私は悪魔です。
十七歳ほどの中性的な姿、腰まで流れる黒髪、紫の瞳。燕尾服をまとい、菓子を対価に魔法を行使するしがない上級悪魔でございます。
呼ばれたから来た──ただそれだけのことですが、召喚主はえてして肩に力が入りすぎるものなのですよね。
***
「お前が……悪魔、か」
今回のご新規様はゲラート・グリンデルバルド。金髪碧眼、若くして不気味なほど冷たい笑みを湛えた男でした。えーと、年齢は、ふむ、十九歳。
ホグワーツ以外で召喚されるのは珍しい事です。私を召喚する書物の数は多くないんですけどね。誰かから聞いたのでしょうか……まあ、いいんですねどね。
「どーもご丁寧にありがとうございます。さて、御用件は?」
私は燕尾服の裾をつまみ、軽く一礼を。見下しはしませんが、必要以上に畏まる気もありません。
「世界を支配したい。その力を寄越せ」
おや、随分と直球ですね。その野心嫌いじゃありません。下級悪魔なら喜んで従ったでしょうね。悪魔にとって欲望はスナック菓子のようなものですから。
「なるほど、大望でございますね。では、対価は?」
「魂を差し出す」
ゲラートはちらりと視線を横に投げる。そちらを見てみれば。おやまあ。意識混濁している人間がひいふうみい……たくさん。
「……あいにくですが、現在は魂での取引を中止しております。今はお菓子での契約に切り替えましたので」
私は肩をすくめ、片手をひらひらと振る。ゲラートの眉がぴくりと動き、不服そうな顔をする。
「お菓子、だと?」
「またの名をスイーツ。甘く、幸福感のあるものが私の求める対価でして」
胸に手を当て笑みを深めれば、彼は少し黙り込み、懐から黒い箱を取り出した。銀の装飾が施されている高級そうな箱ですね!
「最高級のチョコだ」
「ほほう!」
チョコレート!良いですね、作り手によって味ががらりと変わる逸品。興味深く受け取り、蓋を開けると、濃密なカカオの香りがふわりと立ち昇りました。おお、かなりいいのでは?
我慢できず、私は一粒を摘み上げ、口へ。
「……っ、ああ、苦い!これはビターチョコですね。それと、アルコールの味」
少し顔をしかめる私を見て、ゲラートは喉の奥で笑いやがりました。
「甘さより深みがある。それが大人の味だ。お前には早かったか?」
「おや。私、あなたの二千倍は生きてますよ」
「……不死なのか?」
「そのようなものですね。……ふむ、こちらはワインの味」
私は口元を押さえつつ、もう一粒口に入れた。苦味がじわりと舌に広がるが、カカオ本来の旨味が残る。不味くはない。むしろ良質な味──それゆえに残念です。
「……確かに旨いのですがね」
箱を閉じ、ため息を一つ。
「私、甘党なんです。なので対価として世界を支配する事は不可能ですね」
彼の目が細くなる。
「貴様……私を愚弄しているのか?」
「愚弄はしておりません。そもそも、チョコレート数粒で世界が支配できるとお思いですか?ちゃんちゃらおかしいですよ。お菓子だけに!」
沈黙が落ちる。私のジョークが伝わらないなんて嘆かわしい!
ゲラートは私を睨みましたが、私は笑顔を崩さず紫の瞳で返します。
「しかし、全くの無駄足というわけではありません。対価は対価。私、これでも契約を反故にした事はありません」
私は懐から紫の魔力を滲まれば、ふわり、と風もないのに私とゲラートの髪が揺れました。
ゲラートは未知の魔力に眉を上げたようです。
「支配は無理でも、人々から好感を持たれやすくなる、程度の魔法なら可能です」
「そんなものに何の意味がある?」
「恐怖だけで人を従えるのは効率が悪いものです。少しでも支持されれば、物事は驚くほど円滑に進むのですよ」
私の指先から薄い光が放たれ、彼の胸元へ吸い込まれました。
「これで、貴方が会話する相手は少しだけ心を許しやすくなるでしょう」
「小細工だ」
「ですが、貴方なら使いようがあるはずです」
私は悪魔。未来もまあまあ読めるのですが、流石にそれはヒトには内緒です。
口の中に残るビターな余韻は、悪くない、それでも──やはり甘さが恋しいものです。
「今度は是非、甘い菓子をご用意ください。次はもう少し面白い契約が結べるかもしれませんよ」
「……覚えておこう」
「ええ、覚えていてください」
私は燕尾服の裾を翻し、魔法陣の中央へと戻る。
「それでは、またのご縁を」
光が私を包み込む。
──ああ、次は甘い菓子を手にした誰かに呼ばれることを祈りましょう。