東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第二十話】仮面と覆面

ブラックマーケット管轄の地区、廃倉庫と思しき天井の高いオンボロの建物の中。

 

 

「……一人になって振り返ってみると思ったんだ。あの時、もし目の前に居たのが先生じゃない別の誰かだったら、同じことは出来なかっただろうなって」

 

 

瓦礫を支えて先生を守り抜いた「運命の日」を思い返し、ツチブタの被り物で頭を覆った少女は語る。

 

 

「だって先生は、こんな私を導いて夢を追わせてくれたから。もう二度と会えないけど、あの人に幸せになってほしい気持ちは変わらない」

 

「……ッ、さっきから誰に向かって何喋ってんだお前っ!? 離せ!! アタイらがお前に何したってんだよ!!」

 

 

黒いマスクで顔の半分近くを覆ったスケバンの少女が喚く。

両腕を手首のところでイツキに一まとめに掴まれて壁に押し付けられており、何度もその体を蹴り飛ばして抵抗するも感触は岩盤のようでビクともしない。

骨に食い込んで痛いぐらいに己の両手首を握り込んでくる片手も重い鋼のようで抜け出せる気がせず、虫の息の仲間がそこら中に転がっていることも焦りを加速させる。

 

 

「何って……。お前たちが御大層な計画を立ててるからじゃない。先生を誘拐して身代金せしめるなんてさ。どの日のどの時間の先生の居場所って具合に調べて人員まで揃えといて、冗談だったって言い逃れすんのはキツイよね?」

 

 

イツキのもう一本の手が首を掴むように添えられたのを見て、先程まで威嚇するような強気な表情だったスケバンの少女の顔色が泣き顔に一変する。

仲間を全滅させて辺り一面にクレーターを生み出し、こちらの全力の抵抗を片腕一つで押さえつける膂力が首に向けられたらどうなるかなど、考えるまでもない。

 

 

「ヒッ!? っや、やだっ、まってっ」

 

「先生はこれからもたくさんの生徒を救うんだよ。――遊ぶ金欲しさ如きで、先生の足引っ張ってんじゃねーよ」

 

 

少し力を込めると、首の骨にヒビを入れるまでもなく白目をむき泡を吹いて意識を失った。

窒息させるまでもなく、恐怖で勝手に気絶したらしい。

 

 

≪……この連中、放っておいても計画とやらの成功確率は限りなく0に近かった。今ここで潰す必要があったのか?≫

 

「マグレで誘拐に成功したとして、何の成果も得られず奪還されるだけだろうね。皆を激怒させて、半日も持てば凄いよ。……でも、その間先生は何もできない。先生の貴重な時間がこんな下らない連中の為に割かれるなんてあっていい筈ないでしょ」

 

≪時間、か。此処の存在には、存在し得る時間に限りがあるのだったな≫

 

 

暴走し、こうして再び孤立することになった元凶とも言えるセトに、イツキは憎しみを抱くことはなかった。

雲の上の存在だったミレニアムを始めとするキヴォトスにおける錚々たる顔ぶれ、憧れた彼らと対等のように関われたのもセトの齎す力があってこそ、と考えていたからだ。

ろくに努力せずに得た力に、何の代償もないわけがない。

あの暴走は、今気絶させた不良と同じくらい下らない自分に不相応な力のツケに過ぎず、見続けられるはずのない夢が醒める切欠でしかなかったのだと。

憎むどころか、今では唯一の話し相手となったセトには仲間意識すら持ち始めていた。

 

 

(そこそこ留まって暴れちゃったし、此処も早い所引き払わないとね)

 

 

先生は今は自分の事を必死に追いかけているようだけど、直ちにキヴォトスに危害を齎す存在ではないという認識が広がれば、追おうとする意思も薄れていくに違いない。

だからそれまでは逃げ続け、その後のことはその時に考えよう。多くの生徒に慕われる多忙な先生に、自分一人に割く時間も価値も無いのだから――という具合にイツキは先生が自分を探している理由を「セトという爆弾を抱えているから」でしかないと本気で考えていた。

 

 

 

 

「――裏の資金源を探ろうと泳がせてみれば、思わぬケダモノが食らいついたものですわね」

 

 

 

 

イツキにその台詞が聞こえたのは、既に片足を狙撃された後のことだった。

しかも撃ち込まれたのはセトの四肢を持つ彼女が最も苦手とする、【神秘】に分類される弾丸。

直ちに機動力を奪うには至らないが、再生に限りある体力と気力を割かざるを得ない痛手。

 

 

「……その面。狐坂、ワカモか」

 

 

