東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第二十三話】迅雷の凶爪、御使の鉄槌

イツキの変化を目の当たりにしてもやる事は変わらない、と引き金を引こうとしたワカモは、再び「セトの腕」が己の正面に現れるのを目にする。

 

 

「また態々的を……!」

 

 

しかしこの時ワカモは、今の自分が「冷静に対応出来ている」と錯覚し、同じ悪手を二度繰り返し仕掛けられる事への違和感に気付けなかった。

知らず知らずのうちに、怒りで判断力を狂わされていたのだ。この愚かな娘は同じ間違いを犯そうとしている、と。

事前情報が無かったとはいえ、見えているセトの腕を迎え撃とうとするばかりで――頭上から襲い来る"もう一つの"セトの腕に気付けぬほどに彼女は冷静さを欠いていた。

 

 

「ワカモちゃん!!」

 

 

ミカがそう叫ぶことが出来たのも、既に雷の腕がワカモの居た場所を叩き潰した後の事だった。

続くのは砲撃音。憤怒の雷で全身を焼かれた彼女の身を案じる間を与えられはしない。

己の胸の下中央を凄まじい衝撃が貫き、ミカはかろうじてショットガンの銃口がそこに押し当てられ火を吹いていたのを目撃する。

手から浮かぶように零れそうになるSMGを持ち直そうとして、再度同じ場所に食らう衝撃、耳をつんざく砲撃音。

強い衝撃を与えれば横隔膜の動きを止め、呼吸困難に陥らせる【水月】への集中砲火。

ワカモの安否に気を逸らされたのは一瞬であったが、イツキが肉薄するにはその一瞬で十分すぎた。

 

 

「――っ、のっ」

 

 

キヴォトスの住民でも殺害に繋がりかねない人体急所への連撃は、少量のサーモバリック手榴弾位では動じないミカも涼しい顔では受け続けられない。

上手く息を吸い込めない体に鞭打ってどうにかSMGを構え直して掃射、三度目のゼロ距離砲火を行う寸前だったイツキは素早く飛び退いて背中のホルダーへとショットガンを戻し、追ってくる弾幕を四つ足で横に駆け振り切る。

セトの腕は"2つとも"既に消えており、イツキ本人も弾切れを起こしたミカに即座に飛び掛かる事はなかった。

 

 

「……最初から簡単に倒せるとは思ってなかったけど。水月にそれだけ食らっておいて、即座に反撃出来るなんて理不尽」

 

「あはは……平気に見える? 爆風浴びるのとは違う感じで結構辛いんだけど」

 

 

卑屈な「見上げる眼差し」で不平を零すイツキに対し、弾を浴びた胸の下を押さえ、未だ中に衝撃として残る圧迫感に眉を顰めながらもミカは笑って返す。

 

 

(何とか逃げ切れたとはいえ……明らかに動きに付いてきてる。その上この耐久力……何発撃ち込めば勝ちか分からないのはキツイなあ)

 

 

目の前でSMGに装填しているミカは一見無防備だが、最初に徒手空拳でコンクリートの壁を破壊するところを見せつけられたばかりだ。先ほどのように死角からの奇襲でも出来ない限り考えなしの接近戦は無謀、とイツキは手を出さず"見"に回る。

ミカが強い事はとっくの昔に聞いていて本人とも何度も話して人柄は知っているが、戦うのは今回が初めてだ。

まともに撃ちあうには情報が足らなすぎる。

 

 

(速いな…あの距離から一発も当てられないなんて……)

 

 

ミカの方も、己の手が届くほどの距離から一発も被弾せず逃げ切ったイツキから視線を外せない。瞬きするほどの一瞬視線を逸らせば、今の間合いなど容易く詰めてくるほど相手は速いのだから。

ワカモが再起する気配は無く、以降の援護は期待出来そうにない。

 

 

「……これだけ強いあなたなら、あの時先生と一緒に居たのがあなたなら……誰も傷つけず先生を救い出してくれたのに」

 

 

一見、ただ相手を責めているだけのイツキの言葉。

絞り出すような枯れの混じった声色の中に、ミカは弱音を感じ取る。

望んでいないくじ引きの一等賞を、それを喉から手が出る程欲しがっている皆の前で引き当ててしまったような罪悪感という名の弱音を。

 

 

「……イッちゃん。過去は消えないよ。貴女が暴走したことも、私がもっと前に犯した罪も消えないのと同じように。あの時貴女は貴女に出来るやり方で先生を守り抜いた。それは後で例えどんな罪を重ねたって消えない『事実』だよ」

 

「――!」

 

 

卑屈な上目遣いのまま、歯を食いしばったイツキの口の端が頬の輪郭を歪める程に下がる。

そんな悔しそうにも見える口元を露にした直後、四つ足の体勢からミカの元へ電光石火の勢いで突貫。

それを読んでいたミカは飛び上がり、装填を完了していたSMGで迎撃しようとする。

飛び上がった足元をイツキが駆けると予測していたミカは、通り過ぎた瞬間の頭か背中に弾をくれてやろうと目論んでいた。

 

