《――こちら、コールサイン02から全メンバーへ! 標的が交戦中と思われる廃倉庫で異常事態だ! 正体不明の青白い柱を確認!》
《00、目視で確認済みだ! 雷がまっすぐ逆に落ちたってのか……!? っと、00から全メンバーへ、現状は『カペラ』を維持する! 02は位置が割れている可能性を考え、B地点に移動しながら監視を継続! 残るメンバーは引き続き潜伏だ、標的に悟られるな!》
『カペラ』とはC&Cメンバー5人での任務の際、標的を五角形状に包囲するフォーメーションを意味する符丁。名称の由来は五角形を形成する星座『御者座』の中で最も明るい星のことだ。
各自の了解の声を聞き届けたネルは、直接倉庫が見えない位置に潜伏していた自分にも見えた「異常事態」について振り返る。
カリンが青白い柱と咄嗟に称したそれは、六畳一間の部屋位なら丸ごと呑んでいるであろう太さの青白いエネルギーだった。
光は十秒ともたず細くなる形で消え去ったが、消えるまでは反射的に見上げた先にどこまでも伸びていて、果てが見えなかった。星のほうのカペラには流石に届かずとも、成層圏位は突破していても不思議ではない規模。
万一あれで狙われては届いてしまうと判断し、標的に発砲済みのカリンには予備の待機地点への移動指示を出しておいた。
(……あれが……、あいつの背負っていたものだとでも言うのかよ……!)
出鱈目なスケールのビームと思しきものを目にして、ネルが抱いた感情は警戒ではなく哀れみだった。
努力や欲望の果てに得た力ではなく、自身にも制御できる保証がないのなら、周囲を巻き込む恐れを抱いても何ら不思議ではない。
まして、卑屈なほど己に自信が持てないイツキがその立場に陥ればと想像し、ネルは無意識に拳を強く握りしめていた。
耳を劈く轟音と、目を閉じていても瞼の裏の闇が赤らむほどの強烈な光。
しかし、自身の全身を襲うであろう破壊を受け入れる心の準備をしていたミカは、いつまで経っても衝撃と苦痛が訪れないことに困惑する。
あの距離で狙いを外すことがあるのか、と目を開いて振り返ったミカは、セトの憤怒が天を仰ぎ見るような体勢になっているのを目にする。
既に姿が半透明になり、更に薄れつつある彼の仰ぎ見る先には縁の焼け焦げた大穴が空いている。
窓が少なく薄暗かった廃倉庫内は、陽の光に照らされ明るさを増していた。
≪……間一髪、か≫
聞き覚えのあるイツキの声、しかし1つ1つ繋ぎ合わせたような聞き取りづらい抑揚。
そしてイツキはこんな喋り方をしない、とミカは事前にワカモを通してホシノから伝え聞いていた情報から即座に状況を理解する。
「イッちゃん……、……じゃあ、ないよね? あなたが、『セトの憤怒』かな?」
ミカが上半身を抱き起して目を合わせたイツキの双眸は、操られていた時の特徴と一致する紫に変化していた。
警戒すべき状況として把握していた状態だが、ミカは拘束したり銃をつきつけるといった行動は取らない。
こちらを害するつもりならそのままセトの憤怒に攻撃させていれば済んだことであり、直ちに害される心配はないと判断したからだ。
更に言えばこの時点で、既にそのセトの憤怒自体も完全に消え去っていた。
≪この次元での名など存在しないが、そう呼ばれることは否定しない。お前達に分かるよう表すなら、セトの憤怒を家電とした際の操作盤(リモコン)が我だ。あれに意思があると思い込む者ばかりだが、あれは操られない限り、予め組み込まれた行動しか出来ない操り仕掛けに過ぎん≫
イツキの体を借りてさらりと口にした内容は、彼を研究する者が冷静さを欠くレベルの未確認情報であったが、そんなこと等どうでもいいミカは即座に最大の疑問を切り出す。
「どうして、私……いや、イツキを助けてくれたの? 壊れても構わない器じゃなかったの?」
間違いなく此方に狙いをつけられていた状況から、攻撃を誰一人巻き込まない上空へと逸らした、その訳を。
≪寸刻前まではその認識で正しかった。だが、この器は両腕ばかりか、『セトの憤怒』の全てを顕現させてみせた。反転したホルスのような外的要因ならともかく、器そのものがこの次元に全てを顕現させることなど、我が自己を確立し、数え切れぬ器を観測した中でも初の事例だ。故にこの器は、代替に数百万年以上の時間を要する希少な代物と判断し、強制操作。――この器の自我が、聖園ミカの破壊により崩壊する可能性を阻止した≫
「――私が壊れることで、イツキの心が壊れる、ってこと?」
≪そう説明した。聖園ミカが破壊された場合、我の分析では九割九分の確率で、この器は激しい自己嫌悪の果てに自我が崩壊、修復不可能となる≫
分析を聞かされたミカは、洒落にならない内容に一瞬気色ばんだが、すぐに肩の荷が下りたような微笑を浮かべた。
やはり思った通りだったと、安堵したのだ。
イツキは此方を害するつもりなどなく、狂人を演じて一人消え去るつもりだったのだと。
≪強引な覚醒故、間もなく器が意識を失い意思疎通が出来なくなる。故に簡潔に伝える。この器そのものが年月により果てる時まで、我がこの器を破壊することは無い。更なる観測の為、我が干渉も極力避ける。お前達には我に代わり、器の保護を頼みたい≫
「それは、イツキが寿命を迎えるまで幸せに生きることが、"セティ"ちゃんの「観測」とやらの為にもなるってことだよね?」
≪幸せかはともかく概ね正し……、解析不能。我が把握していない用語について説明を求める≫
彼にしては、前触れもなく聞いたそれがあまりに意味不明過ぎて反応が遅れただけだったが、ミカは可笑しさを堪え切れずふふっと笑ってしまう。
暇つぶしで見たお笑い番組のノリツッコミのようだと思ってしまったから。
有り得ないと何となく理解出来ていても、感情の無さそうな『彼女』がそれをやったと思うと猶更可笑しさが込み上げてくる。
「だってあなた、『セトの憤怒』じゃなくてそのリモコンみたいなものなんでしょ? セトの憤怒って呼んだらややこしいし、かと言ってリモコン呼びはあんまりじゃないかなってさ。イッちゃんの体を借りてるっぽいけど、女の子ならセトをもじって"セティ"なんてどうかなって」
≪リモコンだろうと道具だろうと好きに呼べ。しかし、その呼称を拒絶するリユウ、も、ナい――、ココ、マデ、カ≫
聞き取り辛い抑揚の声が、途切れ途切れの嗄れ声となり更に聞き取り辛くなる。
「頼まれたよ。……またね、セティちゃん」
≪――オ、カ、 、ナ、オ、 、 、ダ……≫
――可笑しな女だ。
口の動きから最後の言葉を正しくミカが受け取った直後、イツキの体は目と口を閉じ、体を弛緩させた。
意識こそ失ったが、穏やかに息を吸い吐く音が微かに聞こえる。
「……終わったのですか?」
一連のやり取りを記憶することに集中していたワカモが問う。
「うん、もう大丈夫。そっちの目は見えてきた?」
「漸く見えてきましたが、まだ滲みますわね……。兎も角、待機中のC&Cに報告を入れましょう。恐らく今なら、セトによる電波障害もない筈です」