「手を上げろ!銃に近づくな!」
ドアから男たちが雪崩れ込んでくる。
いかにもごろつきといった風体の五人の男が、私を取り囲むように部屋に散らばった。廊下にももう一人いるようだ。声が聞こえる。
全員が拳銃を構えている。ただの強盗じゃない。動きも統率が取れている。どこかのマフィアの差し金か。
机の上の銃に伸ばした手を止めて、注目を集めるようにゆっくりと両手を上げる。
相手の視線を自分に集中させ、ウロクズの存在に気づかれないようにしなければならない。
「何のつもりだ? 運び屋を襲撃したら誰も仕事を受けてくれなくなるぞ。」
リーダーらしき男に問いかける。短く刈り上げた髪に左頬に走る古い傷跡。この手の仕事に慣れた顔つきだ。
「黙れ、てめぇに話すことはない。」
何も言うつもりは無いか。これは厄介だ。
ちらりとウロクズの方を見る。机の陰に隠れているが、状況が分かっていないようで、大きく見開かれた金色の瞳が困惑に満ちている。
「おい、よそ見するな。」
リーダーの男が私の頬を平手で叩く。乾いた音が部屋に響いた。
頬がじんと痛むがそんなこと気にしていられない。
ウロクズは状況が分かってなくて混乱しているようだ。混乱しつつも声を出していないのはえらいけど……どうにかウロクズだけでも逃がさないと。
彼らはまだウロクズに気づいてない。隙を見つけて銃を取れないだろうか。いや、五人相手では厳しいだろう。
どこっ!!
そう考えていると、相手の拳が私の腹部に深く食い込んだ。
肺から空気が抜けて思わず身体を折り曲げる。
「ぐっ……」
息が詰まって少し呼吸できなかったけど、どうにか倒れ込むことは回避した。
「聞いてんのか。両手を後ろに回せ。」
相手を思いっきり睨みながら、ゆっくりと両腕を後ろに回す。
自分の後ろに回った襲撃者の一人が、縄を取り出して私の両腕にかけ始めた。
その時だった。
拳銃を向けて私に怒鳴る男のその後ろで、机の陰からゆらりとウロクズの翼が立ち上がった。
広げられたその翼は、翡翠色に輝き始めていた。
「トゥーレに触るな!」
ウロクズの声は、今まで聞いたことのない激しい怒りに震えていた。
叫び声とともに、部屋の中を風が吹き荒れる。
次の瞬間、翼を大きく広げたウロクズが、矢のようにリーダーの男に激突していた。
後ろで縄を結ぼうとしていた男が、突然の事態に動揺して手を緩めた。私はしゃがみこんで拳銃の射線から逃れつつ、自由になった手を机の上の拳銃に伸ばす。
「なんだこいつは!?」
翼を広げ、腕から手の先まで翡翠色の鱗に覆われたウロクズが、リーダー格の男に馬乗りになって殴りつけている。鱗に覆われた硬い拳が、男の顔面に容赦なく叩き込まれる。
「化け物だ!」
それを見た襲撃者たちが、ウロクズに向けて発砲する。乾いた銃声が部屋に響いた。
まずい。
手に取った拳銃を襲撃者に向け、発砲する。
止めるのが遅く、何発かはすでに撃たれてしまったけれど、ウロクズの翼はそれらの銃弾をはじき返してしまう。金属が鱗にあたって高い音を奏でる。
私の銃弾が襲撃者の二人を無力化した。一人は殻を抑えてうずくまり、もう一人は太腿を撃ち抜かれて倒れた。
なおもウロクズは激怒の表情で男を殴りつけている。昼間見た愛らしい少女の面影はまるでない。
「ウロクズ! 逃げるから! 」
「トゥーレ!」
「翼を隠して!」
短いやり取りをしながらウロクズを立ち上がらせて手を引き、そのまま窓に駆ける。
「ハイタカは一人で動いてるんじゃなかったのか!?」
後ろで襲撃者の一人が怒鳴っている。どうやら私の正体は知っているらしい。
窓ガラスを体当たりでぶち破り、そのまま眼下の大通りに飛び降りる。二階からの高さを、転がって衝撃を分散させる。
横を見るとウロクズも無事についてきてるようだ。さすがに身体能力が高い。
「走って!」
どうにか安全なところまで逃げないとならない。女王通りの千鳥亭は依頼人のマフィアの直轄だから安全なはずだ。
後ろを振り向くと宿の入り口からマフィアがこっちを追ってきているのが見えた。
