小鳥遊ホシノは、先生を除く大人に不信感を抱きがちとはいえ、自分や身内以外は傷ついても構わないと思う独善的な性格ではない。
――その一方で、半端な甘さから何も出来ず目を逸らすばかりの子供では断じてない。
「ごめんね、イツキちゃん。会って話したこともないのに勝手だけど……身を呈して先生を守ってくれた貴女なら、傷つけてでも止めてくれと願う筈だから……!」
眼前の敵にアビドスの皆へ牙を剥く意思がある以上、見逃す選択肢はない。
愛銃のショットガン「Eye of Horus」で穴だらけにしてでも、その四肢を奪ってでも止める。
二兎追う者は一兎も得ず。守るため決断し切り捨てた結果、彼女や先生、彼女を慕う誰かから責任を問われる覚悟はできている。
≪良かろう。更なる怒りと憤りを我に奉れ。助力は惜しまぬぞ≫
語り掛ける、イツキの体を操る暫定『セト』。
先ほどまで『彼』の頭上に浮いていた腕が消えていることを認識したホシノは、眼前のセトを凝視しながらも視覚以外の感覚を側面・頭上・背後に集中させる。
(……右!!)
右頬に感じる風に違和感を感じたホシノは即断、セトの元へ一目散に駆ける。
次の瞬間、先程までホシノが立っていた場所を『腕』が平手打ちをするように薙いでいた。
視覚をセトに向け続けていたのは、この奇襲を警戒していることを悟らせない為の演技だった。
≪お見通しか、釣られたな≫
虚空から出現する腕を見て、ホシノの立てた仮説。
それは意思一つで、自分から離れた場所へ出現させることも出来るのではないかということ。
死角に出現させた腕による薙ぎ払い。ネルが実態を掴めなかった攻撃の正体がこれだった。
初回の奇襲で脳を揺らされ意識を保つのがやっとだった当時の彼女に、視野の外から来るこれを感じ取る余裕はなかったのである。
(『腕』は一度消さないと離れた場所には出せず、それ自体は遅い……! あしらった直後なら、本体のフォローはできない!)
瞬く間に距離を詰めるホシノに対し、セトは両腕を脇に垂らした体勢のまま背負った銃に手を伸ばそうともせず、雷の腕が追ってくる気配もない。
不気味さを感じながら愛銃の引き金を引くと、セミオートで吐き出される散弾を浴びて無抵抗のまま仰向けに吹き飛んだ。
これでもキヴォトスにおける戦闘では激痛を与える程度、殺害には及ばない。当然それを熟知するホシノは飛び掛かり、仰向けに砂漠へと転がるセトを盾で押し潰すような体勢で馬乗りになる。
盾で押さえつけたまま、胸元に集中砲火を浴びせ意識を刈り取らんと引き金に指をかけ、
≪先ずは、小鳥遊ホシノの牙を折る≫
セトは自身を押さえつける盾をホシノの体ごと、片腕で易々と押し返していた。
もう片方の腕で銃身を掴み無理やり銃口の向きを捻じ曲げ、弾丸は傍らの砂に沈む。
(なんて怪力……! まずい持ってかれる!)
ミシリ、と愛銃の軋む音に加え、「牙を折る」という言葉。
武器を破壊するという狙いを察したホシノは既にショットガンから手を離している。
ホルスターからサブウエポンのベレッタを抜き、ショットガンの銃身を握り潰さんと掴むセトの手に発砲。
即座にベレッタをホルスターに収めたその手で、弾き飛ばされどちらの手からも離れたショットガンを掴み上げる。
軽く放るように宙に浮かせてから掌にグリップを吸い付かせて持ち直し、トリガーを指へ。――最初にショットガンを離してからここまで、片手一つ且つ秒速で為す妙技。
だが、セトも押し返すように盾に込めていた力を突如脇へとずらす。対抗して力を込めていたホシノは押す勢いを向ける先を失ってバランスを崩し、引き金を引く為に体勢を立て直す時間は無いと側面へ飛び退く。
視界の上端を掠める稲妻。
(――来る!!)
