東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第二十一話】激情の駒、次なる一手

「それが『セトの腕』……アビドスの委員長さんから聞いていますわ」

 

 

近づくものを拒絶せんと迸る雷を纏う異形の腕。

こちらに掴みかからんとばかりに迫るのを目にしても、ワカモは狙撃体勢のまま微動だにせず、口調も冷静を保つ。

動かしたのは引き金にかかる指一つのみ。

 

 

(イツキという「器」に依存しているような存在……私の考えが正しければ、恐らくは)

 

 

狙い撃たれたのは、唯一定型を保つ幾何学模様の刻まれた腕輪。

 

 

「……っああああああっ!!」

 

 

イツキが逃げ込んだ柱の陰から響き渡る悲鳴を聞いて、ワカモは仮説を確信へと変える。

単独で顕現出来ない以上、セトの腕とイツキは強く結びついていると考えるのが道理。

ならば腕そのものが攻撃を受けた場合、結びついたイツキも無事ではすまないだろうという推測。

 

 

「やはりその腕、貴女と連動しているようですわね」

 

「……ぎっ……」

 

「態々的を用意して下さるとは。未知の力に頼れば勝てるとお思いで? この私を見縊るのも大概になさい!!」

 

「……っ!」

 

 

子供を叱りつけるような一喝への返事はなく、更なる悲鳴を押し殺すようなくぐもった声と共にセトの腕も消えていく。

相手の死角等から任意のタイミングで出現させ奇襲できるところが『セトの腕』の厄介な点である。

わざわざ目の前に出現させ突撃させるのは「これから攻撃する」と教えながら隙だらけの生身を晒すが如き愚挙と言えた。

 

 

「……瓦礫の下に居た貴女の姿、あの時の匂いと髪にかかる風の感覚まで、克明に覚えておりますわ」

 

「……?」

 

 

手首を押さえ痛みに耐えるイツキに追撃の手は伸びず、代わりに突如語り掛けられ困惑する。

 

 

「ズタズタになった手足で、それでも尚あのお方に瓦礫が圧し掛からぬよう支え続けていた……。私は衝撃のあまり恐怖すら覚える程でした。貴女があのお方に捧げる『献身』の姿に」

 

「ワカモ……?」

 

 

初めて顔を合わせた時の事を、何故今になって? と意図が分からないイツキは狙いを探ろうと耳を傾ける。

 

 

「……その貴女が、あれほどの献身を私達に見せつけた貴女が……何故逃げるのですか。たった一度暴走した位の事で。セトとやらのせいにして、見苦しくてもしがみ付けば良かったではありませんか」

 

「……無理だよ……。だって、一緒に居たら、また、傷つけて……」

 

 

対等な友人が居ないという卑屈な思い込み故に、イツキには誰かに頼るという発想が無い。

暴走させないためにはどうすればいいのか、したらどうやって抑え込むか、一度も誰かに相談することなく失踪したのはこの為だった。

 

 

「私は、見苦しくあのお方にしがみ付いている女です。感情のまま自らの意思で罪を犯し、収監された矯正局から逃げ出し、七囚人と呼ばれ更に罪を重ねました。あのお方に受け入れて頂いてからは自重するようになりましたが、過去の禊は済んでおらず、未だ追われる身……既に私の身の上はお話ししたでしょう?」

 

 

災厄の狐としての活動を常に面を被って行っているワカモは、素顔を世間に殆ど知られていない。

その為に普段は素顔で生活することで先生やイツキ、ミカとも堂々と交流しながらヴァルキューレら警察組織に見咎められることがないのだが、気付かれていないだけで指名手配の身であることに変わりはない。

イツキ達もそれを承知の上で交流を続けていた。

 

 

「意思なき事故の如き暴走、それもたった一度だけ。只それだけであのお方に愛される資格を失い逃げるしかなくなると言うのなら、私は何だと言うのですか? 犯した罪を棚に上げ、あのお方の寵愛欲しさに尽くす私の姿を、報われるわけがないのにと嘲笑っていたのですか?」

 

 

今にも笑いだしそうな上擦った声からは、あからさまに息苦しそうにされるより一層辛い感情を感じ取れた。

 

 

「違う!! ……私は、ワカモやミカみたいに可愛くもなくて頭も良くなくて、女として何もかも教えてもらってばかりで……! 只でさえ、雲の上に居るあなた達のライバルになる資格なんて無かったのに、その上あんなことしでかした私なんかがっ」

 

「何が違うと言うのですか!!」

 

 

そもそもスタート地点からして、あなた達二人と自分では大きく引き離されている。自分はずっとずっと後ろに居る。

イツキが強い劣等感からそう思い込んでいることを知らないワカモは、話をはぐらかされたと思い激昂する。

 

 

「……馬鹿みたいじゃないですか、貴女なら、私を理解して下さると考えていた私が。誰かを想えば周りが見えなくなってしまう私のことを、愛する方の為にあそこまで身を呈せる貴女なら、理解して下さるって……!」

 

 

