壊理side
わたしには、お友達がいる。
暗くて怖い檻の中で、
誰もそばにいてくれなかったわたしに
絵本を読んでくれて、
優しく頭を撫でてくれる
とっても素敵な友達。
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その子は、焔ちゃんと言う。
猫みたいな耳と、
二つに分かれたふわふわの尻尾を持っていて、
尻尾の先には、
焔みたいにゆらゆら揺れる火が灯ってる。
冷たい部屋の中で、
あの焔はとても暖かいんだ。
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一人ぼっちで、怖くて、悲しくて、
毎日が灰色だったわたしに
焔ちゃんは小さな色をくれた。
絵本の中の花の色。
お日さまみたいな甘いお菓子の色。
一緒に夢を見た、幻の海の青い色。
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辛い実験の後も、
焔ちゃんがいるから泣かないって決めてた。
焔ちゃんが、
「大丈夫、大丈夫」って笑ってくれるから
わたしも大丈夫だって思えたんだ。
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でも――
最近、焔ちゃんは笑わなくなった。
わたしの前では笑ってくれるけど、
あの尻尾の焔はとても小さくて、
すぐに消えてしまいそうで――
わたしは怖い。
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2日に一回だった実験は、
焔ちゃんだけ毎日になった。
帰ってくるたびに、
顔に大きなアザを作ってて、
尻尾は床に落ちるみたいに元気がなくて。
心配でたまらないのに、
わたしは何もできない。
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泣いちゃだめだ。
泣いたら、焔ちゃんを困らせてしまう。
だからわたしは、
大丈夫?って尻尾を握ることしかできない。
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何も聞いてあげられない。
何も言ってくれない。
焔ちゃんは隣にいるのに、
どんどん遠くに行ってしまう気がする。
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わたしたちは――
友達なのに。
焔ちゃんが、
すごく遠いの。
・・・
今日も、
焔ちゃんは朝早くから部屋の外へ連れて行かれる。
扉が開いて、
冷たい足音が近づいて、
焔ちゃんの小さな手首を掴んで、
連れて行こうとする。
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いつも焔ちゃんは笑ってる。
「大丈夫、大丈夫」って笑う。
でも――
今日は、その笑顔がとても辛そうだった。
尻尾の焔も小さくて、
どこか頼りなく揺れていた。
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どうしたらいいんだろう?
わたしは、どうしてあげればいいんだろう?
胸が苦しくて、
声が喉の奥で詰まった。
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俯いて、
わたしは何も言えなかった。
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その時だった。
柔らかい声が、
わたしの耳をくすぐった。
焔ちゃんの声だ。
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「……かえったら……
いっしょに……ほん……よもう?」
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しばらく一緒に読んでいなかった、絵本。
それを一緒に読もうと誘ってくれた。
それがどれほど嬉しかったか――
涙が出そうになった。
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でも、
焔ちゃんの顔を見た時、
わたしは気づいてしまった。
焔ちゃんは、
すごく不安そうな顔をしていた。
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“わたしが断る”――
焔ちゃんは、
そんなことまで怖がってるんだって思った。
いつも強くて、
優しくて、
わたしを励ましてくれる焔ちゃんが、
わたしと同じくらいに怖がってる。
それに気づいてしまった。
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わたしは小さく、
でも力いっぱいに頷いた。
尻尾をそっと握って、
震えていた焔ちゃんの手に小さな声を乗せた。
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「……読もう?
白い猫の絵本……!」
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焔ちゃんの目が、
ほんの少しだけ安心したみたいに笑った。
まだ――
まだ焔ちゃんは、
わたしのお友達でいてくれる。
わたしたちは、
まだ“ふたり”でいられる。
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部屋の外から、
鍵の音が鳴った。
焔ちゃんの小さな背中が、
部屋の外に連れて行かれた。
でもわたしは信じる。
白い猫の絵本を、
一緒に読めるその時を。