翌日の明け方、ハイタカ号は目的地であるサンキエルに到着した。
後部座席に座るウロクズを振り返って見ると、彼女は初めて見る人の街に見入っているようで、操縦席の窓ガラスに張り付いている。
いつも通りの手順でマフィアの宙港に機体を下ろす。
「ウロクズ、他の人が来るから、私がいいっていうまでここから動かないでね。それと、窓から顔も出しちゃだめだよ。」
ウロクズに声をかけるけど、彼女が本当に指示に従ってくれるかは正直わからない。
「うん、わかった!」
ウロクズは元気に答えてくれた。
機体に宙港の整備員とマフィア側の受取人が近づいてくる。小包を取り出し、機体の側面ハッチから地面に飛び降りる。
「ハイタカだ。荷物の引き渡しに」
今回の依頼者のマフィアの上役だろうか。
何人かの護衛に囲まれて上等なスーツに身を包んだ男がやってきた。
「あなたが受取人か?」
そう問いかける。初めて行くところでの荷物の引き渡しだ。偽物に引っかかるなどしたらタダでは済まない。
「そうだ。」
相手が金のペンダントを服から引き出して見せる。依頼時に聞いた合図だ。
「これが今回の積荷。確かに送り届けたわ。」
小包を差し出す。
男はそれを受け取ると、
「積荷に間違いがないか確認してくる。間違いがなかったらてめえの口座に振り込まれるはずだ。後のことは任せた。」
そう言うと取り巻きの一人、眼鏡をかけた男を残して、他は引き連れて引っ込んでいった。残されたのはそいつだけ。
「ええと、何て呼べばいい?」
先ほどの男は頭は回るが暴力もできるタイプだったけど、この男は頭の回転一つでここまできたタイプのようだ。
「チャン、と呼んでください。」
「わかった。それで後のことなんだけど、あなたのところでラエバまでの積荷は無い?」
帰りの依頼を要求してみる。運び屋の中では帰りが空荷なのは機会損失だと言うのが常識だ。
空荷で帰るくらいなら、行きに依頼を受けたマフィアと敵対するマフィアの荷物を帰りに積む、なんて命知らずもいるくらいだ。かく言う私もそれをするうちの一人だが。
相手が私の評判を知らない奴を交渉役にしてくることはないだろう。
「ええ、ありますよ。一つ依頼したい荷物が。ですが、行きと同じ値段と言うのは……」
基本的に帰りで提示される荷物というのは、行きの積み荷よりも幾分か格が落ちるものになるのは常識だ。
チャンから渡された依頼は、案の定幾分か値段の下がるものだった。
「ふーん? まあ、これでいいわ。」
敵対するマフィアに運び屋が行かないようにするための副次的な依頼だ。こんなものだろう。
積み荷の受け取りは明日。それまではこの街を見て回ることができそうだ。
「この機体はあなたたちのところで一日預かってくれる?」
「わかりました。責任を持って預からせていただきます。整備はどうします?」
「必要ないわ。」
「宿の手配はどうします? 私どもの息がかかっている宿の手配もいたしますが。」
「いらない。今回は連れがいるから。」
飛行機械のほうを指さすと、チャンがそちらを向く。
「かわいい子ですね、どこぞのお嬢様だったり?」
振り向くとハイタカ号の操縦席から、興味深そうにウロクズが覗いていた。
出てくるなって言ったのに、そう思うけどとりあえず誤魔化さなきゃ。
「そんなんじゃないわ、せっかくの後部銃座に乗せれる相棒が欲しかったのよ。詮索はしないで」
「そうでしたか。にしても上物だ、高かったんじゃないですか?」
チャンには遠くからのガラス越しでウロクズの角は見えなかったようだ。どうやら彼女を人身売買で買ったと思っているらしい。
「ええ高かったわ。でも、一目ぼれしちゃったから。」
適当に話を合わせてごまかす。
「なるほど、では何かあったら女王通りの千鳥亭かこの港に来てください。それでは。」
そう言って、チャンは立ち去って行った。
ふう、と息をつく。どうにか誤魔化せたようだ。にしても、ウロクズが本当に言うことを聞いてくれるのかわからないのが不安だ。
「ウロクズ、顔出しちゃダメって言ったじゃない。」
「うん。でも、わざとじゃないよ? 気になっちゃったから。」
「いい? あなたは竜で、ここには人間しかいないの。だから、竜ってバレたらだめなの。」
「どうして? 」
「竜だとわかったら、攫われたりするかもしれないから。」
「ふうん、わかった。」
機内に戻り、ウロクズに注意をする。納得はしてなさそうだけど、とりあえず了解はしてくれたので大丈夫、だと思う。
