸻

 

若の声はいつものように冷たく淡々としていた。

 

でも、

焔の耳には

雷鳴のように轟いた。

 

心臓の奥がビリビリと震えて、

尻尾の焔が小さく消えかけた。

 

⸻

 

あの日――

ヒーローに会ったあの日から、

二日が経っていた。

 

壊理と同じ部屋にいるはずなのに、

二人は一言も声を交わしていなかった。

 

背を向け合って座り込んで、

ただただ時間だけが通り過ぎた。

 

⸻

 

もう、明日には部屋が分かれる。

 

もう壊理と絵本を読むことも、

尻尾を握って励まし合うこともできなくなる。

 

考えれば考えるほど――

焔の胸の奥が、

絞り出せない声で詰まっていった。

 

⸻

 

でも、

何もしないまま離れたら――

何も残らない。

 

⸻

 

夜、実験の後の冷たい部屋。

 

部屋の隅、

毛布を抱えて小さくうずくまる壊理の背中。

 

焔は、

自分の尻尾をぎゅっと握った。

 

声が震えた。

 

でも、

この声だけは止めちゃいけなかった。

 

⸻

 

「……かえ……り……。」

 

焔の呂律の回らない声が、かすかに響いた。

 

お互いの心を確かめるために。

 

外を夢見た

あの“鬼ごっこ”の続きを、

もう一度繋ぎ止めるために。

 

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