IS~一人の転生者、報われる日は来るのか?   作:姫百合 柊

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貴方のヒロインは誰ですか?


 【更識 楯無】

 【更識 刀奈】


特別閑話・温泉旅館と月

 

「更識さん、すいません待ちましたか?」

 

「いや、大丈夫。私も君とほぼ同じにここに着いたから」

 

授業終わり、携帯にメールが来たと思ったら、待ち合わせ場所と時間だけが書いてあった。差出人は更識さん。

 

『時間は明日の放課後、待ち合わせ場所は生徒会室』。ってなんでさ。

 

「さぁ、入って入って。紅茶でもいれましょう」

 

そう言ってぐいぐいと中に入れようとしてくる更識さん。……正直、何かありそうでちょっと怖いわ。

 

 

◇◇ ◇◇◇

 

 

何か高そうなティーカップを目の前に出され、紅茶を入れてくれた。……本当に紅茶を出すとは。

 

「……あ、美味しいですねこの紅茶」

 

「でしょ、何と言っても私が淹れたからね」

 

得意顔でいう更識さん。紅茶の詳しいことは分からないが、美味しく飲んで欲しいと思って淹れたら美味しくなると思う。その様な所作が先程見ていたら感じ取れたので、更識さんの言葉に『そうですね』と肯定したらちょっと戸惑っていた。

 

多少の時間が経ち、カップの中がが空になった。……あれ、紅茶飲んだだけなんだが?何か用事があったんじゃないのだろうか。

 

俺とほとんど同じにカップをソーサーに置いた更識さんは指を組み、その上に顎を乗せてこちらを見た。

 

「私と温泉に行かない?」

 

にっこりと微笑みながら彼女はそんなことを口にした。

 

 

◇◇ ◇◇◇

 

 

「もう、そんな怒んないでって」

 

「別に怒っていませんが」

 

温泉行かないかと言われ、結局肯定も否定もせず、なーなーでその日は終わり明日の休日は何をしようと思っていたら拉致られていた。気がついたらというか寝て起きたら知らない所だった。

 

状況が分からず思考が固まったが、ふと隣に目をやると更識さんが布団で気持ち良さそうに寝ていた。

 

再度思考が固まりかけたが、『あぁ……これは更識さんのせいか』と悟った。なので焦っても仕方ないと思い、もう一度眠りにつく。幸い今日は休日だ、大丈夫だろう。

 

そうして、毛布を掛け直して更識さんとは反対の方向へ体を向けて目を瞑る。すると、後ろでもぞもぞと布の音が聞こえ胸の辺りに手がまわされた。

 

「……何してるんですか更識さん。というか、起きてたんですね」

 

「今起きたところよ。それで貴方がまた寝るところだったから一緒に寝ようと思ったのよ」

 

まわされた腕や密着した感触などがいやでも意識してしまうので離してもらうように言おうして、振り向いたら予想よりもずっと顔の位置が近くにあった。鼻先が当たるか当たらないかくらいの距離だったので慌てて顔を戻した。

 

ドキリとしたが後ろからくすくすと笑い声が聞こえたのでからかわれていたのだと気付いた。

 

眠気は更識さんのお陰で完全に飛んでしまったので、腕を離してもらい布団を畳んだ。

 

そして冒頭の会話となる。別に怒ってなどいないのだが、行くなら行くで説明して欲しかった。……っていうか何で俺を連れて来たんだ?気になったので更識さんに聞いてみた。

 

「うーん、色々あるけどお礼の意味合いが強いかな?」

 

「お礼、ですか?」

 

何だろ。正直、更識さんにお礼を言われる事なんかやっていないと思うんだが。暫く、考えていたが全く思い浮かばない。すると更識さんが笑い出した。

 

「……うふふっ、だから私は貴方に感謝してるのよ」

 

そう一言微笑んでから、さてと呟き、扇子を開いた。

 

「折角の温泉よ。思う存分楽しみましょう」

 

相変わらず、扇子を持った姿は様になっているなと思った。

 

 

◇◇ ◇◇◇

 

 

 

それから更識さんに連れられて色々な所をまわった。お食事処に甘味処、お土産屋、服屋。

 

食事処でうどんを食べたり、甘味処でぜんざいを食べたり、お土産屋で髪止めと簪を選ばされ買ったり、服屋に連れて行かれ浴衣を見繕われ、現在進行形で着させられている。

 

というか、いつの間に更識さんは浴衣に着替えていたのだろうか。外に出た段階で既に浴衣だったので、少しだけ席を外した時に着替えでもしたのだろうか?……しかし。

 

「……な、なにかしら?」

 

そんな姿の更識さんを見てみる。何というか、似合ってるなー。

 

「いえ、似合ってるなと思いまして」

 

「ふふっ……褒めたって何も出ないわよ」

 

扇子を開き口元を隠してはいるが、絶対に笑顔になってるよ。

 

「さて、次は何処をまわろうかしら」

 

そう言ってから楯無は司の手を取り、先に歩き出す。そんな楯無に連れられて司は歩幅を合わせて、並ぶように一緒に歩く。

 

 

◇◇ ◇◇◇

 

 

温泉。それは気持ちの良いものだ。お風呂然り温泉然り、それは一人で入ってこそ。

 

……おかしい。この状況はおかしい。

 

「折角、広い露天風呂を貸しきりにしたのにそんな隅っこにいないでお姉さんと洗いっこしましよう?」

 

おかしいな。俺は男湯に入ったはずなんだが。何故さも平然と更識さんがいるのだろうか。

 

きっと今絶対にニヤニヤしているだろうけど、耳をかしてはいけない。目を固く閉じて髪を洗うことに集中する。意識してはいけない。

 

「あら、無視かしら。お姉さん寂しいわ」

 

泡を流して、次は体を洗う。……うっ!