九九式短小銃に銃剣を取り付けたような造形のSR「真紅の災厄」から紫煙が昇る。

使い手である着物ドレスを纏う狐面の少女は、元は電気配線を置いていたであろう天井近くの梯子に陣取り、イツキに狙いを付けていた。

捨てられた倉庫の屋根にはあちこち穴が開いており、屋根を伝って彼女の陣取る真上の穴から飛び移ったのだろうと想像するのは容易だった。

 

 

「今更他人のふりなどとんだ茶番ですわよ、東戸イツキさん。その間抜けな被り物は、まさか私から学んだとは言いませんわよね?」

 

 

こき下ろすような物言いだが、元より滑稽な自分にはお似合いだと進んでツチブタの被り物を身に着けていたイツキは動じない。

 

 

「あなたこそ、今更私を襲う理由は何? 先生を取り合う好敵手の件なら、私はとっくに棄権してるつもりなんだけど」

 

「まさにその件です。シャーレとミレニアムが力を尽くして尚確保できなかった貴女を連れ戻せば、先生の中でこのワカモの存在は大きくなる事請け合いですわ」

 

 

答えを聞き、その内容にどこか安堵している自分がいることをイツキは自覚する。

この子の恋を応援する踏み台になれるならそれもいいかもしれない、とも考えた。

 

 

「成程、手柄にしようってわけ。いいね、分かり易くて」

 

「――もう一つの理由は。貴女に対しての、腹の中が煮えたぎるような怒りです」

 

 

面を外した裏のワカモの顔は、面の狐のように目を吊り上げ血走らせた憤りの表情だった。

 

 

「貴女が行方を晦まして以来、只でさえ激務で休む暇もなかったあの方は、十年は齢を取ったかのようにやつれ果てました。眠るための時間さえ費やしているからです」

 

 

何かを堪えているかのような震える声で、徐々に早口になっていったかと思った途端、

 

 

 

 

「――お前を探す為にだ!! 東戸イツキ!!!」

 

「!?」

 

 

 

 

倉庫中に反響する程の怒声とその内容に、面食らったイツキは無意識に一歩後ずさっていた。

静かに怒りの焔を瞳に灯した冷酷な表情でその姿を見下ろすワカモは、再び狐面を被り表情を隠す。

 

 

「今は何処に居られると思います? ――病院のベッドの上ですよ、勿論私も見舞いに伺いました。目を覚まさぬ中、譫言のように呟いたのは貴女の名前です」

 

「……なんっ……何、そ、そんなわけ、」

 

「七囚人と呼ばれる筋金入りの札付きである私にさえ、あのお方は全てを知りながら一生徒として気遣い接して下さるのです。それほど優しく強い責任感を持つあのお方が、どれほど心を痛めたことか。己のせいで四肢を失い、日常を奪われたと考えている貴女がいなくなった時、あのお方がどれ程自分を責めたことか……!」

 

「……ちがっ……、そんな、そんな、うそ、信じなっ」

 

 

響き渡る銃声と共に、先程とは異なる足が血を吹き出す。

『踏み込み』による瞬間移動の如き疾駆でイツキが柱の蔭へ飛び退いた時、後コンマ一秒判断が遅れていれば足を穴だらけにされていただろう位置の地面に複数の弾丸が叩き込まれていた。

心理戦に通じ、会話で己の有利を引き寄せることに長けているのもワカモが『災厄の狐』と恐れられる数多くの所以の中の一つ。このタイミングで告げたのも動揺させ狙撃を成功させるためだった。

しかし、ここまでに語った先生の現状とワカモの憤りに嘘偽りは一つもない。偽りのない感情を叩きつけられたからこそ、被り物をしていても分かる程にイツキは震え、まともに言葉を返せない程に狼狽した。

 

 

「貴女が信じるかどうかなど知ったことではありませんわ。――これを聞いて尚、意地を張った幼子のように逃げ回ると言うのなら、その四肢をもぎ取ってでも貴女を先生の前に引きずり出す!」

 

「……やめてよ……。今更っ……、もう会わないって決めたの……! 私が居なくたって、先生は幸せになれるの……!!」

 

 

誰よりも先生の時間を奪い、倒れるまで追い詰めたのがこの選択をした自分だと突きつけられたイツキは錯乱し齢一桁の子供に戻ったように絶叫する。

柱の陰で頭を抱え泣き喚くイツキの姿は、ワカモが嘲弄するように称した「幼子」そのものだった。

 

 

直後、稲妻の迸るような炸裂音と共に柱の傍に青白い雷の塊が現れ、殻を破るが如くその中から『雷で出来た三本指の腕』が顕現する――

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