『それでは改めて選手のご紹介です! 赤コーナー!! 御存じC&Cのリーダーにしてコールサインダブルオー、【約束された勝利の象徴】!! ミレニアム最強と名高き破壊神メイド!! 美甘ぉぉぉぉぉぉ!! ネルゥゥゥゥゥゥゥ!!!』
長い金髪をポニーテールにした褐色肌の少女が激しくマイクに声を送った途端、ドッと爆発するような歓声があがり、名を呼ばれたネルはサブマシンガンを手にする両腕をガッツポーズするように掲げ、声援を送る観客に雄たけびをあげてアピール。
『青コーナー!! 同じくC&C、コールサインゼロファイブを賜りし超大型新人! 彗星の如くミレニアムに現れた、シャーレの先生救出最大の功労者!! 翡翠の雷鳴改造人間(サイボーグ)!! 東戸ぉぉぉぉぉぉ!! イツキィィィィィィィ!!!』
またも轟く歓声の爆発に、声を向けられた本人はメイド服のスカートをぎゅっと握りしめながら、口を閉じることも出来ず周りを見渡すしかできない。
「オイ何縮こまってんだ天下のMOB様よ? お前への声援だろうが、手くらい上げてやれよ! 聞いてんのか!?」
冷やかしに徹してやろうとしていたネルは、イツキの想像以上の動揺ぶりを見かね、ついフォローするようなことを口にしてしまう。
『さて、お二方と客席の皆さまに、本闘技場のギミックについて説明をさせて頂きます!』
結局、シノンがそう進行を始めて歓声が収まるまで、イツキは何と応えることも出来なかった。
『安全の為選手のお二方はその位置から動かないようお願いします! よろしいですね! ――それでは技術班の皆さん、お願いします!!』
呼びかけた瞬間、再び地響きが発生し、場内のあちこちの床から白く継ぎ目のある柱がせり上がって来た。
それだけに留まらず、更に左右に枝分かれするもの、しないものと存在し、柱そのものの高さも異なっている。
天井すれすれまで伸びて樹木のように広く枝分かれするように展開しているものもあれば、膝より下までしか隆起せず足元のつまずき石程度にしかなっていなさそうなものまで様々だ。
「……ハア。エンジニア部の連中……この短期間で作りすぎだろ……」
結果、ものの数分で鉄製の樹木のジャングルの如き光景が完成するのを目の当たりにし、ネルは呆れたように細めた目でひときわ大きな柱を見上げてため息をつく。
対するイツキは目と鼻の先で繰り広げられるミレニアムの超技術を前に、混乱と興奮のあまり倒れぬよう意識を保つのが精いっぱい。
『尚、当ギミックについては公平を期す為、一部スタッフを除き此度が初のお披露目となります! 勿論ネル選手にも未公開でしたので、イツキ選手はご安心を! ここからは本闘技場創造にも関わりましたエンジニア部、豊見コトリさんに解説をお願いいたします!』
『エンジニア部1年の豊見コトリです! この説明はお二方の勝敗に関わる重要な内容となりますので、何卒ご静聴願います! さて只今展開いたしました、一見全て同じ材質に見えるこれらのオブジェクトですが、実際は材料の配分が全て異なる為、耐久力が違います! ピストル一発で崩れかけるものから、戦車の主砲複数回の着弾に耐えうるものまで千差万別! これがどういうことか! 遮蔽物としたつもりがあっさり破られ手痛いダメージを受ける、想定外に固いオブジェクトの壁と相手選手に挟み撃ちにされる……少し思いつくだけでもこういった事態が起こり得ますが、後は活かすも枷にするも戦うお二方次第! ちなみにオブジェクトは全自動でシャッフルの上、同じ規格のパーツを組み合わせて構成されています! よって作成した私共にも目の前のどれが脆くてどれが頑丈かは分かりません!』
解説を聞き終えたネルは既に、出現した複数のオブジェクトに目を遣りながら思案を巡らせていた。
(つまりこいつらは遮蔽物としても障害物としても目隠し以外での過信は禁物ってわけだ。仮に全てのオブジェクトの耐久力を知ることが出来るなら有利をとれるが……恐らくそれを探る時間は無え。イレギュラーが発生する率は避けられねえと割り切って、戦術を組み立てるのが妥当か? 時間が無えのは相手も同じだからな)
『勿論、オブジェクトは好きなだけ破壊して頂いて構いません! それにより得られた耐久力のデータは貴重な資料とさせていただきます! 私からの解説は以上になります!』