 

「……更識さん」

 

「うふふっ、何かしら?」

 

「後生ですので、離して頂けませんでしょうか」

 

がっつり抱きつかれてしまっている現状、自分は離してもらうように願うしかすることがない。……柔らかな膨らみがぁ。

 

「うーん、じゃあこっちを向いてくれたら離すわよ」

 

……それだと今朝の布団での距離と同じかそれ以上に近くなる訳でして、とっても恥ずかしいんですが。更識さんは羞恥とは無縁なのだろうか。だけど、何時までもこのままでいるわけにはいかない訳でして。腹を括って更識さんの方を向く。少なくとも顔だけを見ていれば体を見なくていいだろう。

 

だが顔を向きかけたとき、ちょっとしたアクシデントが起こった。バランスが崩れたのだ。俺が崩れたのか更識さんが崩れたのか分からないが、顔と顔との距離が無くなった。唇が触れてしまった訳ではないが額同士が合わさって殆ど触れてしまいそうな距離にある。

 

いきなりのことに固まっていると更識さんの方から勢いよく離れた。顔は俯いていて表情は分からないが口元に手を当てていた。こんな反応の更識さんを見るのは初めてなので新鮮だなぁと何処か客観的に感じてしまう。あと何で水着を着ているんですか?

 

「……あ、あははは。ちょっと悪ふざけが過ぎたわね、ごめんなさい」

 

「……い、いえ。俺の方もなんか、すみません」

 

 

その後、若干ギクシャクしながら温泉に入った。更識さんとの距離は人2人分、離れている。あと、当然だが水着は脱いで入浴したようだった。

 

 

◇◇ ◇◇◇

 

 

部屋に戻ってまったりとお茶を飲む。

 

「……お茶、飲みますか?」

 

「…………うん」

 

暫く間があった後、小さく肯定する声が聞こえた。

 

温泉でアクシデントがあってから更識さんはずっとこんな感じだ。借りてきた猫のようになってしまった。正直、調子が狂ってしまう。ただ、こういう時どうしたらいいのか分からないのでどうすることも出来ない。

 

どうぞ、と言ってから湯呑みを手渡す。おずおずと手を伸ばしてそれを受け取る更識さん。しかし更識さんは指が自分の指に触れた時にパッと離れてしまった。その時、更識さんに湯呑みが渡るものだと思い、自分も手を離していたので湯呑みは自重で落下していく。

 

あっと思いながらも反射的にその湯呑みを掴みにかかる。それは更識さんもおなじだったらしく殆ど同じタイミングで湯呑みを掴んだ。中身は溢れてはいなかったのだが、更識さんの手を包むような感じで湯呑みを握ってしまっている。

 

視線を上げて見ると、更識さんは顔を朱に染めていた。暫くお互いにそのままだったが『もうっ!』と言って湯呑みを引ったくるように取り、そのまま一息にお茶を飲んでしまった。

 

「……調子が狂いっぱなしよ。本当は私がリードするはずだったのに。……あのアクシデントさえ無ければ」

 

飲み終わった湯呑みを机に置いて、そのまま俯くようにして突っ伏してしまう。何か囁いていたようだったが声が小さすぎて聞こえなかった。

 

何だかまた、気まずくなり視線を泳がせた。すると何だか外が明るいことに気が付いた。

 

「……あっ、見てください更識さん。満月ですよ、満月」

 

外の様子を伺って見ると月が出ていた。その事を更識さんに伝えると、いつの間にか側に来ていて、自分と同じようにその月を見上げていた。

 

 

「……綺麗ですね」

 

「……それ、意味分かって言ってる?」

 

更識さんが微かに吹き出すように笑顔を見せる。何か、更識さんを笑わせるような事をいっただろうか?

 

「ねぇ、司。私の名前、呼んで」

 

コロコロとした笑顔でそんな事を言ってきた更識さん。突然名前を呼ばれたのでビックリした。

 

「……楯無さん」

 

「うふふふっ。不正解」

 

ふるふると首を振ってそれを否定する更識さん。どゆこと?楯無って名前だよな。そんな更識さんの反応に首を捻っていると顔を耳元に近付けて来て言葉を発した。

 

「――刀奈」

 

「……え?」

 

「私の本当の名前。更識刀奈って言うの」

 

ということは更識楯無というは偽名で更識刀奈というのが本来の名前だということになるのだが、本当だろうか。……まぁ、どっちにしろ更識さんは更識さんだ。

 

「――刀奈」

 

「うふふふっ。何かしら司?」

 

「いえ、ただ呼んでみただけです」

 

呼び慣れていない名前を呼ぶのも何だか違和感がある。そして名前を言っただけなのに一層楽しそうにしている更識さんがいる。

 

「何だか、恋人みたいね」

 

「……何を言っているんですか、更識さん」

 

気恥ずかしくなって顔を逸らす。隣では更識さんがニコニコしているように思える。

 

間が持たなくなり、『もう寝ますか』と言って二人分の布団を敷き、電気を消す。返答を待たずに布団に入って目を閉じる。少しの間を置いて、隣に敷いた布団に入るような布が擦れる音が静かな室内で聞こえた。

 

「――お休みなさい、刀奈」

 

「――お休み、司」

 

そんな挨拶を交わし合って二人は眠りに就いた。





はい、という訳で更識さんヒロインルートでした~。如何でしたでしょうか?

他にも原作メンバーたちと旅館で会ったりするような話も考えていたのですが、何か違うなと思いこのような感じになりました。

本編はもう少し待って頂けたら幸いです。ではでは~

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