The Ash Eater   作:メイユエ

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百年生きた猫が人化した焔の姿は、黒髪に黄色い瞳を持つ幼い少女だ。
髪は野良猫の毛並みのように少し跳ねるクセのあるショートカット。
瞳は夜目の猫のように縦長で、灯りを映すたびに獣めいた光を宿す。
その姿には、人とも獣ともつかない妖しさと儚さが漂っている。


二話

部屋の鍵が開く音がした瞬間、

壊理の肩が小さく震えたのを、焔は見逃さなかった。

 

小さな手が、焔の裾をぎゅっと掴む。

 

 

「……行っちゃうの?」

 

壊理の赤い瞳が不安げに揺れた。

 

焔の紫焔の尻尾が、壊理の髪をそっと梳く。

くしゃりと小さな音がして、壊理の瞳が潤む。

 

 

本当は、壊理も一緒に行けたらよかった。

部屋の外で一緒にお菓子を食べて、絵本を買って、

学校のときみたいにお日様の下を歩けたらよかった。

 

でもそれは若が許してくれなかった。

若が言うなら仕方がない。

若が言うことは正しい。

 

焔の胸の奥で、ほんの少しだけ

猫には似合わない罪悪感が泡みたいに揺れた。

 

 

「すぐ、もど…る、ね?」

 

焔は笑った。

笑ったつもりだったけど、

口の端が引きつって、少しだけ心が痛んだ。

 

 

今日は壊理が実験を受ける日。

部屋の外に連れて行かれて、痛い思いをする。

だから、焔がいない間、きっと不安だ。

 

焔は知っている。

それでも「大丈夫だよ」としか言えない自分を。

 

 

「お土産、かってくる…!

ほしいの、なに…?」

 

焔が壊理の頭を尻尾で撫でながら聞くと、

壊理は下を向いて小さな声で答えた。

 

 

「……りんご……」

 

 

部屋の外に、組員の足音がする。

焔は尻尾をそっと解き、

壊理の小さな手を自分の爪でちょん、と触れた。

 

「りんご…わかった、

あまいの、えらぶ。」

 

紫焔がふっと瞬き、

焔は部屋の外へと足を踏み出した。

 

猫は、部屋の鍵が閉まる音を

振り返らずに聞いた。

 

すぐ戻る。

必ず。

 

それが壊理との、小さな約束だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

久しぶりに会えた組員さんたちは、

みんな私を見ると優しく笑ってくれた。

 

焔ちゃん元気か?

痛くないか?

何か欲しいものはないか?

 

みんな大丈夫かって、何度も何度も聞いてくれる。

 

でも私は大丈夫。

猫だから、痛みは隠せるし、

若が言ってたみたいに私が頑張れば、

組が救われるんだから。

 

だから、尻尾をふわっと立てて

「だいじょぶ、焔がんばる」って答えた。

 

 

どうしてみんな、若のすることに

少しだけ不安そうな顔をするんだろう?

 

不思議だった。

若は組のために頑張ってる。

私も壊理も、そのために実験を受ける。

それが一番良い方法のはず。

 

でも、組員さんはそれ以上何も言わなかった。

だから私も深くは考えずに「バイバイ」と手を振った。

 

 

外に出ると、空が高くて、雲が流れていて、

ビルの隙間から暖かい風が吹いてきた。

 

車のクラクションの音。

人が笑いながら歩いてる声。

遠くから漂ってくるパン屋さんの甘い匂い。

 

部屋の中では絶対に嗅げない匂いがする。

 

 

私は嬉しかった。

外はきれいで、空気は美味しい。

猫の頃は、もっと外にいたんだと思い出す。

組に拾われて、部屋に入って、

外に出るのはご褒美になった。

 

だから嬉しかった。

 

けれど、

どこを見ても、何をしても、

“壊理がいたら”って思ってしまう。

 

 

壊理も外の風を嗅いだら、

きっと少しは怖くなくなるかもしれない。

絵本の話みたいに、二人でパン屋さんに行って、

りんごのタルトを選んで、

お日様の下で食べたら、

どれだけ美味しいだろう。

 

でも部屋の鍵は壊理を外に出してくれない。

若がダメだって言ったから。

だから仕方ないんだ。

 

 

私は尻尾をくるりと巻いて、

商店街の果物屋さんに足を向けた。

 

壊理のりんごを買ってあげなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

果物屋さんで一番赤くて甘そうなりんごを選んだ。

おじさんが袋に入れてくれて、焔の尻尾の先を見て

「火ぃ気をつけなよ」って笑った。

 

大丈夫、焔はちゃんと隠せるから。

焔の紫焔は誰も怪我させない。

若のお役に立つ以外は。

 

 

帰り道、本屋さんの前を通りかかって、

焔の足は自然に止まった。

 

店先に積まれた写真集。

表紙に写っていたのは、見たことのない海。

 

太陽が反射して、キラキラ光っている。

空も水も全部、部屋の外の青だった。

 

 

焔はページをめくってみる。

波打ち際、船、白い砂浜。

 

漢字がたくさん並んでいて、

焔には意味が分からない部分も多い。

 

でも関係なかった。

字なんかなくてもいい。

この海の色を、

部屋の中で泣きそうになる壊理に見せてあげたい。

 

 

壊理が「綺麗だね」って言ってくれたら、

痛いのが少しは消えるかもしれない。

 

焔の尻尾が写真の青を照らす。

部屋の中にだって、波の音くらいは届くはずだ。

 

 

りんごの袋と、分厚い写真集を抱えて、

焔は少し足早になった。

 

部屋に戻れば、壊理に会える。

今日は泣かないようにしてあげたい。

 

 

「壊理…よろこぶかな…

あのこ、海 しらない…

きれいだって…

笑うかな…?」

 

暖かい風の中、

焔の二本の尻尾が嬉しそうに揺れた。

 

誰も見ていない路地裏に、

焔の紫焔が一瞬だけ瞬いた。

 

それは、部屋の外では一番小さな、

けれど部屋の中では一番大きな光だった。

 

 

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