もう一歩飛び退き、今自分が居た場所に向けて盾を突き立て構える。
あと一手遅ければ直撃していた位置に、雷の腕が掌を広げて落下する。
ホシノの予想通りそれだけでは終わらず、落下した位置を三本指がグッと握りしめた直後、その場を起点に稲妻が扇状に迸った。
地面を伝いホシノとその周囲を覆わんと駆ける雷撃。
しかし彼女に直撃していただろう雷のみ、予め地面に突き立てていた盾によって逸らされ霧散する。
もしも全て回避で凌ごうとしていたら雷の攻撃範囲から逃れられなかっただろう。セトの憤怒が同じ攻撃を繰り出した所を見ていた経験からの判断だった。
それ以上の追撃の気配は無く、セトは先ほど倒れた場所に立ったまま動いていない。
≪速さを支える技巧と即断力……器では貴様の足元にも及ぶまい≫
「器が良ければ勝てるみたいな、随分カッコ悪い言い訳するんだね? 私一人でも御釣りが出そうで安心したよ」
外見相応の生意気な子供のような笑みで挑発するホシノだが、内心では全く余裕などなかった。
武器を失えば、徒手空拳であの怪力の持ち主を制することは出来ない。「牙を折る」……あれはその弱点に気付いているからこそ出た言葉だろう、と。
≪ふむ、認めよう。確かに我の問題だ。"道具の扱い"では劣るのだろう≫
被弾しても意に介さず、挑発は暖簾に腕押し。反撃でダメージを与えられないことに苛立っている様子もない。
こいつは「憤怒とホルスに執着する兵士」ではなく「憤怒を満たすようプログラムされた機械」と認識を改めた方がいい――とホシノは切り替える。
≪貴様と器に合わせ、同じ土俵で戦おうとしたのが間違いだった≫
セトは屈んで地面の砂を握りしめると、両足を後方へと伸ばし四つん這いとなる。
銃を手にするための両手を自ら封じ、急所である頭をこちらに突き出している。
銃撃戦で見ることは無い隙だらけの体勢だ。ホシノがスナイパーなら、これを見た時点で頭部目掛けて狙撃していただろう。
だが、人である利点を捨てふざけているようにも見えるその選択に、ホシノは漠然と嫌な予感を覚える。
(何だ……?)
今しがたこの相手を「憤怒を満たすようプログラムされた機械」と認識したばかりだ。己が無意味だと考えることをする筈がない。
事実、その四肢はただ胴体を支えるよう真っすぐ突き立てられてるだけには見えなかった。
腕は手首から肩まで、力を込める余地のある滑らかな曲線を描いている。四足歩行の霊長類のように。
おそらく、長いスカートに隠れて見えない両足も……。
(まさか……!?)
≪常々疑問だったのだ。この器は、"何故2本しか使わない"?≫
器であるイツキを、人ではなく「セトの四肢を持つ生命体」とでも捉えていなければ考えもしないだろう選択。
ホシノが答えに至った直後、セトは砂漠に爆発するように散る砂煙と稲光、クレーターを残してその場から消えた。
直後、連続して数メートルおきに砂漠へと稲光交じりのクレーターが穿たれる。
一直線ではなく、右に、左に。不定期に方向を変えながら、クレーターの位置はホシノに迫る。
並の手合いには影さえ認識できない一瞬、ホシノが数々の戦場で鍛えた動体視力がかろうじて捉えた影は「ネコ科の獣の如く四肢で地を駆る少女」だった。
「くっ……!」
ホシノは牽制目的で闇雲に弾幕を張っても当たらず隙を晒すだけだと判断。
体を屈めて盾に体の大半を隠し、射程距離に入ってからショットガンの斉射を開始した。
攻撃範囲の広い散弾は、射程距離が短い代わりに弾を広くばら撒く為、素早い敵と相性がいい。
砲声と砂を穿つ音が重なり、
――セトが、がら空きの背中へ腕を大きく振りかぶる。
雷を纏う腕で抉らんとばかりにホシノの後頭部へ腕を伸ばす刹那、こうも容易く回り込めるのなら初めからこうすれば良かった、とセトは冷静に振り返った。
ショットガンは未だ正反対の方向に向けて火を吹いており、今から手返しのいいベレッタに持ち替えて振り返ったとしても間に合わない。
どちらの武器も、己を止めるには至らない。
だから、標的の左手がいつの間にか盾を手放していたことなど、気にも留めはしなかった。
――銃器ばかりに気を取られていた自覚のなかったセトには、宙を舞うその楕円形の物体が、突如彼我の間に現れたように見えた。
≪――何≫
瞬間、爆発的に広がる光の嵐がセトの視界を塗り潰す。
閃光手榴弾の知識を持ち合わせていなかったセトに目を閉じる、覆うなどの対策が出来るわけもなかった。
対して、背後に投げ且つ炸裂の瞬間目を閉じていたホシノの視界は無事。
「合理的過ぎるのも考え物だね~?」
プログラムされた機械のような思考なら、面倒を嫌って必ず背後から一撃で勝負を決めに来る。
それを読んでいたホシノは、身を守るために盾に隠れると見せかけ、閃光手榴弾を取る左手をセトから隠していたのだ。
ピンを抜くタイミングだけはあまりに速すぎて完全には読み切れず、賭けも含まれていたが。
白に染まる視界に対応できなかった体が砂に俯せに叩きつけられ、起き上がろうとする間もなくホシノがその背に跨り、ショットガンの銃口を後頭部の骨へ伝わるよう強く押し付けた。
「……さぁて。おじさんはこのまま続けてもいいんだけどさ。器とやらがボロッボロになるのは、そっちにも都合が悪いんじゃない?」