一時は倉庫中に響き渡る怒声を放った程の激しい怒りは、先生に倒れる程の心労を強いたからというだけではなかった。

先生に愛される資格を失ったと思い込み逃げ出したイツキの行動は、罪人である自身にとって立つ瀬を失う嫌味でしかなかった。

更に、後先考えず文字通りその身を投げ出す程の献身を見せたイツキなら、意中の相手には盲目的に尽くす自分の事も理解してくれるかもしれないと期待していたのだ。

愛情が強すぎる故に排他的になってしまう自分の事をも打ち明けられる、想い人とはまた異なる……上辺だけでない「友達」になれるかもしれないと。

 

 

「――やっと、"今度こそ"。私を分かる方に出会えたと思っていたのに」

 

 

頼られなかったのはワカモにとって、「自分は友達と思われていなかった」と告げられたも同然だった。

 

 

「……私、はっ」

 

「……御静聴ありがとうございます。ところで、貴女が隠れたと同時に信号弾を撃ちあげておりますの。座標も今頃はシャーレとミレニアムで把握されているでしょうね?」

 

「なっ・・・!?」

 

 

自身の感情の爆発さえ、時間稼ぎという戦術に組み込み利用する。

企業レベルの扇動による集団指揮さえ単身でこなす彼女にとって、自分自身の怒りや嘆きを駒にすることなど容易い事だった。

 

 

「時が経つほど貴女は不利となる一方。理由は説明するまでもありませんわね?」

 

 

放っておけば増援が来る。しかも、今までの会話で既にその時間を幾分か稼がれてしまった。それを認識したイツキは必死に頭の中に選択肢をひねり出す。

いくら機動力があっても、自身に迫るセトの腕の腕輪を一発で撃ち抜ける狙撃手を相手に背中を向けるのは危険すぎる。ろくな遠距離攻撃の手段を持たないイツキにとって、距離を取るという事は一方的に攻撃されるということだった。

声が届く程"近づけている"今ここで、ワカモを倒すしかない。そう考えたイツキは、廃倉庫内に伸びている唯一の非常梯子に目を付ける。

これを使って登ってくることは読まれているだろうが、例え読まれていても彼女の喉笛に手を届かせる自信はあった。

 

 

(フェイント……いや、素人の私がやっても無駄だ。この全力疾走に全てを賭ける!)

 

 

両足を後方へと伸ばし、四つん這いに。

操られていたとはいえ「自分の体で」実施しやり方を体で学習していたイツキは、セトの四肢による高速移動を既に我が物としていたのだ。

 

 

(地面を駆け、梯子を昇り、梁を伝って……今の私なら3秒で終わる! それまで何発食らおうと止まってやるものか!!)

 

「!!」

 

 

ホシノの動体視力でも影を捉えるのがやっとだった、四肢の全力疾走。

イツキなりに迷いを断ち切った機動はまさに電光石火。

前触れのない爆発するような疾走は、狙撃手に一発も撃たせることなく体を梯子に届かせていた。

 

 

――その動きすら、ワカモの画策通りだとも知らずに。

 

 

「!!!???」

 

 

自動車が衝突したような爆音と共に飛んできた瓦礫をやり過ごす為咄嗟に減速したイツキは、その瓦礫が「今登ろうとしていた梯子のついていた壁」だったものであると遅れて気が付いた。

予想できるわけがない。外から壁を破られ、己が向かおうとしていた所に大穴を開けられるなど。

 

 

「――――やっ、久しぶりだね☆」

 

「――――――――ミ、」

 

 

拳一つで壁を破り突如乱入してきた少女は、その勢いのままにイツキに迫りながら短機関銃の引き金を引く。

一切を前進に向けていたことが裏目に出て、勢いを殺しきれなかったイツキはその斉射をまともに浴びてしまう。

怯んだところにワカモの狙撃が更に命中。

全ての攻撃が頭を狙っており、いくらキヴォトスの住民だろうと入院沙汰になってもおかしくないような容赦のなさだったが、イツキは激痛と脳震盪で混濁する頭を驚異的な回復力で立て直す。

ボロボロになった被り物を捨て去り、薄緑の長髪と青と紫のオッドアイが露になった姿で飛び退き乱入者から距離を取る。

 

 

「言い忘れてましたが、貴女が成敗した不良共は私が扇動しました。はした金欲しさにあのお方を攫おうなどと、轢き潰してやりたいのを堪えるのに苦心しましたが……全ては貴女を誘き出し、この絵図を描く為」

 

 

(「――裏の資金源を探ろうと泳がせてみれば、思わぬケダモノが食らいついたものですわね」)

この台詞さえ、策略だった。偶然見つけたのだと思い込ませ、この倉庫に誘い込まれた時点で罠に嵌ったのだと、イツキに悟らせないための。

結果、奇襲を食らい体力と気力を大幅に削られつつ、眼前で対峙させられたのはトリニティの生徒会「ティーパーティー」の元メンバーにして、学園最強クラスの個人戦力。

 

 

「言いたいことは大体、ワカモちゃんが言ってくれたからね。……これは大好きな人の受け売りだけど、一度や二度の失敗で道が閉ざされるなんて事はないんだよ」

 

 

先生を巡るもう一人の好敵手、聖園ミカは銃の構えを解いて手を差し伸べる。

 

 

「……帰ろう、イッちゃん」

 

 

各々が個人の枠を超える領域へと踏み込んだ、二体一の激闘。

間もなく始まるであろう避けられぬ戦いを前に、ミカは関係ないとばかりに穏やかにそう告げた。

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