午前中、私たちは市場を回った。
ウロクズに髪紐を買ってやったり、ウロクズに着せていた私の服が明らかにオーバーサイズだったから、何着か買ったりした。よく考えるとウロクズのための物しか買っていない。まあ、仕方がないだろう。彼女には何も持ち物がないのだから。
昼頃になると、市場で買い物をした後の私たちは少し早めに宿に入った。背後にマフィアのいない宿をあらかじめチャンに聞いていたので、宿を選ぶのに困ることはなかった。
ともかくもウロクズの秘密がバレないよう、マフィアの関わっていない安全な宿が欲しかったのだ。
「ウロクズ、部屋に入ったら私がいない間と寝てる間は絶対に外に出ちゃダメよ。誰かがドアを叩いても開けちゃダメ。わかる?」
部屋の鍵を開けながら、ウロクズに念を押す。
「うん、わかった!トゥーレがいないとこわいから、お部屋にいる。」
「そう、それでいいの。もし何かあったら……」
私は少し考えてから、ウロクズの手を取って窓の方を指差した。
「もし本当に危険だと思ったら、窓から外に逃げなさい。あなたなら飛べるでしょう?」
「でも、トゥーレは?」
「私のことは心配しないで。あなたが安全でいることが一番大事だから。」
ウロクズは少し不安そうな顔をしたけれど、こくんと頷いてくれた。
荷物を下ろして、愛用の拳銃を机の上に置く。いつでも手に取れる位置だ。
「私は今から寝るから、何かあったら起こしてね。」
ウロクズに声をかけると、私はベッドにもぐりこんだ。
長時間のハイタカ号の操縦で疲れていたから、早めに休息をとることにしたのだ。明日の早朝には再びラエバに向けて飛ばなければならない。休息は重要だ。
ベッドに横になると、ウロクズが心配そうに私を見つめていた。
「トゥーレ、大丈夫?」
「ええ、ちょっと疲れただけよ。少し眠るから、静かにしていてね。」
「うん。」
目を閉じて思うのはウロクズと出会ってからの一日。父さんが探していた竜が、本当に目の前にいる。しかも、こんなにも愛らしい少女の姿で。運命というものがあるなら、きっとこれがそうなのだろう。
そんなことを思いながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
どのくらい眠っただろうか。ふと目を覚ますと、部屋は薄暗くなっていた。窓の外はすでに暗く、大通りに面した宿の二階ということもあり、窓の外からは未だ喧噪が聞こえる。
ウロクズが起きた時に居ないのではないかととにかく不安だったけれど、起きるとウロクズは部屋にいた。
部屋の隅の床に、ベッドから持ってきた毛布で巣のようなものを作って、その中で丸まって寝ている。尻尾を丸め膝を抱えて小さく身を縮めた姿は、動物のようだ。でも、その表情は幼い少女のものだった。
私がベッドから立ち上がると、ウロクズがぱちりと目を開けた。
「トゥーレ、起きた?」
「ええ。おはよう、ウロクズ」
「おはよう?ってなに?」
ウロクズが首をかしげる。
「起きた時の挨拶よ。」
「あいさつ……? なにそれ? 」
今度はもっと困惑したような顔になった。
「なにそれって……案外難しい質問ね。」
私は少し考え込んでから答える。
「ええと、あいさつって言うのは親愛とか敵意がないことの証よ。起きた時とか出会ったときとか、そういう時にすることで、互いにそれを確かめ合うの。」
「そうなんだ。でも、それって言わなくてもわかることじゃないの?」
「まあ、そうね。でも人間は言葉にしないと不安になるのよ。」
「ふうん、人間って大変なんだね。」
ウロクズが窓のほうを向く。
「おはよう。トゥーレ。もうお外、暗いね。」
「そうね。でも、もう夜だから挨拶はこんばんわ、だよ?」
流石に今の説明はわかりにくかっただろう。
考え込んだウロクズの表情がどんどんと難しくなっていく。
「うー、わかんない。」
やがて、ウロクズは頭を抱えてギブアップしてしまった。
そのほほえましさに私は思わず笑ってしまった。
「大丈夫よ、そんなに難しく考えなくても。慣れれば自然にできるようになるから。」
「そうなの?」
「ええ。それより、お腹すかない?何か食べる?」
途端にウロクズの表情が明るくなった。
「うん、すいた!」
元気よく答えるウロクズに微笑みかける。この子といると、父さんのことを思い出す。父さんも竜を探していて、もしかしたらウロクズのような存在に会えることを夢見ていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、部屋のドアからノックの音が響いた。
こんこん、こんこん。
時間は夜。こんな時間に誰が来たのか。宿の人間だろうか?
壁の向こうからは複数人の気配がする。足音を殺しているつもりなのだろうが、私には聞こえる。
「誰ですか?」
私は警戒しながら声をかけた。
「宿の者です。お食事はいりませんか?」
男の声だ。
宿の人間が複数人で来るはずがない。おかしい。
「ウロクズ。そこに隠れて。」
よくわかっていない顔をするウロクズに小声で声をかけて、机の影に隠れさせる。
「いりません。」
扉の向こうから強い足音が響く。
助走をつけてる。危ない。
そう思って机の上の銃に手を伸ばした瞬間、ドアが勢いよく蹴破られた。
ドン!
ドアが床に倒れる音と共に、男たちが部屋に雪崩れ込んできた。
「手を上げろ!銃に近づくな!」
先頭の男が私に向けて拳銃を構えながら怒鳴った。
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