東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第三十三話】札付き三人組

最も恐れる師匠から、一方的な宣戦布告を告げられたその日の夕方。

イツキは事実上の留置所となっている病室で、二人の来客を待っていた。

シャーレの業務を置いて此処に来たという先生は、既にあちらに戻っている。

"明日以降でもいいのに、本当に大丈夫?"と先生が案じてくれた事に頷き、この約束を取り付けたのだ。

彼女達が少しでも早く落とし前を付けたいと考えていたとしたら、可能な限り早く応じるのが誠意だと考えたから。

 

 

「――入りますわよ」

 

「どうぞ。鍵は外からしか掛かってないよ」

 

 

返答にブラックジョークを添えたのは、一切の遠慮はいらないという意思表示。

拒絶の言葉を並べ続けてろくに返事も聞かないまま気絶した後、初めての会話だ。

しかしイツキの予想に反し、扉を開いた狐耳の少女は怒りに目を吊り上げてはいなかった。

如何なる怒りも誹りも甘んじて受ける覚悟でいたイツキはこの想定外の展開に、先生が退出してからずっと考えていた筈の謝罪の言葉が頭から飛んでしまう。

 

 

「………………あ、……あの、」

 

 

兎に角、あれだけボロボロにされながら今は健在であることを喜ぶべきなのか、しかしそれは自分のせいで……とイツキは迷い言葉を詰まらせる。

何とか言葉を搾り出そうとする姿を見て、ワカモは唇をかんだ厳しい表情を浮かべると早足で迫る。

後ろに控えていたピンク髪の少女はそれに倣わず、閉じた出入り口を背に立ち止まり黙って彼女を見届けている。

無言で肉薄するワカモにイツキが何も言えないままでいると、彼女は正面で立ち止まる間も置かず行動に出た。

静かな狭い病室を、頬を張る短い音が満たす。

張られた勢いのまま首が右に逸れ暫し動けなかったのは、左頬が声が出ない程痛かったからではない。

彼女らしからぬ行動だと感じてしまったからだ。もっと苛烈な罵倒や派手な制裁が待っているものと。事実、それに至るだけの事をしでかしたのだから。

我に返ったイツキが頭の向きを戻してタレ目気味の金眼と視線を合わせると、ワカモは強張った表情で口を開く。

 

 

「……今のは、あなたが最後の最後に、私(わたくし)に『見えない目の前』で心中同然の暴挙を働こうとした分です。あのようなおぞましい展開を、視界を奪われ何もさせてもらえずただ傍で聞かされ、無用な恐怖と焦りを抱かせた事への憤り。それをこの一撃で水に流す、私の寛大さに感謝なさいませ」

 

「……うん。その、本当に、」

 

「あなたの謝罪の言葉に価値などありません。己の価値を地の底の溶岩にまで見積もっているような、今のあなたには」

 

 

何か言いかけたイツキをつまらなそうに遮ると、ワカモは腕組みをして少し目を吊り上げ、一呼吸おいて告げる。

 

 

「己の価値を己で見出せないなら、誇りを持ちなさい」

 

 

その言葉は、生まれてずっと己の自信の持てなさに苛まれてきたイツキにとって画期的なものであり、光明だった。

ろくな誠意を示すこともできない申し訳なさに伏せていた目が、ハッとしたように見開かれる。

 

 

「あなたはこの狐坂ワカモが先生を巡る好敵手と認めた、この世でたった二人の女の一人。己を貶めるという事は、そのあなたを認めた私達二人の目が節穴であったと貶める事。……分かったなら、言葉にして私達に聞かせて下さいませ」

 

 

離れた後ろで扉にもたれ掛かっていたミカを見遣ると、目の合った彼女は微笑み頷いた。

ビンタの時も驚いたり止めに入ろうとしなかった辺り、この流れは事前に打ち合わせていたのかもしれない、とイツキは思う。

 

 

「うん。あなた達の好敵手として、並べるように頑張る。もう腐ったりなんてしない。二人とも、私を連れ戻しに来てくれて、本当にありがとう」

 

