初めは、本当に幸せだった。
眺める事しかできない雲の上の世界だったミレニアムに、私如きが仲間入り出来たのだから。
強引に入れられたC&Cでは皆が歓迎してくれたけれど、不器用でメイドとしての仕事が苦手なのは自分だけ。
そんな似非メイドの私がもたついてたり失敗しても皆、嫌な顔一つせずフォローしてくれたりやり方を教えてくれた。
『先生と一緒になりてえんだろ? ならあの激務を支えてやれるように、家事の能力位上げておけ』とネル先輩は努力する理由まで与えてくれた。見た目と振る舞いからは想像も出来ない程、あの人は料理を始め全てのメイドスキルが一級品で、惜しげもなく手ほどきしてくれた。
先輩たちの時間を自分なんかの為に奪っていることが我慢できなくて必死に取り組んだら、少しずつマシになっていった。
でも、成長すればするほどミレニアム生皆と自分の差が理解できるようになってきて、幸せと共に「自分がここに居るのは場違いだ」という意識は強くなっていった。
私よりもずっとずっと器用で頭もいいのに、ミレニアムに入れなかった生徒だってごまんといる筈なのだ。
いっそ、そうした人たちから嫌がらせをされたり、在学生から場違いだといじめられたほうが救われたかもしれない。
でも、本当にそんなことになれば、先輩たちはきっと私の為に怒ってくれる……そんな、皆の優しさに甘えて何様を気取っているんだという事を考えている自分に吐き気がした。
それでも、逃げ出せば入学の為に心を砕き様々な便宜を図ってくれた先生と、彼に協力してくれた生徒達の厚意を無駄にすることになる。だからちっぽけな自分を引き裂きたくなる衝動に耐え、皆に一歩でも近づけるよう最後まで足掻き続けようと思っていた。
――取柄であった『力』を暴走させ、大切な人たちを傷つけたあの日まで。
「……正直ね。私はもう、皆の世界の主役みたいな凄さにはついていけないって思ってたんだよ」
「イッちゃん……?」
差し伸べられた手に対し、イツキが取ったのは「四つ足」の構え。
皮肉にもその体勢は、先生を瓦礫から庇っていたあの姿を二人に思い起こさせるものだった。
「あの時、先生の傍に居たのがミカやワカモなら・・・ううん、"私じゃない誰かなら"。手足を失ったりしない賢いやり方で先生を救えた筈なんだ。ミカだったらあのくらいの瓦礫、跳ね返せたでしょ?」
「……何、言っているのか分からないよ、イッちゃん」
「今はね。目を覚まさせてくれたセトには感謝している位なんだ。もう、この体もあげるって、あなたの為に使っていいって、何回も言ったのにさ。自分で操るより都合がいいからって聞いてくれなくて」
「あげる、って。そんなの、まるで――」
体を永久に明け渡す。
東戸イツキとしての精神が死ぬことと同義の結末を自ら望んでいると嬉々として話す好敵手(しんゆう)にミカは愕然とする。
「――私は、"誰でも出来ること"を、一番無様な形でやってしまっただけなのに」
地を這う体勢から視線を上げミカと目線を合わせる姿は、弱者が一生届き得ない強者を恐れ見つめるが如く。
滑稽な存在を一笑に付すような下劣な笑顔の中で、目だけは弱者を見下すものとは逆の「強者を見上げる目」をしていた。
「あなた達のような勘違い女を「破壊」すれば、きっと先生の目も覚めるよね?」
空いた口が塞がらない様相だったミカは、最後にそう叩きつけられた直後、眉間に皺を寄せて口を固く閉じ真一文字に結ぶ。
ティーパーティーやエデン条約を巡る権謀術策とその後の中で数えきれない罵声を浴びてきたミカでさえ、今まで経験したことのない壮絶な侮辱と受け取る他なかった。
己が認めた人間が、こんなにも下らない存在だったのだと本人が告げる、かつての選択を否定し嘲り笑う「見上げる侮辱」。
「もういいでしょう、ミカさん。ここまで拗らせた子供に、言葉での説得は無意味ですわ――少なくとも、今は」
「……そうみたいだね。私も、腹括る」
身に着けた仮面そのもののように冷たい声色で諭すワカモに、険しい表情を浮かべたままミカは応じ、愛銃のSMG「Quis ut Deus」を装填。
「私の大切なお友達を傷つけるなら、許さない。例えそれが、貴方自身でも」
顔が冷たくなったと錯覚するほど血の気が引く激しい怒り。
一番許せなかったのは、この子には敵わないと思わされてしまったイツキの"偉業"を、"誰でもできること"だと笑われたことだった。
「訳の分からないことを。……初めから、そんなお友達なんて、この世の何処にもいないって言っているのに」
笑いを嚙み殺すように、しかし全てを諦めたように投げやりに話すイツキの瞳は、既に青と紫のオッドアイから変化していた。
アビドスで紫の双眸を以て暴走した時と真逆。双方が青へと変わっていたのだ。