大通りの人込みの中を逃げる。夜の繁華街は人でごった返していて、私たちの姿を隠すには好都合だった。
人を避け、ウロクズの手を引きながら必死に走る。ウロクズの手は鱗に覆われているのにほのかに熱い。興奮しているのだろう。
脳内でサンキエルの地図を思い出しながら、路地を抜け、角を曲がる。千鳥亭はここからせいぜい数百メートルだ。
女王通りにたどり着く。レンガ造りの建物が並ぶ、この街でも格の高い通りだ。
追手はまだ追ってきている。千鳥亭の看板が見えた瞬間、私たちは最後の力を振り絞って駆け込んだ。
千鳥亭に私たちが駆け込むと、
しばらく様子をうかがっていた追手達は、千鳥亭の看板を見上げ、何か言葉を交わした後で立ち去って行った。
「どうしました、お嬢さん方。」
店員が話しかけてくる。落ち着いた中年の男性で、私たちの息を切らした様子を見て、事情を察したようだ。
用心棒らしき男が、殺気立ちながら外のほうを睨んでいる。
「チャンを呼んでくれないか? 襲撃を受けた。」
手短に用件を話す。
「失礼しました。すぐに呼んできます。」
上司の案件であることを知った店員は、礼儀を正して言う。
「ねえ、トゥーレ、大丈夫?」
ウロクズが心配そうに話しかけてくる。翼は隠しているが、まだ興奮が収まっていないようで、握る手は鱗が浮き出ている。
「大丈夫だから、しばらく静かにしていて、」
「うん……」
店の奥からチャンが現れた。朝も見た飄々とした表情だが、私たちの様子を見て、事態の深刻さを理解したようだ。
「襲撃を受けたそうですね。大丈夫ですか。」
「ああ。怪我はない。荷物を失ったが」
「素直に我々の手配する宿を使えばよかったのですよ。ですがここなら安全です。部屋を用意させます。」
「ありがたい。できれば人を宿に遣って私たちの荷物を回収させてもらえないか」
「いいでしょう。ああ、もちろん私たちが運び屋に優しいマフィアだということを仲間内に言ってくれたらですが。」
冗談めかしてチャンがいう。冗談だがそうして欲しいのは事実だろう。
「わかった。あんたらには助けられた。」
「ええ。部屋が用意できたようです。どうぞこちらへ」
事前に手配していたのだろう。仕事ができる男だ。
案内された部屋は、先ほどの宿よりも上等だった。部屋に入ると、内側から鍵を閉める。
「ねえトゥーレ、大丈夫?」
もう一度ウロクズが聞いてくる。その声には、先ほどの怒りの響きはなく、心配そうな口調だ。
「大丈夫だから。ほら、怪我なんてどこもしていない。」
そういうと、すぐにウロクズが私の服をめくりあげてきた。
「なに、ひゃっ、どうしたのウロクズ?」
「ほら、怪我してる!」
めくられた服の下、先ほど殴られた腹のところは、確かに青紫色のあざになっていた。
「大丈夫だよ。この程度じゃ人は死なない。」
「でも、人間は脆いんでしょ? 空も飛べないし、力もない。」
「大丈夫だから、ウロクズ。」
慰めるがウロクズの声はだんだん涙声になっていく。
「わたし、トゥーレが……死んじゃうんじゃないかって思って。」
「大丈夫だから」
ウロクズを抱きしめて、頭を優しく撫でる。銀白色の髪が指の間をすり抜けていく。
「それで、なんでそうなってるのかわからなくて、それで……」
ウロクズの翼が開くと私を包み込む。翡翠色の翼に覆われて、外の世界が見えなくなった。
「大丈夫。ウロクズ。今回のは私の判断ミスだった。次からはそんなことしないよ」
「わたし、トゥーレがいなくなっちゃうんじゃないかって怖くて……」
周りは翼で完全に覆い隠されて、ウロクズしか見えない。金色の瞳には涙が浮かんでいる。
「だいじょうぶ。どこにも行かないよ。だから安心して。」
ウロクズがすすり泣いている。私はその頭を撫で続けた。
やがて、ウロクズは疲れたのか眠ってしまった。翼を開いたまま、私の腕の中で。
これ、動けないなあ。
そう思いながら、ベッドから毛布を手繰り寄せて、私も眠りについたのだった。翼に包まれた温かい闇の中で。