「……ふう、まだ理解が足りていないようですが、今は良しとしましょうか」

 

 

――あの日先生を守ってくれてからずっと、あなたが居るのは私達の後ろではなく隣だというのに。

これを告げては喜ばれてしまい、罰にならないかもしれないからと飲み込んだワカモは後ろに視線を寄越す。

 

 

「うんうんっ、二人ともお疲れ様!」

 

 

話の決着はついたという合図を受け取ったミカは、ふわりと広がったスカートと羽をはためかせて軽快に近づく。

 

 

「ミカ、……あの時、私は、そのっ」

 

 

セティの介入が無ければこうして話せるかも怪しい目に遭わせた少女に対しては、二人の為に前向きになろうと誓った今でも流石に罪悪感が勝る。仮にも厳しい態度で来てくれたワカモと違い、本人が何事も無かったかのように快活に話しかけてくるのだから猶更だ。

 

 

「私達に嫌われていなくなろうって、演じてたこと位は分かるよ。そういうの、私にも覚えがあるし。締めるところはワカモちゃんがさっき全部やってくれたから、私から同じような話はもういいかなー?」

 

「……ミカさん。あれだけの事をされて無かったも同然で済ませては、イツキ自身も抱え込んでしまいますわよ」

 

「そう言われてもねー。あれだけのことって何? 私達の話に耳を貸さずに大喧嘩になったこと? イッちゃんが自分で自分を悪く言って傷つけたこと? セトのビームを私に向けて何もかもぶち壊そうとしたこと? 友達同士で嫌なことも全部腹を割ってぶつけあったなら、その位よくあることなんじゃない?」

 

「少なくとも最後の1つは有り得ませんわよ、キヴォトスでも!」

 

「あははっ、まあ一旦それは置いといてさ☆ イッちゃんは今、自分の意思で脱走して大暴れしたことで此処に閉じ込められてるでしょ?」

 

「え、うん。そうだと思うけど……」

 

「前にも話したことあると思うけど。私もさ、クーデターだの色々やらかしてトリニティの監獄に入ってたんだよね。そしてワカモちゃんは言わずもがな、矯正局から脱獄してきた七囚人ってわけで」

 

「ミカさん? 事実ですが一体何を……?」

 

「そんな難しい顔する話じゃないよワカモちゃん。これで私達三人とも、投獄経験者だな~? って」

 

 

事実だが、わざわざ言葉にするには大変不謹慎な話に、ワカモもイツキも似通った呆けた表情を晒してしまう。

 

 

「……ええ。本当に、単純で品のない話ですわね」

 

 

先に気を取り直したワカモの表情に、呆れこそ多分にあったがふざけた話への怒りは感じられない。

それどころか、口元には和んだような微笑が浮かんでいた。

 

 

「うん、じゃあここからが私のしたかった話。イッちゃんはこれからどうなるのかとか、次に一緒にお出かけできそうなのは何時かとか、色々聞かせてよ! いなくなってる間に、いつもの道にすっごく美味しいパフェの車が来るようになったから、皆で行きたくて!」

 

 

謝罪や加害者被害者といったものを意識してしまう気まずい空気が、いつの間にか洗い流されている。

罪悪感で何からどう話したものか、蹲るしか出来ない私を、この天真爛漫なお姫様は強引に連れ出してくれる……。

 

 

「うん、それなんだけど……残念ながらパフェ食べに行く前に死んじゃうかもしれなくて」

 

 

彼女がこの場で自分に求めているのが贖罪ではなく「友達」なら、それに応えるのが誠意。

そう思ったイツキは、少しふざけた突飛な物言いで切り出す。

諫めつつも道を示してくれる厳しくも優しい少女と、臆病な自分を輪の中に引っ張って入れてくれる少女に感謝し、その"友達"でいられることへの誇りを感じながら。

 

 

「え? どういう事?」

 

「……聞いてませんわよイツキ、今度はどういう厄介ごとを抱えたのです?」

 

 

きょとんとするミカ、深刻そうに頭に手をやるワカモの前で、イツキはネルに本気の戦いの約束を取り付けられたことから話し始めるのだった。

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