外部との連絡手段が絶たれていようと、退屈はしない。
ただでさえ成績崖っぷちのところを失踪する形でサボっていたのだから、時間がいくらあっても足りない位だ。
誰かが会いに来ている時以外の時間を勉強で埋めていると、あっという間にイツキの「退院」の日はやってきた。
――学園に復帰できる日は、ネル先輩との決闘の後だったな。
病院を出た足は自宅に向けながら、一応行き先を考える。
行くことそのものを禁じられてはいないが、やはり復帰前にミレニアム学園に足を運ぶのは憚られる。
かといって考えなしにぶらついて、問題を起こしたら決闘どころじゃなくなるかもしれない。
特異なことはせず、とりあえず家に引きこもって勉強とイメージトレーニングで時間を潰そうか……そう思っていた時モモトークに連絡が入った。
少し意外な人物から、渡したいものがあるという内容で。
「急な連絡だったのに、すぐに来てくれてありがとうございます」
C&Cの一人、コールサイン「ゼロスリー」室笠アカネは、いつものロングスカートメイド服ではなくアイボリーのカーディガンを羽織った制服姿で待ち合わせ場所に立っていた。
「いえ、どうせ当日まで暇でしたので……。あの、アカネ先輩? 決闘の件と関係あるとのことでしたが」
「はい、リーダーが伝え忘れていた事がありまして。今日の私は丁度非番なので、代わりに連絡役を引き受けたんです」
アカネはそう言って所謂ガーメントバッグと称される大きなバッグを差し出してくる。
「決闘当日は、必ずそれを着て下さいね」
促されるまま受け取ったイツキがまさかと思い少しだけジッパーを開いて中身を覗くと、黒のロングスカートワンピースと白いエプロンが見えた。
最後に着たのはアビドスで暴走したあの日。
気絶から覚めた時には病院で入院着に着替えさせられていて、何処に行ったのか分からなくなっていた、イツキのメイド服。
特殊部隊であるC&Cの為、清楚可憐な見た目の中に過酷な任務に耐えうる頑丈さと動きやすさを併せ持つよう作られた逸品。
1つを洗濯している間も着られるようにか、替えも入っていた。
「靴や装身具一式についてもその中に収納していますので、確認をお願いします。不備があれば、後からでも私に連絡を下されば対応しますから」
「ありがとう、ございます。……あの、アカネ先輩。こ、この度は私の勝手な行動でご迷惑を……」
皮肉の1つも言わずそのまま用事をすませて帰ってしまいそうな先輩に、イツキは謝罪を口にせずにはいられない。
行方を晦ませた自分を捜索する為、C&Cも動員されていたという話で、彼女にも多大な迷惑をかけたに違いないから、と。
しかしそれを遮るように、アカネの人差し指を立てた手がイツキの口の前にかざされる。
「ストップですよ、イツキちゃん。続きはミレニアムに戻って、C&Cが集まった時に纏めてでお願いします」
「……でも、」
「本音を言わせてもらうなら、謝っている暇があるならメイドとして、所作の一つでも完璧に出来るようになって欲しいというところでしょうか。何度か練習したカーテシーも、まだまだぎこちなかったですしね」
「うっ……」
穏やかな口調と柔和な微笑みは変わらないままなのに、イツキは圧を感じる。
ネルが戦闘の師匠であるなら、実はメイドとしてのイツキの師匠にあたる人物はアカネだった。厳密には一番教わる機会が多かったのがアカネだった、というのが正しい。
失敗したり不合格な仕事をしてしまった時、こんな風に笑いながら有無を言わせぬ圧をかけられやり直しを告げられていた日々を思い出す。
「……それと。くれぐれも、今度の決闘は持てる力を全て出し切って下さいよ? ここだけの話、リーダー……ネル先輩はその日をずっと楽しみにしてるんです。ここ最近は事あるごとにそのことに触れていますからね」
「はは……私を轢き潰して塵にする日のことをですか」
「いえいえ、きっと一方的な試合にはならないでしょう。だからこそ先輩も楽しみにしているんでしょうし、私もあなたなら白星も有り得ると思っています」
「買い被りすぎですよ……勿論、全部出し切って抵抗するつもりですが。私ももう少し生きていたいですから」
その場でアカネと別れ、アパートの自室に帰って来たイツキは、特に理由もないまま何日かぶりのメイド服を身につけようとしていた。
非常に長い白のサイハイソックスを履き、黒のワンピースの背面のジッパーを開いて両足を通して……と、手順が要る衣装を身に着けたのはメイド服が初めての経験だった。
ボサボサの茶髪の前髪さえまともに整えていなかった過去の自分は、制服か着脱が簡単なものしか着ないという、怠惰な男のような衣装事情だったから。
逐一助言を聞きながら何とか身に着けた最初の頃とは違い、ヘッドドレスやリボンといった全ての装身具を身に着けるまであまり時間をかけずに済むようになっていた。
姿見に映る自分を見る。
清楚な黒のワンピースと白いエプロンに胸元の空色のリボンが映えるメイド服を纏う、薄緑色の長髪の少女が、緊張した表情で吊り目気味の青と紫のオッドアイをこちらに向けている。
何となくその場で一回転してみると、パニエで丸みを帯びたスカートが更に膨らみを帯びて柔らかく広がり、腰の白いリボンが風に煽られた蝶の如く踊る。
さっき話したばかりの先輩の話を思い出しながら、背筋を伸ばして微笑を浮かべ、スカートの裾を摘まんで持ち上げてみる。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ。
ヨーロッパの女性の伝統的な挨拶にして、貴族令嬢やメイド達が行うイメージでキヴォトスでも知られている優雅な所作「カーテシー」である。
「……」
ここまでやって、表情を微笑で固まらせたままイツキは頬に熱が集まっていくのを感じた。
いったい自分は何をやっているんだ、と。
此処が自室だから良かったものの、誰かに見られようものなら羞恥のあまり気絶していただろうと心の中で頭を抱える。
馬子にも衣裳とはいうが、それどころか自分はこの清楚さも可愛らしさも天元突破したメイド服に「着られている」としか思えない。
独りでファッションショー紛いのことをして顔から火が出るような羞恥心を覚えている自分が、人前で堂々とメイド服で過ごせる日が本当に来るのだろうか、と不安を覚える。
(……というか、私は何で今これ着てるんだっけ? ほんとに何してんだ、私……?)
裾を摘まんでいた手を離すと、イツキは顔の熱が冷めないまま慣れた室内着に着替えるべく、エプロンドレスを脱ぎ始めるのだった。