次はしない! と、ふんすっとしている彼女に収納棚から取り出したフード付きのマントを着せる。為すがままに身を預けてくるウロクズ。そういうところが危なっかしいのだが。
「今からこの街を見て回るけど、外に出たら危ないからフードを脱いじゃダメよ。私から離れないようにしてね」
「うん」
そう言って、私たちは街へ繰り出した。
「ねえ! トゥーレ! なにあれ、見て!」
「ちょっとまって、ねえウロクズ。」
フードを被ったウロクズが私の手を引っ張って目の前の雑貨店へ駆けてゆく。
私は疲れた顔でウロクズの興味のままに引っ張りまわされていた。夜を徹して宙を飛んだあとで子供の面倒を見るのはなかなか大変だ。
そういえば、ウロクズは子供なのだろうか。でも、何歳かはわからないけど精神年齢はそこまで高くないと思う。
「まちなさい、あと力を緩めて、あ、ちょっと……」
ウロクズは私の言うことに気づいていない、はじめてみるものに興味津々なのだ。
初めは自由にさせていたのだが、ウロクズがありとあらゆるものに興味を示してフラフラと歩いて行ってしまうものだから、いつ迷子になるかわからない。途中から手をつないで話さないように言い含めたのだが、今度は手を馬鹿力で引っ張っていくようになった。
「ほらこれ!なんか音してるよ?それにキラキラしてる!これなに?」
先ほどはスイーツの店に興味を示したが今度は装飾品らしい。
ウロクズが指さす先にはアクセサリーなどを売る土産物屋があった。飾り紐に鈴が括り付けられた髪飾りが軒先にいくつもぶら下げられていて、風で揺れる度にチリンチリンと軽く音色を奏でている。
「おやまあ、かわいらしいお嬢さんだね。それは髪飾りだよ、髪を結んで彩るんだ。」
店の奥からお婆さんが表れて、そう言った。
「そうなんだ。わあ、きれい!」
様々な色で彩られた、ぶら下がる紐束にウロクズがじゃれつく。
「ほら、店のものに触らない。」
「その娘に髪飾りでも買ってやらないかい?なかなか気に入っているようじゃないか」
その言葉にウロクズの様子を見る。風で揺れる度に音を鳴らして鈍く輝く鈴にウロクズは夢中だ。
うーん、まあ飾り紐の数本なら買ってもいいか。
「ウロクズ、どれが欲しいんだ?」
「うーん……これ!」
ウロクズが選んだのは、少し地味な色の紫に青が混ざった紐だった。
「どうしてそんな色にするの?もっと明るい色もあるよ?」
「だって、トゥーレと同じ色だから。」
「え?」
呆気にとられる。確かに私の髪は紫紺色だし、瞳は青色だ。でも、ウロクズがさもそれを選ぶのが当然のように、私の色だと言うのだから恥ずかしくなってしまう。
赤面して顔を背けた私に店の老女はカラカラと笑いながら声をかけてきた。
「ずいぶんと懐かれてるじゃないか。いいことだよ。」
「そうですね……とりあえず、これ二本ください。」
鈴付きの飾り紐を二本分、お婆さんに代金を支払う。
その間中、ウロクズは飾り紐を眺めて揺らして遊んでいる。
「それと、あの、店の中借りていいですか? 鏡も貸していただきたい、すぐにでも結んでやりたくて。」
「ああ、いいよ。」
店主が快く貸してくれたので、ウロクズを連れて店の中のほうに移動する。
「ウロクズ、紐を渡して。髪を結んであげるから。」
「……? 髪を結ぶって?」
「ウロクズ、わかってなかったの?ええと、要するにあなたが常にフードを被らなくてもいいように角を髪で隠すのよ。」
「わかった!」
ウロクズが私に体を預けてくる。ウロクズを椅子に座らせてフードを脱がせる。髪の毛をマントから引き出す。
露わになった綺麗な銀色の髪の毛に櫛を通していく。あらかた梳き終わったら、ウロクズの角に髪の毛を巻き付けて形を整え、お団子を二つ作る。余った髪はそのまま流す。そしてそのお団子を飾り紐で括ると、角は見えなくなった。
これでフードは被らなくても尻尾さえマントで隠せばバレないはずだ。というか、あとで尻尾用に穴をあけた服を用意しなきゃ。今はマントの下でスカートをちょっとずらして尻尾を出している状態だから。
「ウロクズ、できたよ。」
ウロクズに手鏡を差し出す。ウロクズのたまにはお団子が二つ、鈴がついた飾り紐で結ばれている。頭を振ればチリチリと鈴が鳴る。これならウロクズがいなくなってもわかるかも。
「っわあ! すごいきれい!」
ウロクズはご満悦で頭を揺らして、鈴を鳴らして楽しんでいた。
その様子を見ると、私まで楽しくなってくる。
やっぱりウロクズは無邪気だ。
ウロクズめっちゃ可愛くない!?