宙の運び屋と竜翼の少女   作:皆方 ho_

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一回この話のデータ飛びましたがバックアップがあったので助かりました。バックアップは大事。




3 会話

 クランクを力強く回して後部ハッチを完全に閉め切ると、機内に響いていた風切り音がぱたりと止んだ。私はようやく大きく息を吐いた。

 

 振り返ると、ウロクズと名乗った少女は貨物デッキに座り込んだまま、大きな金色の瞳をくるくると動かしながら機内を見回している。翼は背中にぴったりと折りたたまれ、細い尾は瞳の動きに同調してゆらゆらと動いている。

 

 逃げる様子は微塵もない。それどころか、計器盤の光る針や、天井に張り巡らされた配線に興味深そうに視線を向けている。

 

 間違いなく、それは竜だった。そう確信した。

 

 私は深呼吸して、慎重に口を開く。見た目は少女だが、竜である以上、どんな反応を示すかわからない。

 

 

「改めて、きちんと自己紹介させてもらうわ。私はウルティマ・トゥーレ。トゥーレって呼んで。職業は運び屋よ」

 

「運び屋?」

 

 

 ウロクズは小さく首を傾げた。銀白色の髪がふわりと揺れる。

 

 

「運び屋ってなに? どんなことするの?」

 

「人や物を、頼まれた場所まで運ぶ仕事。この飛行機械で空を飛んで、荷物を届けるの。時には人を乗せることもある」

 

 

 私は外板を軽く叩いて見せた。

 

 

「すごいね、これ。中はこんなになってるんだ」

 

 

 ウロクズは感心したような声を上げながら、改めて機内を見回した。革張りの座席、無数の計器類、カルナイト機関へと続く配管。全てが彼女には珍しく映るらしい。

 

 

「でも、お空を飛ぶならわたしも飛べるよ? なんで機械が必要なの?」

 

「そうね……あなたは飛べるけど、私は飛べないから。それに、重い荷物は機械じゃないと運べないし」

 

「ふーん」

 

 

 ウロクズは納得したような、していないような曖昧な返事をした。どうやら人間の事情というものがまだよく理解できないらしい。そして再び機内を見回すと、今度は計器盤の細く光る針に釘付けになっている。

 

 

「きれい……これ、なに?」

 

「高度計よ。今どのくらいの高さを飛んでいるか教えてくれるの」

 

「高さ?」

 

「地面からどのくらい離れているか、ということ」

 

「へえ.人間はそんなことまで数で知るんだ」

 

 

 私は小さく微笑んだ。確かに、自由に空を飛べる存在にとって、高度計などは無用の長物かもしれない。

 

 

「ところで、あなたのことも聞かせて。あなたは何者なの?」

 

 

 私が問いかけると、ウロクズは計器盤から視線を外して振り返った。

 

 

「……? ウロクズ」

 

「そうじゃなくて.つまり、どこから来たのかとか、何をしていたのかとか。それに……」

 

 

 私は少し躊躇してから続けた。

 

 

「竜なの? あなたは」

 

「ウロクズはウロクズだよ?」

 

 

 またあの首を傾げる仕草。まるで私の質問そのものが理解できないといった様子だった。

 

 

「うーん、つまりね。あなたには翼があって、角があって、尻尾もある。それは竜の特徴なの。だから竜なのかなって思ったんだけど」

 

「竜……」

 

 

 ウロクズは自分の手を見つめた。翡翠色の鱗に覆われた指先をじっと見つめている。

 

 

「竜って、どんなもの?」

 

「えっと.大きくて、空を飛んで、とても強い生き物。昔話にはよく出てくるけど、実際に見たことがある人はほとんどいないの」

 

「そうなんだ。でも、ウロクズはウロクズだよ? それ以外はわかんない」

 

 

 彼女の答えは相変わらず要領を得なかった。

 

 

「じゃあ、なんでウロクズは空を飛んでいたの? さっき、あんな低いところで。黒い雲の近くは危険なのよ?」

 

「危険? でも気持ちよかったから」

 

 

 ウロクズの表情がぱっと明るくなった。まるで楽しい思い出を語るかのように。

 

 

「お空を飛ぶのって、すごく気持ちいいの。風が頬に当たって、雲が下に見えて、世界全部が見えるみたい。それで嬉しくなっちゃって、クルクル回ったら目が回っちゃった」

 

 

 彼女は空を飛んでいるときのことを思い出しているようで、頭を軽く振ってみせた。確かに、墜落する直前の彼女は、まるで空中で踊っているかのように見えた。

 

 

「目が回って墜落……危なかったのね」

 

「うん。でも、トゥーレに会えたよ? 」

 

 

 まるで危険だったことなど気にしていないかのような、屈託のない返事だった。墜落の恐怖や痛みよりも、出会えたことの方が大きいとでも言うように。

 

 

「それで、その前はどこにいたの? どこから飛んできたの?」

 

「その前?」

 

 

 ウロクズは眉をひそめて考え込んだ。まるで霧の中から記憶を探るような、困ったような表情。

 

