【第十九話】ツチブタの怪物
東戸イツキの脱走及び失踪。
事態を受けてシャーレから捜索任務が発令され、ミレニアムでも名の知れた面々も参加した大規模な捜索活動が行われるも、かろうじて僅かな痕跡が見つかるばかりで本人の行方は知れず。
痕跡周辺のカメラのような記録媒体は、全て誤作動や故障を起こし、破壊にまでは至らぬものの有用な手がかりを記録できていた物は無い。
ハッキングに特化したヴェリタスの面々であろうと、アクセスできる機械そのものが使い物にならなくては手の施しようがなかった。
それならばと不自然な誤作動や故障を起こした機械を辿るも、その捜査方法でブラックマーケットに辿り着いてしまい行き詰る。
この界隈では違法電波が数多く飛び交い、その中から有益な情報を嗅ぎ分ける事自体が困難を極める。冬の雑木林でアテもなく落ち葉をひっくり返して1つの指輪を探すようなものだ。
ダメ押しとばかりに、カメラ付きドローン対策の妨害電波なども張り巡らされている。
これらは元々後ろめたいことをやっていた連中が自分達の為に行っていた隠蔽工作だが、イツキにとっては格好の隠れ蓑になってしまったのだ。
――これは、そうして有力な手掛かりが得られないまま、半月ほど経った頃のこと。
ブラックマーケットとされる裏社会の息がかかった地域で、比較的大規模な抗争が発生。
ヘルメット団の中でも後先考えない暴走を起こしがちな過激派として、ヴァルキューレにも筆頭の警戒団体として挙げられる「グツグツヘルメット団」。
カイザーPMCが手を引いた地を目敏く嗅ぎ付け後釜として入り込み、違法な武器商売と傭兵業で利益を上げ勢力を拡大しつつある「カノプスPMC(民間軍事会社)」。
互いの勢力拡大の為手を組んでいた彼らだが、カノプスの契約不履行から関係が急速に悪化し抗争に至る――と経緯はありふれたものだった。
資金力、即ち武装に分があるカノプスPMCが優勢の状態で進んでいた抗争。
だがある時、どちらの勢力でもないたった一人の乱入者により、ありふれた抗争は類を見ない結末を迎えることとなる。
決裂前にカノプスPMCから横流しを受けていた、自動装填機能付きの戦車。
その操縦手を務めていたグツグツヘルメット団の少女は、初めに原因不明の青白い稲妻を見た。
直後、まだ此方の銃弾が届いていない連中を含めたカノプスのロボット兵が次々に倒れ、厄介なパワーローダーまでもが煙を吹き出し膝をついていた。
ものの数分で、主力を含む敵陣営が壊滅。
ここまでで異常事態が終わったなら「何だか分からないが我々の勝ちだ」と能天気に喜べたかもしれない。
だが"それ"は、ぬか喜びをさせてくれる時間すら与えてくれなかった。
操縦手には前線の仲間たちが勝手に吹き飛んでいるようにしか見えない、異変。
陳腐なホラー映画のように、何もないのに同じヘルメットを被った仲間達が薙ぎ払われたように次々と吹き飛び……犠牲者は次第に此方に近い仲間へと移っていった。
この異常事態に関して怒鳴るような大声で連絡を取っていた車長(車両の指揮官)が、全速力での後退を指示する。
これが何かの攻撃であるのかさえ分からないまま、指示通りキャタピラを最大速度で後ろに回転させる。
正体を掴めない異変が相手では、砲弾があろうと砲手は撃つことが出来ず、車長もその指示は出来ない。前線の仲間達から遠ざかる中、彼女らが一人また一人とやられていくのを眺めている事しか出来なかった。
こんな訳の分からない状況、高度な光学迷彩を全身に施した化け物が暴れているとしか考えられない。
恐怖と焦燥からそのような荒唐無稽な考えに支配される中、立て続けに操縦手を動揺させたのは轟音。
――間近で、鉄板に鉄球を叩きつけたような、重く荒々しい金属音。
そこに、居る。
戦車の中に平静を保てている者は誰一人いない。
上擦った声でがなる車長の指示で勢いよく砲手が砲塔を回転させるも、「何か」の姿を捉えることは出来ない。
恐怖に抗い戦おうとする彼女らを嘲笑うかのように、もう一度響き渡る金属音と、大きくへこむ天井。
ここまで近くに張り付かれているなら、どのみち砲弾で正体不明の何かを葬ることは不可能、と判断した戦車兵全員が震える手で持ち込んだ銃器を取る。
装甲に覆われた戦車の中なら安全、等という甘い考えに縋りつかなければ気が狂いそうなほどの恐怖。逆に逃げ場のない狭い戦車内に追い詰められたと錯覚する。
三度目の金属音は、叩く音では無かった。
耳を覆いたくなるような、金属と金属を擦り合わせるような音と共に、天井の板が「指」の形にへこんでいく。
敵戦車の砲弾の直撃も想定して作られた装甲板に、「握り拳を作る5本指」がくっきりと浮かび上がるように歪む。
車長は極限まで高まった恐怖により、装甲板が歪む音を化け物の鳴き声と錯覚して訳の分からないことを叫び始めた。
残る二人もまた、それを嗜めるどころではない。歪みに亀裂が走り、錫の板のように装甲版が引きちぎられていく目の前の光景に、構えまでした銃の引き金を引くこともできない。
その後、どうやってやられたのか、或いは自分で気絶してしまったのか、操縦手は覚えていない。
意識が途切れる前に最後に見たのは、面長の豚のような見慣れぬ動物の被り物で頭を覆う、スケバンの格好の少女の姿だった。
ヴァルキューレが到着し、共倒れの惨状に困惑する少し前。
失禁し気絶する戦車兵を尻目に、被り物で頭を覆った少女は静かになった戦車の中で佇んでいた。
「――セト」
≪何だ≫
「何で、乗っ取らないの? あの時のように」
ホシノに倒された後、病室で意識を取り戻したイツキは、先生が見舞いに来る前から既にこの異変を自覚していた。
自分を乗っ取った「セト」らしき存在と、頭の中で会話が出来るようになっていたのだ。「彼」の声が聞こえるというより、独りでに脳内再生される、と言ったほうが近い感覚で。
病室で何もない白い壁を見つめる姿勢で居たのは、直前までそうしてセトと会話をしていたからだった。
「憤怒とやらを求めて、ホシノ先輩を裏返すんじゃないの?」
≪それを試行する価値は現時点では無くなった。加えて、今後は東戸イツキを操作する利点は存在しないと判断した≫
「じゃあ、力を貸してくれる理由は何? 私から見ても私は「力を貸す価値が無い」器だと思うよ」
≪力を貸す利点が、我に在るからだ。それに、多大な力を行使しているわけではない。電気に依存したこの次元の構造物など、我には幼子の玩具に等しい≫
「私に、何をさせたいの」
≪日々同じ問いを投げかけられるが、我が回答が変わることは無い。何をするかは、東戸イツキが決めることだ。それが我が利益となる≫
「――だったら、気に入らないものを片っ端からブッ潰す。って事にも付き合ってくれるんだね?」
この後も、カメラや記録媒体に映らない襲撃者に壊滅させられる犯罪組織や、喧嘩両成敗とばかりに抗争を両陣営ごと潰される事態が次々に発生。
事件現場は大きく離れており、人間や人目に付かぬ乗り物の移動速度では不可能と判断され、目撃された犯人像は一致するにも関わらず複数犯と疑われる始末。
"ツチブタの被り物で顔を覆った少女の怪異"の噂がブラックマーケット中に広がるのに、時間はかからなかった。