全てが暗闇に包まれ何も聞こえなくなる直前、背中に圧し掛かっていた重みが不意に消えてなくなった気がした。
そうか、死ぬってのはこんな感覚なんだ――と、イツキは冷静にそう思っていた。痛みも恐怖も苦しみも感じない……"何もない"のだと。
"――こんな言葉じゃ、とても足りないけど。イツキ……、ごめん。私が、弱かったばかりに"
時間の感覚も分からなくなった。
だから、真っ暗になってどれだけ経ったのかにも、いつの間にか漆黒の空間に浮かび上がるように先生が立っていることにも、訝る考えが浮かばない。
ただ、これは走馬灯か夢なのだろうという確信があった。目の前の先生も、自分の頭の中で自分が喋らせている幻なのだろうと。
「はっは、――これで良かったんだよ先生。何も作れなくて、壊して、皆からもらってばっかりだった私が、やっと何かの役に立てたんだから」
"――恨まれる覚悟は出来てる。一生かかっても受け止めるよ。それが、大人の争いに巻き込んだ私の、責任の取り方だ"
「あっはっはっは、重い、重いよセンセー。私が化けて出るとでも? もう一度会えるなら是非ともそうさせてもらうけどっ」
"――そんな体にしてまで、君を生かしたのはきっと、君の為じゃない。私の為なんだ"
「――――ん?」
自分の頭の中で、都合の良い言葉を喋っているだけだと思っていたが、何かが引っかかる。
そんな体も何も、自分はとっくに死んで……。
――否。さっきから話しかけてきているのは誰だ? 本当に先生の幻(私)なのか?
"――話は変わるけど、その、イツキが最後にかけてくれた言葉についても、絶対に忘れない。今は立場上答えを出すわけにはいかないけれど、卒業後に私から尋ねるよ。君の想いが変わらないかを"
「………………何の話?」
まるで、何か明言を恥ずかしがっているかのような回りくどい話し方。
死ぬ間際の走馬灯というのは、こんなに長くて、頭をひねるようなものなのか?
そんな、今一つ締まらない疑念が、暗闇の中で覚えている最後だった。
目覚めたイツキは、子供の頃見たロボットアニメ以上のトンデモ展開に巻き込まれていることを、退院するまでのたっぷりの時間を余さず使って理解させられる羽目になった。
朝からソースに沈む数キロのステーキを丸ごとねじ込まれているかのような、胃もたれという表現も生ぬるい情報量。
取り敢えずあの状態から生還したという時点で既に彼女はツッコミ疲れを起こしていた。そして、あの暗闇の声の正体は明言こそなかったが、昏睡状態だった自分に本物の先生が話しかけていたものだったのだと察する。
「ところで、私からの最後の言葉って何、先生? 頭悪い私は何倍も頑張らなきゃ、とか言ったかなと……」
「いやその後なんだ。っ、オホン。……そ、卒業したら私と結婚してください、って……」
「――――――??????」
思考が凍り付く。
告白する妄想は何度もしたし、確かにあの時も、最期だと思ってそんな幸せな妄想の中に飛び込んだ気もする。
先生にそんなストレートな告白をしでかしておきながら生き残ってしまった時点で顔から火が出そうだが、それだけでは済まないとんでもない何かを見落としている気がする、とイツキはわなわなと唇を震わせる。
「……、どっ」
「……」
一語だけ口にしたイツキから、先生は赤らめた頬を掻きながら気まずそうに目を逸らす。
「…………、動画、配信、は?」
「………………………………うん。その…………、…………………………………………全部」
「――」
あの動画、視聴者は何桁になっていた? ――少なくとも、かつてのMOBとしての配信時の平均と比べ、0がずらりと並んで追加されていた筈。
確かに一人でも多くの誰かに知らせる為、バズらせようとしてそれは成功した。先生も無事で自分も命を拾った。
それは喜ばしい事だ、大団円。――なんて、いいことを考えなければ心を保てない、消せない現実。
動く手があれば顔を覆いたい。
何も見たくない。
聞きたくない。
「――――帰って」
「……うん」
「――あ"、あ"じだまでに、おぢづぐ、がらっ」
イツキにとって最も肝心な『四肢』の話が出来たのは、一睡も出来ぬほどの羞恥に悶え苦しんだ、翌日の事だった。