 

「うーん、よく覚えてない。なんだか、ぼんやりしてる」

 

「全然覚えてないの?」

 

「うーん……でもね」

 

 

 ウロクズの表情が少し変わった。どこか遠くを見つめるような、懐かしそうな顔。

 

 

「ウロクズって呼ばれたよ。とても優しい、大きな声で」

 

「誰に?」

 

「わからない。でも、すごく暖かい声だったよ? 『ウロクズ』って、わたしのことなんだって!」

 

「それ、いつのこと?」

 

「いつって.うーん」

 

 

 ウロクズは再び困ったような顔をした。

 

 

「時間って、よくわからない。でも、そう遠くないような、でもすごく前のような……」

 

 

 彼女の表情が少し寂しげになった。記憶の断片に触れているのだろうか。それとも、思い出そうとしても思い出せないもどかしさなのか。

 カルナイト機関の低い唸り声が機内に響く中、心の中で決断を固める。父の遺した研究資料。その中に描かれていた竜の存在。偶然とは思えない。

 

 

「ねえ、ウロクズ。もしあなたがよければなんだけど……私と一緒に来てくれない?」

 

「一緒に?」

 

 

 ウロクズの目が大きく見開かれた。

 

 

「そう。あなた、行くところがないんでしょう? それなら、私と一緒に来ない?」

 

「いいの?」

 

「ええ。一人より二人の方が楽しいし、それに……」

 

 

 私は一瞬言葉を探した。本当のことを言えば、父のことを調べる手がかりになるかもしれないからだ。けれども、それを利用するような言い方はしたくなかった。

 

 

「あなたのことが気になるから」

 

「わあ、いいよ! 一緒にいる!」

 

 

 ウロクズの返事は即座だった。まるで迷いなど存在しないかのように、無邪気に満面の笑顔を浮かべている。

 

 

「本当に? 嫌になったら言ってね」

 

「嫌になるって何? トゥーレと一緒にいるのが嫌になるってこと?」

 

「そういうこと」

 

「そんなことない! トゥーレは優しいもん。それに、一人でいるより、お話できるひとがいたほうが楽しいよ!」

 

 

 彼女の純粋な言葉に、私は思わず微笑んだ。

 

 

「そういえば、どこに行くの?」

 

「まずは荷物を届ける街まで。今日の夜を越したら朝方には着くはずよ。その後は、その街で一日休んで私の拠点に戻る予定」

 

「拠点?」

 

「私の家みたいなもの。機械の整備場もあるし、いろんな道具もある。本もたくさん置いてあるの」

 

「本?」

 

「文字が書いてある紙がたくさん束になったもの。いろんなことが書いてある」

 

「すごい! 文字って、あの、くにゃくにゃした模様?」

 

「そう、それ。読めるの?」

 

「うーん、少しだけ。でも難しい」

 

「じゃあ、今度教えてあげる」

 

「本当? やった!」

 

 

 ウロクズの目が輝いた。まるで冒険を前にした子供のような表情だ。

 

 

「ついてきて」

 

 

 ウロクズを連れて貨物室から移動する。銃座の横を通り操縦席へ戻る。

 

 いつもなら一人きりの飛行で、静寂と機械音だけが友だった。計器の確認、燃料の計算、天候の予測。全てを一人でこなし、一人で責任を負ってきた。

 だが今は違う。父が探していた竜。それが今、私のすぐ後ろにいる。

 

 

「ねえ、トゥーレ?」

 

「何?」

 

「トゥーレと会えて、私はうれしいよ?」

 

 

 ウロクズの声は、心の底からそう思っているのがわかった。純粋な表情。それを直視して、その言葉を正面から受け取るのが恥ずかしくて顔を背けた。

 

 

「それならよかった。困っている人を見捨てるのは性に合わないから」

 

「性に合わない?」

 

「つまり、嫌だってこと。放っておけないの」

 

「トゥーレは優しいね」

 

「そんなことないわ。ただの気まぐれよ」

 

 

 私は照れ隠しに素っ気なく答えた。

 

 ウロクズを操縦席の後部座席に座らせる。かつては幼かった私が父とともに座っていた席に、今は彼女が座っている。そして、機内を今まで感じたことのない温かい空気で満たしている。

 

 興味深そうにきょろきょろとあたりを見まわしているウロクズに声をかける。

 

 

「勝手に触っちゃだめだよ。後で全部、教えてあげるから」

 

 

 後部座席に取り付けられた航法計器に触れようとしていた手がビクリと震えて止まり、そして引っ込められる。

 そういえば、先ほどまではあの手は鱗に覆われていたような気がするのだけど、今は白い肌に変わっている。これも竜の特性なのだろうか。

 

 機関のスロットルを引き、ハイタカが動き始める。

 

 振り返ると、竜の少女はとても楽しそうな様子で計器の針が動く様子を眺めている。

 

 私は小さく笑みをこぼした。この不思議な少女との旅は、とても楽しいものになりそうだった。

 

 

 

 




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