The Ash Eater   作:メイユエ

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十五話

 

 

ずっと考えていた。

 

あの日――

ヒーローの腕にしがみついて、

若の言葉を拒んだ壊理。

 

どうしてあんな態度を取ったんだろう。

 

若は優しいのに。

組の皆んなは、焔に居場所をくれたのに。

 

壊理にとっては――

ここ(八斎會)は嫌いな場所なのかもしれない。

 

⸻

 

焔にはわからなかった。

 

一緒に笑って、

一緒に絵本を読んで、

一緒にお腹を空かせたのに。

 

壊理の心だけが、

遠い場所にある気がした。

 

⸻

 

「……え、りは……ここ……嫌い……?

ほむら……嫌い……?」

 

吐き出した声は、

焔の胸の奥に突き刺さった。

 

もし、

“嫌い”って言われたら――

どうしよう。

 

聞かなければよかった。

壊理に拒まれたくない。

 

でも、

もう言葉は戻らなかった。

 

⸻

 

焔の尻尾が、

小さく力なく垂れた。

 

小さな肩が震えた。

 

⸻

 

壊理は、驚いたように振り向いた。

 

大きな赤い瞳に、

部屋の灯りが揺れていた。

 

⸻

 

「……焔ちゃんッ……

わたしは……

焔ちゃんのこと……

壊しちゃうかも、しれないの……」

 

⸻

 

その小さな声は、

“嫌い”よりずっと痛かった。

 

焔を――

“壊すかもしれない”と

泣きそうに笑った壊理の声。

 

焔の耳は、

その声を離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

壊理side

 

壊理は顔を上げられなかった。

 

俯いたまま、

自分の声が床に落ちていくのを感じた。

 

『お前は呪われてる』

 

あの人の声が、

ずっと胸の奥で大きく鳴っている。

 

お父さんを――

自分の手で“壊して”しまった。

 

どんな力なのかもわからないのに、

誰も教えてくれなかったのに――

それでも。

 

⸻

 

怖かった。

 

焔ちゃんに嫌われるのが、

何よりも怖かった。

 

唯一自分を撫でてくれた友達。

 

だから、嘘だけは吐きたくなかった。

 

⸻

 

「……わたしにも……わからないの……

どういう力なのか……

でも……お父さんを消しちゃったのは……

わたしなんだ……」

 

⸻

 

言葉を吐き終えた時、

壊理の小さな手は震えていた。

 

どんな顔をしているだろう――

焔ちゃんは。

 

優しく声をかけてくれたその子が、

母親と同じ顔で怯えていたら――

もう、尻尾で撫でてくれないかもしれない。

 

⸻

 

勇気が出せなかった。

 

怖くて顔を上げられなかった。

 

⸻

 

でも――

 

焔の声は、

小さく優しく届いた。

 

⸻

 

「……壊理、つらかった……ね。

壊理は、優しい……ね。

わた、しも……名前も、知らない…女の子を……壊して……

ここにいる、の……」

 

⸻

 

“壊して、ここにいる”

 

焔ちゃんの声が、

壊理の心の奥の鍵を撫でた。

 

おそるおそる顔を上げた。

 

⸻

 

思っていた顔じゃなかった。

 

泣いていた。

 

焔ちゃんは――

自分のために泣いてくれていた。

 

⸻

 

部屋の奥で、

“壊れた子”と“泣いている子”が

そっと繋がった。

 

小さな尻尾が、

二人の手をそっと包んだ。

 

 

壊理side終。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

焔の始まりは――

古い神社の軒下だった。

 

人に忘れられた社の隅。

ぼろぼろの雨樋から滴る雨が、

子猫たちの小さな背を濡らした。

 

⸻

 

何の変哲もない、

黒い野良猫が数匹。

 

誰が名をつけるでもなく、

ただそこに生まれて、

ただ雨に打たれながら生きていた。

 

⸻

 

母猫が死んだのは、

その三ヶ月後のこと。

 

コンクリートの隅に滲んだ血の跡は、

誰も気に留めなかった。

 

車に轢かれて死ぬ――

よくあることだった。

 

⸻

 

兄妹たちも、

次々といなくなった。

 

人に殴られ、

石を投げられ、

目を失い、病に蝕まれ。

 

一匹、また一匹――

最後に残ったのは、焔だけだった。

 

五年。

 

黒い影は人目を避けて、

ゴミ捨て場を這いずり、

母猫と同じように――

車のタイヤに弾かれて、

命を零しかけた。

 

⸻

 

雨の中。

 

もう目も見えない。

骨の音ばかりが小さく鳴った。

 

風前の灯火の焔の前に、

“その子”はふっと立っていた。

 

⸻

 

焔の鼻がかすかに捉えた、

人間の匂い。

 

人間に近づくと痛い目に遭う――

そう知っていても、

動けなかった。

 

⸻

 

膝をついたのは、

人間となった時の焔と同じくらいの少女。

 

傘を差すでもなく、

冷たい水を頭から被りながら、

焔を見つめた。

 

⸻

 

「……可哀想……

痛いね……苦しいね……。」

 

何でもない、

ただの優しさだった。

 

少女自身も気づいていなかった――

その声が、

自分の個性を発動させてしまったことに。

 

⸻

 

『自分の寿命を分け与える個性』

 

⸻

 

少しだけなら、

少女は死ななかった。

 

でも――

止め方を誰も教えてくれなかった。

 

⸻

 

少女は、

自分が生きるはずだった

長すぎる時間を――

 

全部。

 

雨に打たれた黒猫に、

分け与えてしまった。

 

⸻

 

焔は――

生き残った。

 

動かなくなった少女を目の前に。

 

 

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