「私はここまでです。突き当りの大きな扉の先で、本日の対戦相手が待っています」
「うん、ありがとうトキ」
「次は是非とも私と手合わせ下さい。『アビ・エシュフ』を用いた全力を味合わせて差し上げます」
「……あ、うん……き、機会があれば、ね?」
あのパワードスーツを使った本気の自分といつか戦え、と言われたイツキは口の端を引き攣らせた。
要塞都市エリドゥのバックアップがあった時のような理不尽な能力はないとはいえ、それでも尚「虚妄のサンクトゥム」の大軍相手に単身での時間稼ぎをやり遂げている。
そんな超兵器とそれを操る卓越した技量を持つ相手と戦えとは正気か? と思いかけたイツキは、これから戦う相手が弱点を突いたとはいえその彼女を下した「ミレニアム最強」であることを改めて認識する。
トキの乗ったエレベーターの扉が閉まる音を後にし、イツキは黒のハイヒールパンプスを固い廊下に響かせ歩いていく。
如何なる仕組みによるものか見当もつかないが、一見不安定なこの靴で歩く時に不自由を感じたことは殆どない。実際、アビドスのヘルメット団戦でも存分に機動力を発揮できている。
それほど長くない一本道。左右にまばらに扉はあったものの、迷う理由にはならない。
言われた通り突き当りにあった大きな両開き扉の前で立ち止まり、一度だけ深呼吸をして、取っ手に手をかける。
(…………いつもの訓練施設より、大きい)
四角く切り取られたような、机も椅子も何もないシンプルな空間が開いた先には広がっていた。
部屋の中はここが地下であることを示すかのように薄暗く、照明が少ないように感じる。
空間の中央。
ネルはいつものメイド服姿にスカジャンを羽織り、地面に垂れて届くほど長い鎖で繋がった二丁のサブマシンガンを手にして立っていた。
「……よう」
「……お久しぶりです」
映像の中で青筋が浮き出る程の怒りを露にしていた彼女は、今は若干気まずさのようなものを滲ませた表情で、銃を持ったまま右手をあげて会釈。イツキも軽く頭を下げて礼をする。
他の謝罪は一切受け付けないという話を心に刻んでいるイツキも、今までC&Cメンバーと顔を合わせた時のように、その話を切り出そうとはしない。
「……ちゃんとウォーミングアップしてきたんだろうな?」
なら何を話せばいいだろう、と何も口にできないでいると、ネルはリラックスした口調でそう尋ねてきた。
「武器の手入れは? そういう準備の怠慢でハイ負けましたっつーことになりやがったら、死にたくなるような地獄を味合わせた末に殺すしかなくなっちまうからな?」
「やってますよ。バカで不器用な私は、それでも当たり前のことを万全にこなしていくしかない。言い訳して努力することを諦めちゃいけない。……ずっと、あなたに教わってきましたから」
「……ふん。心の準備も出来ているようだな」
物騒な言葉の裏に、こちらの緊張を解こうとする優しさを感じる。
初めて出会った時もそうだった。強くなった自分に酔って無茶な戦い方を繰り返していた自分の、天狗のような鼻っ柱をへし折って叱り飛ばしてくれた。
恐怖で無理やり自分に付き合わせるような言い方をしながら、当然のように時間を割いて何の見返りも求めず戦い方を教えてくれた。
授業料としてC&Cで働け、と強要されたが――自分のようなメイドスキルのないバカを抱える事の何が対価になったというのだろう。
「そこ、丸い線が描いてあんだろ? 開始位置のマークだからその上に立て。あたしは向こうの反対側だ」
話しながらネルは既に自分の位置まで歩き始めている。
清潔な白い床に惹かれた黒い丸の上へと、イツキは言われた通りに立って尋ねた。
「立ちました。開始の合図はどうします? コイン代わりに空の薬莢でも投げますか?」
「それはあたしらの役目じゃねえよ」
「?」
ここには自分達二人しか居ないと思っているイツキは困惑するが、ネルはお構いなしに自身の開始位置マークの上に立って顔を上げ、怒鳴りつけるように声を張り上げる。
「オイ! こっちはOKだ! いつでもいいぞ!!」
一見大げさな独り言にしか見えない行為をイツキが訝った直後、地響きと共に空間全体が揺れ、不意を突かれよろめいてしまう。
「!?」
反射的にネルを見るが、取り乱している様子はない。想定外の事態にも動じないという風ではなく、明らかにこうなることを知っていたように笑っている。
そもそも、彼女が声をあげた直後にこの事態は起きた。
一体何が……と考え、体に掛かる重みから「空間全体が上昇している」ことに気付く。
「ネル先輩!? これは一体……!?」
「わりぃな黙ってて! あれからミレニアムに行ってないお前じゃ知る筈ねえよなあー!」
地響きの音に負けないよう互いに声を張り上げる間も揺れと上昇は収まらず。
何が起きているのか、このままじっとしていていいのかとイツキは不安に駆られるも何も出来ず、ただ目の前の先輩と同じようにその場に踏みとどまり続ける。
『会場の皆さん!! 大変お待たせいたしました!!』
他に誰も居ない筈の空間に響き渡る、目の前の人物ではない誰かの声。
直後に揺れが止まり、四方の壁と天井を覆っていたグレーの色が砂のように細かい粒子になり、その隙間から差し込む光に思わず目を細めるイツキ。
『只今より始まりますのは、ミレニアムサイエンススクール主催にて行われます緊急イベント!! あのコールサインダブルオー、約束された勝利の象徴に土をつけるべく、一人の戦士が名乗りを上げた!!』
(これって……太陽の光!?)
細かい粒子になった色は更に小さくなっていき、全てが中心に収束するように消えてなくなった。
後に残ったのは、曇りなき透明の壁と天井。
「っぅあっ……!? はっ!? へええ!!!???」
2メートルは超えるであろう相当な分厚さの壁越しに見えたのは、人。
ミレニアムサイエンススクール制服姿の、夥しい数の人々。
壁の四方を囲むように階段状に長椅子が設置されていて、その殆どすべてを彼女達が埋め尽くしていた。
アナウンスに呼応し堰を切ったように皆が歓声をあげる様は、さながら国の代表の決勝戦を見に来た観客。
『司会進行はこの度同学園にお招き頂きました、クロノスジャーナリズムスクール報道部、川流シノンが務めさせて頂きます! それではこれよりラフプレー上等のタイマン、無制限一本勝負! 【死闘の00(ダブルオー)!!】堂々開幕です!!』
既に凄まじい圧となって己を囲んでいた歓声が、更に一層強まったのをイツキは感じる。
目を剥いた驚愕の表情で諸々の方向を向く度、見覚えのある錚々たる面々とも目が合った。
『尚、この試合は我々とヴェリタスらミレニアムの情報技術者の協力の元、キヴォトス全土に生中継されております!! ちなみに東戸イツキ選手にはこの時まで伏せさせて頂いておりました! サプライズへの素晴らしいリアクション、誠にありがとうございます!!』
「……ぶふッ。おうおうどうした元動画配信者さんよ? 注目されんのは慣れてんだろ、手でも振ってやんねえのかあ!?」
目と口が開きっぱなしの状態でキョロキョロ周囲を見渡す対戦相手の状況がツボに入ったのか、ネルは思わず吹き出しながら煽るように促していた。