――誰も、私より何かが劣る生徒は居なかった。
「将来の夢は、エンジニアになって世界の役に立つロボットを作ることです!」
「……いや、どうなりたいんだって聞いたのはそういう意味じゃないんだよ東戸。俺が言うのも何だが金さえあれば誰でも入れるうち(学校)で、ここまで成績が壊滅的なのはお前だけだ。進級どころじゃないこの状況で、そんな夢を持ち続けてどうなりたいって言うんだ?」
滑り止めで入った学校で、生徒指導の教員にもそう告げられ殆ど見放されていた。
こんな有様で周りからズレ、学校が望むように成長できなかった私は、早々に自分より優れた者たちに目をつけられいじめの標的になった。私にとっては、小学校の時からのお決まりの流れだ。
トイレで冷たい水をバケツごと浴びせられたり、教科書を隠されたり破られたり、将来の夢に関わる妄想を書き綴ったノートを皆の前で小ばかにされながら読み上げられたり。
教員に助けを求めても焼け石に水。より人目に付かないやり方に変わっただけで、他の優秀な生徒達のことで手一杯な教員たちには見て見ぬふりをされた。
味方どころか、話しかけられるだけの友達もいない。私と仲良くすればいじめられるから。私が同じ立場でもそうしただろう。
それでも当時はまだ自尊心もいくらか持っていて、自分をいじめてくる奴らに仕返ししてやりたいと思う心も残っていた。
物置と化していた空き教室。決まっていじめられっ子たちに連れていかれる……というより、自ら来るように脅される場所。
"いつも通り"溜まったゴミを頭から被せられ、気が済んだいじめっ子達を見送ったある日。
やり返す妄想に浸りながら蹲っていると、奇妙な感覚を覚えた。幻覚のような、語り掛けられているような、そのどちらでもないのにそれに近いとしか言い表しようがない感覚。
雑多に山積みにされた"もの"へとある方向に、ほんの少しだけ力を加えてやれば、ものは崩れ、さらにそれらが崩れ落ちた衝撃で腐敗した床に穴が開く。もしもその場所に誰かが立っていれば勿論――。
まるで、好きなSFアニメで見た予知能力のようだと思った。
しかし当時は、ついに自分の妄想癖もここまで来てしまったかと自嘲しただけだった。
それでも、いつもの妄想とは明らかに違う感覚に期待して、翌日に試すことにした。
あいつらが痛い目に遭ってくれれば面白いし、何も起きなかったところで今と変わらない……という軽い気持ちで。
――こんな悍ましい結果が待っていると知っていれば、やらなかった。
三人いたいじめっ子達は崩れ落ちるものの下敷きになった。
中でもリーダー格の一人が腐敗した床の上に立っていて、落下の衝撃で崩れて出来た床穴から転落。階下の床に叩きつけられ、あってはならない方向に足の曲がった彼女に追い打ちをかけるように、彼女自身より大きい棚がその上へと落下した。
仕返ししてやりたかっただけで、殺したかったわけじゃない私は、とても笑うどころではなく、自分のしでかしたことに恐怖した。
膝を抱えた体勢で震える事しかできないでいると、只事ではない崩壊音に気付いた生徒や教員が駆けつけ騒然となっていく。
三人とも一命は取り留めたが、二人は粉砕骨折を含む大怪我で全治数か月の入院。リーダー格の少女は下半身不随という大惨事となった。
近くに居た者として事情を聞かれた私は、積み重なった「もの」に故意に手を出してこうなったことを正直に話した。
しかし、大人たちは故意であったことを信じず、いじめっ子達が私を振り回した挙句の事故と決めつけた。私の責任に関する話は早々に切り上げられ、そこでいじめられていたことにばかり言及され、被害者の一人にされただけだった。
いじめっ子の親族たちも、そんな事故が起きうる教室を放置していた学校を責め、私の話には耳を傾けようともしなかった。
事件から一か月も経たないうちに、リーダー格の少女が自殺したという話が学校中に知れ渡った。
