「…父さんはね、魔法使いなんだよ」
薄暗い部屋の中で、痩せた父親がベッドの中の私に語りかけていた。窓の外では夜風が唸りを上げて、家の古い木材がきしんでいる。毛布にくるまった私は、父さんの優しい声に耳を傾けていた。
「そうなの?でんせつのまほうつかいみたいに、りゅうをたおしたりするの?」
幼い私の目は期待に輝いていた。物語の中の勇敢な魔法使いのように、父さんも剣を振るって巨大な竜と戦うのかと無邪気に思っていた。
少し残念そうに父さんは首を振る。
「竜は倒さないかな。昔と違ってもう今はどこにいるかもわからない。」
父さんの声には、どこか寂しさが混じっていた。まるで失くしてしまった大切なものを思い出すような、そんな響きがあった。
「そっかー。魔法使いって何してるの?父さんは魔法を使えるの?」
私は布団から身を乗り出して尋ねた。父さんの膝の上には、いつものように古い革装丁の本が置かれている。難しそうな文字がびっしりと書かれた、私には読めない本だった。
「魔法使いはね、竜と同じで消えてしまったように見えるけど、今も遥か南の地図の先の島で暮らしているんだよ。父さんはそこからきたんだ。」
父さんは遠い目をして言った。子供に寝物語で語るには確信に満ちた、まるで本当にその島を見てきたかのような口調だった。
「ねえ、じゃあさ、魔法は使えるの?」
父さんは苦笑いをして答えた。
「ああ、使えるよ。ちょっと見せてあげよう。少しだけだよ?」
父さんは右手を差し出した。傷だらけの手のひら。それまでそう思っていたその模様が蠢いたかと思うとぼんやりと炎が浮かんでいた。その小さな炎は、まるで生きているかのように踊っていた。
父さんがぱっと手を握りこむと、その炎は消えてしまった。そしてもう一度その手を開くと、今度はその炎は鳥の形になっていた。父さんの手のひらから飛び立ったかと思うと部屋をぐるぐると回った後、天井近くでひらりと羽ばたくような動きを見せてから、静かに消えていく。
「わぁっ!すごい、すごくきれい。」
私は目を輝かせて拍手した。
「トゥーレにもできるようになるかもしれないよ。十五を超えたら教えてあげよう。」
父さんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。その手は少し冷たかったが、温かい愛情を感じることができた。
「もしかして、私にもできるの?本当に、本当に?」
「うん。父さんの子供だ。才能はあるはずだよ」
父さんの言葉には確信があった。まるで私の中に眠る何かを、実際に見ることができるかのような自信に満ちていた。
「ほんとに!?約束だからね!?絶対だからね!」
私は興奮して毛布を抜け出し、父さんに近寄る。
「ああ、約束だ。父さんが約束を破ったことなんてないだろ?」
父さんは穏やかに微笑んで、私の手を握ってくれた。
「もう寝なさい。ほら」
そう言って、私に毛布をかけなおす。
「そういえば、りゅうはどこに行っちゃったの?」
眠気が襲ってきた私は、最後の質問を投げかけた。
「魔法使いはそれを探し続けてるんだよ。」
父さんの答えは、いつものように謎めいていた。
でも、父さんは私が十四歳になる前に消えた。約束を果たすことなく、魔法を教えてくれることもなく、ただ置き手紙だけを残して。
父さんは本当に魔法使いだったのかもしれない。あの炎の魔法は、今思い返しても手品には見えなかった。手のひらから現れた炎は確かに熱を持っていたし、鳥の形になって飛び回る様子は、どんな仕掛けでも説明がつかない。
そして父さんが残した手帳には、魔法使いや竜についての調査記録がびっしりと書き込まれている。伝説や噂話、古い文献からの引用、様々な土地で聞いた証言、そして父さん自身の推測や考察。彼は真剣にそれらを追い求めていた。
母さんが病気で亡くなってから、父さんは暇さえあればこの飛行機械をいじっていた。改良に改良を重ねて、どんな天候でも飛べるように、誰よりも遠くへ、そして誰よりも速く。
カルナイト機関の調整から武装の追加まで、この『ハイタカ』は父さんの情熱の結晶だった。
でも最後には、父さんはこの機体を置いていった。
失踪から四年がたち、私は父さんの跡を継いで運び屋になった。感情に流されず、冷静に計算し、依頼を完遂する。生きるために、それが必要だった。
最近は余裕が出てきて、父さんが残した資料を読み解くことができるようになった。だから、父さんの研究を引き継ごうと思っている。それを知れば、父さんがどこに向かったかがわかるかもしれない。
これは天が私に与えてくれたまたとない好機だ。
操縦席から振り返ると、後部座席で翼を畳んで座っているウロクズが見える。
銀白色の髪が機内の薄明かりに照らされて、まるで絹糸のように美しく輝いている。好奇心のきらめく金色の瞳は窓の外の雲海を見つめ、時折何かを思い出すように細められる。
頭に生えた小さな角と、背中で折りたたまれた翼。まさに、父さんが探し続けていた竜の姿がそこにあった。
ハイタカの機関音が、機内に鳴り響く。カルナイト機関特有の低い唸り声。この音を聞いていると、父さんがまだ隣にいるような気がしてくる。
「なあ、父さん」
心の中で父に語りかける。
「お前が探していたもの、これだったのか?」
でも返事はない。あるのは機関音と、風を切る音だけ。それでも私は、父さんがどこかで微笑んでいるような気がしていた。
評価、感想お願いします。