The Ash Eater   作:メイユエ

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四話

 

⸻

 

「……使うなと言ったはずだ。」

 

若の声は冷たかった。

 

壊理が小さく息を呑む気配がした。

焔の尻尾を握りかけた小さな指が、

怯えて震えるのが分かる。

 

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焔の胸の奥で、

あの大海原の青が、

ゆっくりと黒く滲んでいった。

 

壊理があんなに笑ってくれたのに。

私は壊理のためにしただけなのに。

 

でも若にとっては、

私の焔は“役に立つため”以外に使ってはいけないものだ。

 

私は――

裏切ってしまったのか。

 

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「ご、ごめ……なさい……。」

 

声が震えた。

猫は本来、こんなに弱い声を出さないのに。

 

でも若は何も言わなかった。

 

ただ焔の頭を荒々しく掴んで、

そのまま床へと押しつけた。

 

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ゴンッ――

 

鈍い音が部屋に響いた。

 

鉄の匂いが、

焔の鼻先に滲んだ。

 

壊理の小さな悲鳴が遠くで滲んだ。

 

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私は抵抗しなかった。

尻尾を巻きつけることも、

爪を立てることもできたのに。

 

でもしなかった。

 

猫は、家族に牙を向かない。

それが焔にとっての掟だった。

 

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若の手のひらが、焔の頭を押さえつける。

熱くなった鉄が頬に張り付く。

 

部屋の外の夢なんて――

見なければよかったのかもしれない。

 

でも後悔はしたくなかった。

 

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だって、

壊理が笑ってくれたから。

 

私の紫焔の夢見で、

あの子が初めて「行きたい」って言ってくれたから。

 

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若の靴音が遠ざかる。

鍵が閉まる音が、

波の音の代わりに部屋を満たした。

 

私は小さく目を閉じた。

 

紫焔はもう、

部屋の中では揺れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

壊理は泣きながら、

焔の手に小さな手を重ねて、何度も何度も謝った。

 

「……ごめんね、ごめんね……

わたしのせいで……ごめんね……!」

 

焔の頭に残る痛みよりも、

床に押さえつけられた時の冷たさよりも、

壊理の震える声の方がずっと重かった。

 

⸻

 

でも、壊理は何も悪くない。

 

紫焔を使ったのは私だ。

若の言いつけを破ったのも私だ。

 

だって、壊理があんなに笑ってくれたから。

部屋の中でしか笑えないその顔を、

焔はどうしても見たかっただけだ。

 

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壊理の涙で濡れた頬を、

焔は尻尾の先でそっと拭った。

 

自分の傷ついた手じゃ、

余計に壊理を怯えさせてしまいそうだから。

 

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「だいじょうぶ、だいじょうぶ……

 泣か、ないで……」

 

呂律が少しだけ絡まって、

声が部屋の壁に跳ね返って、寂しく響いた。

 

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壊理の小さな背中を撫でる。

震える肩を、何度も何度も尻尾で包む。

 

焔の瞳の奥には、

若に謝らなくちゃという言葉が

波の底に沈んだように揺れていた。

 

悪いのは私だ。

私が謝れば、きっとまた許してもらえる。

 

だって私は――

部屋の中で生かしてもらっている猫だから。

 

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焔は壊理に笑いかけた。

猫は痛みを隠すのが上手だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

頭に巻かれた白い包帯は、

まだ少し血を滲ませていて、

髪の奥がひんやりしていた。

 

包帯を巻いてくれたのは、

死穢八斎會 若頭補佐――

クロノスタシスだった。

 

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私には、

クロノスタシスなんて長い名前はとても言えない。

 

だから、

「クロさん」って呼んだ。

 

呂律が回らない焔の声でも、

それだけはずっと上手く呼べた。

 

⸻

 

クロさんはいつもと変わらない顔で、

私の頭にくるくると白い包帯を巻いてくれた。

 

「言葉が理解できないわけじゃないでしょう…

 お前は若の、この組の役に立たなければならない。」

 

焔は、小さく尻尾を揺らして頷いた。

 

⸻

 

『壊理に見せてしまった紫焔』

 

それがどれほど許されないことか、

焔にもわかっている。

 

でも壊理が笑ってくれたから、

焔は謝らなくちゃいけないのだ。

 

⸻

 

クロさんの声は冷たくも優しくもない。

ただ淡々としていて、

それが逆に焔には心地よかった。

 

彼は最後に、

焔の頭をポンとこずいた。

 

「その力は、役に立つ時に使え。」

 

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包帯の下で少し痛んだけど、

焔は尻尾をふわりと揺らして笑った。

 

「……ありが、とう……クロ、さん……」

 

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壊理のいる部屋を一度だけ振り返ってから、

焔は若の待つ部屋へと向かう。

 

扉の鍵が閉まる音が、

また波のように背中を押していく。

 

これからまた実験だ。

若に謝って、

ちゃんと役に立たなくちゃ。

 

焔の紫焔が小さく、

包帯の奥で鈍く灯った。

 

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