朝早く、先生はシャーレに押し掛けた二人に応対していた。
「行けないってどういう事だ! 先生!」
"昨日も連絡した通りだよ。君たちがイツキに会うことは、まだ出来ない。私一人ならシャーレでの立場を利用して無理やり許可を貰えたけど……此処までが限界だ"
激務で目の下の隈が容姿同然となっている先生だが、今朝の窪みは一段と深く、頬も突然年老いたようにこけている。
山積みのシャーレの業務の傍らでこうなる位手を尽くしたのだろうと察したネルは、開口一番のように続けて強く声を上げることが出来なかった。
「ねえ、ご主人様……。イツキちゃんには私達がお見舞いに行くって話、伝えてくれたんだよね?」
言葉を詰まらせるリーダーの代わりに、アスナが先生に尋ねる。
日頃の人懐っこさは影を潜め、吊り目気味の目の上では不安気に眉尻を下げていた。
"勿論だよ"
「私達の事、何か言ってた?」
"……いや、何も"
「大方、あたしらには会いたくねえだとか言ったんだろ」
見透かされ、先生は驚きこそ顔には出さなかったが、顔に出さないために固まった表情は答えを言ってるも同然だった。
「アイツは元いじめられっ子だ。余程えげつねえ事を言われ続けたんだか知らねえが、極端に自分に価値がねえって思い込んでる。そういう奴は何かやらかした時、考えもせず丸ごと自分のせいだって思い込んじまって、誰にも頼れねえ」
"……だから、自分に構う価値がないからって、遠ざけようとしている?"
「……ハラワタが煮えくり返りそうのは、"あんな程度のケガ"位でそんだけ責任を感じられてることだ。C&Cがそんな軟弱者の集いだとでも思ってんのかアイツは。あたしがトキとガチの敵として殴り合った、あの戦いのケガのことをじっくり聞かせてやりてえよ」
驚異的な耐久能力で恐れられるネルは勿論の事、傍らのアスナもある事件でレールガンの直撃を受けた後、流石に行動不能にこそなったものの呼びかけには笑って答えることの出来た強靭さの持ち主である。
「もう1回暴走したなら、あたしらで操っているバカをぶちのめして元に戻した後、面倒かけられた分働いてもらえばいい。責任を取るってのはそういう事だ、辞めて居なくなることじゃねえ」
「私もリーダーと同意見。……ご主人様、イツキちゃんには私達から直接これを伝えなきゃいけない。今すぐに会えないのは仕方ないけど、あまり待つことは出来ないかも」
それ以前に、イツキがあの部屋から出られるとまだ決まっているわけではない。
だが、あの出来事を経た後も当然のように連れ戻そうとしている二人を見ると、先生も幾分か気分が晴れていくようだった。
彼女の身を案じているのは、命を助けられた自分だけではないという安堵がそうさせたのかもしれない。
"……分かったよ。私だって、本当は二人を連れて行きたいんだから……っと"
端末が振動し、先生は二人に手振りで断りを入れて通話状態に切り替える。
"はい、私です。――ええ、何かございましたでしょうか?"
直後は取引先と話すような事務的な口調でやり取りをしていたが、
"……"
「――先生?」
次の瞬間、表情を変えぬまま先生が膝から崩れ落ちた。
「――ご主人様!?」
電子錠と専用の鍵で施錠された扉は、正体不明の電気的な干渉を受け、扉の意味を為さなくなっていたという。
院内の全ての監視カメラにも、短時間原因不明の故障が発生し何も映らなくなっていた。
危機管理を機械に依存していた病院は異常の把握が後手となり、"気絶した"常駐の警備員に代わって増援が駆けつけた時には手遅れだった。
人が入る前同然に、綺麗に整えられたベッド。
東戸イツキが昨日まで確かにその部屋に居たという証は、掛布団に残る涙の薄い沁み跡だけだった。