遺書には自身のスポーツ選手の夢を絶たれたことに絶望した旨が記されており、私に関しては謝罪も恨みも全く書かれていなかったらしい。
あいつの性格なら私のせいだと思っていたら……否、思っていなくとも不幸の道連れにするために私にやられたと書くことは容易に想像がつく。それをしないというのは、出来るとも思われていなかったということ。
加害者として罰せられないまま事件に一区切りがつき、自分をいじめていた奴らもいなくなったというのに、安堵する気持ちはなく、空しさが心からいつまでも消えてくれない。
もう行く必要のない、立ち入り禁止となった空き教室に無意識に向かおうとしていた私は気が付いた。私はあいつらに消えたり謝って欲しかったわけじゃなかったのだと。
恨んで欲しかった。
罰して欲しかった。
何でもいいから、私がそこに居たことを示して欲しかった。
その感情に気付いた私は、己にはいじめのはけ口程度にしか価値が無かったのだと初めて自覚した。
彼女達の標的になっている間、いじめる相手として価値を見出して"貰えていた"ことに、私は満たされていたのだ。
いじめられっ子ですら無くなった【東戸イツキ】は、教員にも他の生徒にも相手にされない落第者でしかない。
これ以上学校に通う理由を見出せなくなった私は、退学してアテもなく放浪するようになる。
誰かに相手にしてほしくて、迷惑系動画配信を始めるのはそれから間もなくの事だった。
「……思いの丈、全てを、吐き出す……?」
「私も賛成☆ 私は思ったことどんどん言うタイプだけど、特にイッちゃんは溜め込むタイプだろうからねえ。今ここでぜーんぶぶちまけちゃいなよ?」
仰向けに寝転がるイツキに覆いかぶさるように正面から抱き着きながら、ミカはあっけらかんとした態度で話しかける。
「……ぜーんぶ、か」
届く距離に落ちているショットガンに手を伸ばしはせず、イツキはミカの背中へと腕を回す。
呆けたようにオウム返しに喋りながら、ゆっくりと。
体に密着させるように、強く。
「――なら」
武器を置き、抱きしめ返してくれた好敵手(しんゆう)に慈愛の笑みを浮かべていた天使は、抱きしめられる力の強さに違和感を感じ始める。
次の瞬間、何の前触れもなく廃倉庫を青白い閃光が満たした。
「――っぐうっ!?」
目晦まし対策を兼ねた面は、先のセトの腕による奇襲で破損させている。
その状況で、爆弾という実体もなく空間に文字通り光の速度で広がる閃光に対応できる生物は居ない。
「……ミカさん! 目をやられましたっ!! 何が起きているのですか!? ミカさん!!」
視覚を潰されたワカモは、残された感覚と情報で状況を把握しようとミカに必死に呼びかける。
光の発生源が背中側だったことで軽い目晦ましで済んだミカは、背後の只ならぬ気配に振り向き、アンバー色の瞳を湛えた目が三白眼になる程見開かれる。
幾何学模様の輪を腕輪とするように実体化する、雷で構成されたかのような色合いの二つの手。
同じく雷で構成されたかのような、五対の巨大な翼。
宙を浮く剣と鎧を組み合わせたような巨大な物体。その左右に悪魔の角のような一対のねじれ曲がった錐が舞い、中央上には三角帽子を被る西洋の軍人を象った胸像に似た何かが頭のように浮かび上がっている。
肢体の分離した足なき巨人と形容する他ない異形の中心で、青い球状に凝縮された雷が悲鳴の如く破るような轟音を響き渡らせていた。
心の底で、イツキは己に向けられた賞賛や期待を信じていなかった。
何故なら見当違いだから。
無価値な落第者の己に向けられる感情は、恨みと失望と軽蔑しか有り得ない。
滂沱の涙で青い瞳と頬をしとどに濡らし、捕らえた天使の肩越しにイツキは叫ぶ。
差し伸べられた手を踏み躙った愚者として己を刻み付け、終わることが出来る時が漸く訪れたことに狂喜しながら。
「――私と!! 一緒に!! 壊されてよ!! ミカァッ!!!」