東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第二十七話】今度は私の番

それは、嘗てアビドスで生徒達10人がかりで対峙したものより一回りも二回りも小さかった。

だが姿形は寸分違わぬ、砂漠と嵐と雷の化身。

異なる時間軸のある人物が「世界を滅ぼした」と証言する存在が、全身を伴う顕現を為したという非常事態に変わりはない。

 

 

(あはっ……、そっか。それが"貴方"なんだ……!)

 

 

今まで『腕』しか見たことがなかったイツキは、初めて目にする『セトの憤怒』の完全顕現した姿に、熱に浮かされたような感動を覚える。

 

 

(初めましてっ……そして、さようなら! ……っははははは!)

 

 

操ろうという意思はそれ程ない。

ただ、壊して欲しいと願っただけ。

応じるかのように雷の巨人は両手の平を向かい合わせ、その中心に莫大なエネルギーを注ぎ込み始める。

見るのは初めてだが、この後何が起きるか初めから聞いていたようにすぐ分かった。ここから破壊のエネルギーが放たれ、それを浴びたものを塵も残さず消し飛ばすのだ。

当然、攻撃目標は自分自身に指定している。

 

 

(……これで、やっと……)

 

 

腕だけの顕現でさえ多大な気力を消費していたイツキは、この大立ち回りのせいで既に意識を保つのがやっとの状態だった。

非戦闘員である先生でさえ、今の自分には抵抗された場合に捕まえておけるか怪しい。

促されるまま、ぶちまけた言葉の半分は嘘だった。

馬鹿正直に何が狙いか言えば、きっと優しい天使様は、この盛大な自殺を認めてくれないから。

 

 

(「――私と!! 一緒に!! 壊されてよ!! ミカァッ!!!」)

 

 

壊されたいのは、何度も暖かい世界へ仲間入りする機会を反故にして、やり直す機会に土をかけるしか出来なかった自分自身だけ。

破壊に巻き込もうとするようにミカのことを強く抱きしめ返したのもフェイク。

救おうとした相手が、それをダシにして心中を迫る頭のイカれた外道なら、見捨てたって誰も責めはしない。

もう東戸イツキはセトの憤怒に魅入られて手遅れだったとでも言えばいい。

 

 

 

 

「――いいよ、イッちゃん」

 

 

 

 

しかし、とうに力を失い添えるだけとなっていたイツキの両腕に対し、彼女を抱きしめるミカの両腕は力強いまま。

 

 

「あなたのことは、私が守るよ」

 

 

凝縮され球状に膨れ上がり、更に増大し続ける破壊のエネルギーを背にして尚、ミカは泣きじゃくる我が子をあやす親のように穏やかに告げた。

 

 

「あなたを一人になんてしない」

 

 

最後まで、自分が何らかの形で必要とされていることを信じていなかったイツキには、この状況が理解できない。

切り捨てる理由なら、これ以上ない位並べ尽くしたのに。

 

 

「もしもの時は……イッちゃんのこと、お願いね? ワカモちゃん」

 

「ミカさん……? ……いけません! その子を抱えて逃げて下さい! 貴女にならその位……!!」

 

 

目が見えなくても、残された感覚とここまでの会話で何をしようとしているか分かってしまい、ワカモは叫ぶ。

イツキを連れて帰る目的の為に、幾ら頑丈なミカであろうと無事では済まない……どころかこの世から骨も残らず消え去ることも有り得る一撃を態々浴びる必要はないのだから。

 

 

「うん、でもそれじゃあ駄目なんだよ。全部ぶちまけてって言った私が受け止めなきゃ」

 

 

ワカモの言う通り、今の自分でもイツキ一人を抱えて逃げる位出来る自信はある。

 

 

「でなきゃ、……この子の心は、独りぼっちのままだから」

 

 

しかし、そうして受け止めることを有耶無耶にしてしまえばきっとこの子はいつか、同じような理由で皆の元から消えようとするだろう、ということも確信していた。

自分でも意外と思うほど落ち着いた心の中で、ミカは一人の少女の言葉を思い出していた。

一時は殺したいほど憎かった、しかし最後には「赦し」を諦めきれなかった自分と重ねた彼女の言葉を。

 

 

『――好きにするといい。お前が奪われた分だけ、奪うといい』

『私は他人からたくさん奪ってきた……これで少なくとも公平になるだろう……』

 

 

奪われることを報いとして受け入れるという宣言。

大切な人を自分から直接奪った(と当時思い込んでいた)彼女とでは、自身とイツキの関係は異なる。

それでも、今まで自分が犯してきた罪に殉じ身を呈そうとする姿勢が、今の自分と似ているとミカは思ったのだ。だから今思い出したのだろう、とも。

 

 

("一度や二度の失敗で道が閉ざされるなんて事はないんだよ")

 

 

開口一番に受け売りと称してイツキに告げた、大好きな人の言葉をミカは改めて思い出す。

あの人のあの言葉が間違っているのなら、この子が幸せになれないのなら……何度も何度も間違えて、人の話を聞こうともしない不良生徒だった私が幸せになれる筈がない。

それに、大したことはしていない。

この子の言うところである、『"誰でも出来ること"を、一番無様な形でやろうとしている』だけなのだから。

 

 

「これでやっと、私も同じ土俵に乗れる。ここからが本当の勝負だよ、イッちゃん?」

 

 

 

(……まって。ミカ。・・・そうじゃ、ない。・・・こんな、はずじゃ)

 

 

風前の灯火となった気力では口も動かず、声も出せない。

たった一人、セトの憤怒の破壊の力に包まれこの世界から去ろうというシナリオを描いていたイツキは、突き放すどころか自分ごとその清らかな白い羽で彼我を包み込み始めた天使の所業に錯乱した。

いじめられっ子のサンドバッグ程度の価値しかない自分のしょうもない自殺に、最後まで自分の事を案じてくれた聖母の如き少女が巻き添えになりその尊い命を散らそうとしている……

 

 

(……だめだ、だめだだめだだめだ!!!!!

 

 あなたはだめ!! いなくなるのは私!! 私だけが消える!! 私が消える!!

 

 わたしがきえるわたしがきえるわたしがきえるわたしがきえる!!

 

 おねがいはなしてつきとばしてすててなげてあきらめて!!

 

 あなたはこれからもいなくなっちゃいけないんだ!!

 

 あなたは私に女を磨くことを、磨き方を教えてくれた、お姫様みたいに可愛くて素敵な、私のお洒落の師匠なんだ!!!……)

 

 

しかし一切の操作を受け付けない自らの体は、自らが呼び出したセトの憤怒が破壊のエネルギーを充填しきる光景を眺めている事しか出来ない。

呻き声一つ発することは叶わず、徐々に瞼が下がる瞳から、新たな涙を一筋溢れさせただけだった。

 

 

寂れた廃倉庫の床に滴る少女の涙が何かを変えることは終ぞ無く。

――破壊の雷は放たれる。

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