The Ash Eater   作:メイユエ

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五話

治崎side

 

猫又 焔――

百年生きた化け猫が人になっただけの“厄介物”。

最初に会った時、

正直言って何の興味も湧かなかった。

 

何の役に立つ?

せいぜい“組長のお気に入りのペット”だろうと。

 

 

だが、

あの焔が組員一人の個性を、

イタズラみたいに紫焔で焼き消した時――

俺の中で焔の価値は一気に跳ね上がった。

 

 

焔の紫焔は、人を焼き、幻を見せる。

だがそれだけじゃない。

あの焔は“記憶”も“個性”も焼き消す。

 

つまり、

壊理の“巻き戻し”と焔の“紫焔”を合わせれば――

個性社会を根こそぎ分解できる。

 

 

オヤジ(組長)は反対した。

焔を縛るな、

壊理を怯えさせるな、

人として生かせ――

くだらない情だ。

 

組長が倒れた今、

もう誰も俺を止められない。

 

 

壊理は恐怖で縛ればいい。

部屋の外が怖いと思わせておけばいい。

あの子供は何度でも従う。

 

焔は――

あの猫は“依存”で縛る。

優しくしてやれば尻尾を振る。

俺という“家族”から絶対に離れられない。

 

 

あいつらは計画の要だ。

絶対に逃がさない。

あの紫焔も、壊理の巻き戻しも――

全部、俺が使い尽くす。

 

 

 

・・・・

 

 

 

謝る焔の姿は、

俺がずっと欲しかった“形”そのものだった。

 

頭を低くして、声を震わせて、

傷ついた尻尾を揺らしながら、

自分が悪いと信じて疑わない。

 

こんなにも都合のいい化け猫はいない。

 

 

だが、まだ足りない。

 

甘い餌をやるだけでは、

あの猫はいつか野に還る。

 

飴と鞭――

よく言ったものだ。

 

 

俺は手袋を外す。

 

焔の前髪を掴んで額に触れた。

 

分解。

ひび割れた骨も、割れた皮膚も、

血の痕も何もかも壊す。

 

修復。

組の“道具”は傷ついていてはいけない。

 

 

焔の瞳が微かに揺れる。

 

痛みが消えたことに、

あの猫は安堵のような顔を見せる。

 

滑稽だ。

自分を踏みつけた手で治されることが、

あの猫にとっては“愛情”だとでも思っている。

 

 

俺は焔の頬を指先で撫でる。

 

「俺は、お前を信じるぞ……?」

 

思ってもいないことを口にしても、

焔は疑わない。

 

檻の中で与えられる言葉が、

そいつにとってすべてだからだ。

 

 

紫焔の奥に隠した猫の瞳が、

俺を見上げて揺れる。

 

いい顔だ。

 

もう少しだ。

完全に檻の鎖で心を巻き取れ。

 

 

…お前は、俺のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

頭に巻かれた包帯が取れて、

じんわりと沁みていた痛みが全部なくなった。

 

焔の額に残っていた、

床に叩きつけられた痕はもうどこにもない。

 

治崎が手袋を外してくれた。

分解して、壊して、もう一度きれいにしてくれた。

 

それは焔にとって、

ただの能力じゃなかった。

 

 

「俺は、お前を信じるぞ……?」

 

その声が、

焔の胸に落ちた。

 

部屋の外の光より、

あの幻の海より、

壊理の笑顔よりも、

その言葉が焔の心に一番深く溶けた。

 

 

――私は、信じられてるんだ。

 

若に。

治崎に。

 

部屋に閉じ込められたって、

痛みで血が滲んだって、

ちゃんと役に立てば、

自分は必要とされる。

 

“必要とされている”という確信が、

焔の胸をふわりとあたためた。

 

 

紫焔を使って裏切ることなんて、

もう二度としない。

 

今度は絶対、若を困らせない。

壊理のためにも、組のためにも、

何でもやる。

 

 

焔は治崎をまっすぐ見上げた。

 

猫の瞳が、

小さく笑った。

 

 

「……焔、がんばる……

若のため……

なんでも……。」

 

小さな尻尾が床を撫でる音だけが、

檻の外の冷たい空気に滲んだ。

 

焔にとって治崎は、

檻の鍵を握る“家族”だった。

 

壊理も、若も、

私の大切な家族なんだ――

 

だからこそ。

 

焔は疑わなかった。

 

頭を押さえつけられても、

紫焔を禁じられても、

傷を分解されても、

全部“必要だから”だと信じてきた。

 

若の言葉を信じるのは、

焔にとって家族を信じることと同じだった。

 

 

だから――

 

次に連れて行かれる場所が、

今までの“実験”とは違う空気を纏っていても、

焔は歩みを止めなかった。

 

コンクリートの床に靴音が響く。

鉄と血の匂いが混ざり合って、

奥の暗がりに何かが待っている。

 

部屋の鍵が閉まる音とは違う、

もっと大きくて重い扉が背後で閉まった。

 

 

広い。

壁も床も冷たい灰色。

焔の紫焔の光さえ吸い込んでしまいそうな空気。

 

何が始まるのかはわからない。

でも若のためなら、

それがどんな地獄でも大丈夫だ。

 

そう思って、

焔は前を向く。

 

 

そこに立っていたのは――

 

乱波(らっぱ) 肩動(けんどう)

 

 

初めて見る男だった。

 

灰色の壁の一部みたいに、

広い背中をゆっくりとこちらに向けたまま、

焔を見下ろした。

 

空気が張り詰める。

焔の尻尾が小さく震えた。

 

この男は、

“只者ではない”と本能が告げていた。

 

それでも――

 

焔の瞳は揺れなかった。

 

 

必要だから。

役に立つから。

家族のためだから。

 

焔の信じる“檻の鎖”は、

まだ断ち切られなかった。

 

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