『コトリさん、ありがとうございました! 勝利条件は相手の気絶・降参の何れかとなります! 禁じ手は御座いませんので荒れた試合模様が予想されますね! やっぱりこれ生中継するのヤバいんじゃ……と言ったところで走り出した放送はもう止まりません! さあ、ステージギミックと条件の説明が終わりまして、残すところは試合開始のゴングを鳴らすのみとなりました!』
(……開始位置、あたしとイツキの間にオブジェクトは無い。互いにガードはガラ空き、初手はどう動いてやろうか)
ジャングルのようだと己で表す程夥しいオブジェクトが展開されたにも関わらず、ネルにはイツキがやや緊張した面持ちでショットガンの肩掛け紐をいじっている姿が全て見える。
それは当然、イツキにも己を観察している相手の姿がハッキリ視認できるということ。
互いを阻む遮蔽物が存在しない以上、開始時にその場に突っ立っていては無防備な全身を相手の銃の前に晒すことになる。
『開始の合図は客席側にありますこの大型ビジョンにて行わせて頂きます! 3(スリー)、2(ツー)、1(ワン)のカウントが表示され、GOが表示されたと同時に開始! 当たり前ですがこれより前に動いたらフライングで反則ですのでご注意を!』
(……出来過ぎてるなあ。ミレニアム生徒皆の前で、最強のネル先輩とハンデゼロの一騎打ち。しかも皆は一方的な処刑ショーじゃなく、「戦い」を見に来てくれている……)
目を閉じ、軽く息をつくイツキの唇は笑みを浮かべており、既に緊張が解けていた。
(負ける理由なんて考えてたら両手両足の指じゃ足りないよ……。頑張れば負けたとしても皆労ってくれる。それはきっと、あの厳しいネル先輩自身さえ……)
――【本気であたしを殺しに来い】
地獄のような特訓の中で一度も勝てたことのない、目の前の対戦相手であり己の師である女傑に恐怖を抱いている事実を否定するつもりはない。
だが、その恐怖に屈するつもりなど毛頭ない。
道を示し、新たな居場所と目標をくれた人のあの言葉に応える為には、「全力で頑張る」だけじゃ足りない。
(――信じてるよ、ネル先輩)
ショットガンを背にし、床を握りしめるように両手を付いた四つん這いに構える。
陸上で言うクラウチングスタートより更に低く腰を落とした、手を使うことを知らぬ獣の如き姿勢。
銃を持つどころか二本足で立ち上がるのも遅れ、急所の頭を対戦相手に差し出すような格好。
『さあ、両者構えはよろし……おや、イツキ選手? それが構えということでよろしいので――』
銃撃戦にはあまりに向いていない姿勢に思わず触れようとしたシノンは、言い切ることが出来なかった。
言葉が出なくなったのだ。
それは二人を見守っていた観客の大半も同じだった。
満員の客席とは思えない、異常な静寂が闘技場中を席巻した理由。
(気絶させようなんて甘い戦い方じゃ、あなたの足の爪先を舐ることも敵わない)
これまで、例え先生を襲撃しようとする相手であろうと、「痛い目を見せてやろう」という以上の感情を以て戦ったことはなかった。
自分でも理解しきれていない「破壊」の才能を全て目の前の相手にぶつけることを恐れていたからだ。いじめっ子達を壊したあの時と同じように、取り返しのつかない凄惨な結果を齎す気がして。
――だが、今は違う。
全てを出し尽くしても尚勝てる気がしない相手が、殺しに来いとまで言って背中を押してくれている。
(だから今日、私はあなたの 手足を引きちぎる。目玉を弾いて、下顎を捩じ切りにいく。 そこまでしなきゃ、あなたの強さには迫れないから)
ギョロリと丸に迫る勢いで見開かれ、血走った眼。
耳に迫らんばかりにばっくりと裂けた笑み。
会場中から声がまばらになるまで絶えるほどの吹き荒れるイツキの「殺意」を真正面から受け止めて尚、"約束された勝利の象徴"は揺るがない。
――否、会場の声を奪った要因の半分かそれ以上は彼女の「それ」だった。
(口になんざしなくても分かるぜ、馬鹿弟子。あたしを惨めな姿に変えてやろうたぁ、大きく出るようになったじゃあねえか……!!)
目にしただけで並の悪党は抗うことを諦めるという、鋭い吊り目を更に三日月形に吊り上げ歯を剥きだしにする悪鬼の如き狂笑。
弟子の殺意に当てられたネルは、怯むばかりか影の落ちた顔の中で赤い眼を爛々と輝かせ、おぞましい笑みを深めていた。