 

「!?」

 

 

だが、足元に居るイツキは信じがたいことに、頭上に飛び上がったミカに先に銃口を向けていた。

地を蹴った直後に体を180度捻り、背中のホルダーに入れていた銃を取り出して構え、狂いなく頭上に銃口を向ける。これらを全て刹那の間にこなさなければ成立しない状況。

火を吹くショットガンの強烈な衝撃は間一髪頭を庇うのが間に合った両腕を痺れさせる。

イツキはミカの足元を通り過ぎ、捻る体の勢いのまま更に180度回転して元の体勢に戻り、銃を背のホルダーに放り込み四肢で地上を握るように着地。

腕にダメージを与えた今が好機とばかりに即座に反転、ミカの場所目掛けて発つ。文字通り地に足がついていないために蹴りも放てず、両腕も痺れている無防備な一瞬を逃す訳にはいかない、と。

肉薄しようとしたイツキの視界は、突如純白に塗り潰される。

その正体は白い羽。

迎撃が間に合わないと判断したミカが咄嗟に体を傾けてイツキに背を向けるように捻り、己の羽が彼女の視界を覆うよう仕向けたのだ。

虚を突かれたイツキにはこれが猫騙しのように機能し、反射的に目を閉じてしまう。

次に目を開けた時には、高速で回転する勢いのままに、地上へ到達した片足を軸に処刑斧の如く放たれたミカの回し蹴りが迫っていた。

イツキは地を踏みしめる己の両手首を蛙の脚のように深く折畳んだ刹那、斜め上へと飛んで間一髪その風を切る勢いの脚を躱す。

 

 

(今の姿勢から、そんな変な方向に飛べるの!? なんて手首の柔らかさとバネ……!)

 

 

驚愕しながらも相手に休む暇は与えまいと、痺れのひいた両腕で愛銃を構え引き金を引いてイツキを追う。

これでもホシノに披露した程の速度には及ばない為、ミカにも追える範疇だった。

しかし地に手足の何処かが付く度短く飛ぶイツキの四つ足の機動、その軌跡は全てが曲線を描いており、偏差射撃を狙おうとするミカの照準をズラさせる。

 

 

(的が低いし、速いだけじゃなくグネグネと変な方に飛ぶから狙いにくい……! 手首だけじゃなく、足も……全身が柔らかいんだ!)

 

 

戦闘経験では所属校の治安維持組織の長に劣るとはいえ、才覚では引けを取らないミカは違和感の正体を早々に看破する。

ホシノと戦った当時のイツキ(セト)は、速度こそ圧倒的であったものの人の体に不慣れだったセトが強引に操っていた故に負担が大きく、早々に肉体が限界を迎えていた。

対して、速度こそ若干劣るものの、自らの意思で強靭なセトの四肢を制御する今のイツキに、当面は体の限界が訪れることはない。

 

 

(駄目か……撃つ意味は無さそう……!)

 

 

弾切れによる装填の隙を晒すことを嫌ったミカは、弾幕を張るのを止めて後ろへ飛び退く。イツキを捉える視界を広く取り、視野の外に飛ばれるのを避けてその変則的な動きを少しでも長く目に焼き付け慣らす狙いだ。

しかし狙いに反して離れた場所で動きを止めたイツキを訝った彼女は、雷の音を耳にする。

 

 

(――ここで、セトの腕!?)

 

 

左右の耳それぞれから聞き取れる、莫大な電撃のエネルギー音。

二つの腕は自身を挟み込むように出現している、とミカはイツキから目を一切逸らさず音で理解する。

ワカモの御蔭で腕輪を狙えばイツキのダメージになる事は分かっているが、一方の腕を狙えば、もう一方の腕に背中を晒すことになる。

反撃は悪手だとミカは即断し、拍手のように挟みこもうとするセトの腕を無視してイツキの居る前方へ駆け出した。

 

 

(……くそっ。反撃してくれれば電撃を浴びせられたし、もっと下がってくれればこっちも逃げれたってのに……バカの謀り位お見通しってわけか!)

 

 

セトの腕以外に遠距離への攻撃手段を持たないイツキは、自身の射程距離に自ら迫ってくるミカに逆に舌打ちする。

彼女の背後で衝突した二つの腕が爆発するようにエネルギーを飛び散らせ、廃倉庫の天井と左右の壁までの広大な範囲を青白い光が満たす。もしミカが更に背後に逃げることを選択していれば、この光が目晦ましとなりイツキが倉庫から脱出する絶好の機会となる所だった。

 

 

(ってか、急所に私のWAS(ウアス)のスラッグ弾二発食らっといて、何でそんなに動けるんだ! 今でもギリギリの戦いだってのに、もしワカモが復活して狙撃の援護まで入ったら……!)

 

 

少しでも照準を合わせる余裕を奪う為、イツキは獲物に狙いを定めたジャッカルの如く四肢を駆り、こちらに銃口を向け距離を詰めてくるミカへと敢えて真っ向から迫る。

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