東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第三十九話】二十年に一人の逸材

(クソッ、また仰け反らされたせいで間に合わねえ!)

 

 

イツキの仕掛けてきた目潰し自体は紙一重で回避したが、余裕をもってとはいかなかった為に体勢が崩れていた。

立て直しながら迎撃しようと向けた銃は、更に低い姿勢でショットガンを構えるイツキを狙えていない。

此方が狙いを下に修正するより、イツキが引き金を引く方が早い――と瞬時に把握したネルは、あえてイツキのいる側の斜め上へと体に捻りを加えながら跳躍。距離を取るより視界から離れるべきという一瞬の判断だった。

空中で回転する体は、イツキとすれ違い背後を取った瞬間に計算されたタイミングで二丁のSMGを向け――

 

 

(――――なんっ、)

 

 

眼が合った。

ニヤリ笑いする口元のような角度で、青と紫の瞳を湛えた眼が笑んでいる。

顔が上下逆さだからそう見えている、等という事はこの時のネルにとってどうでもよかった。

愛銃ツイン・ドラゴンの片割れの銃身が、この狂ったように笑うメイドに掴み取られている事のほうが重大だ。

すれ違い様に掴まれた? そんな事をすれば此方の跳んだ勢いに引っ張られ転倒するか、無理な体勢という無防備を晒す羽目になる。

実際、この時のイツキは斜め上に跳ぶネルに引っ張られるような形で極端に後ろに反り、今にも両足を浮かせて背を床に叩きつけそうな体勢だった。

もう片方のSGはフリー、ゼロ距離でフルオート射撃を叩き込む絶好のチャンス……とは思えない。相手の笑みに惑わされたのではなく、ネル自身の積み重ねてきた膨大な戦闘経験が、今攻撃を仕掛けられているのは此方だと告げている。

しかし、此処から何をどう仕掛けられるというのか想像もつかない。――と、掴まれた銃身ごしに伝わる、"捻りを加えられる感覚"……

 

 

(……――ッソがあっ!!)

 

 

手を離せば愛銃を奪われる。

離さなければ体を捩じりながら強引に地に体を沈めるイツキに巻き込まれ、体を錐揉み回転させながら床に全身を叩きつけられる。

その二択を迫られていることを加速させた思考回路の中で理解したネルは、掴まれてない側のSMGを手近なオブジェクトに投げつけ……二つのSMGを繋いでいる鎖を絡ませる。

 

 

「!!」

 

 

投げられ伸び切った鎖がピンと張り詰め、想定外の方向から力の反発が加わったことでイツキの手からネルの銃がすっぽ抜ける。

ネルは抜けた勢いのまま、絡まった位置から振り子のように鎖に体を引っ張らせる。

 

 

(ミカから、イツキの体の柔らかさが厄介とかいう話は聞いていたが……)

 

 

斜め下に落下する体を足から着地させ鎖を解いて投げた銃を回収、床をスライディングさせイツキから距離を離しながら体を捻りツイン・ドラゴンで迎撃態勢を取る。

 

 

(あのブリッジ手前みてえなふざけた体勢から、骨が溶けてんのかってぐらい捻じれやがった! そこまで柔軟が得意なんて聞いてねえぞてめえ……!!)

 

 

叩きつける対象を失い余った「捻る勢い」を、イツキは半回転のひねりを加えたバク宙で吐き出し着地。

射程距離から離れこちらに銃を向けているネルを追おうとはせず、即座に遮蔽物を確保しようともせず――再び腰を落として極端に低い「四つ足」へ。

 

 

(……否、前から変だとは思ってた。改造による後付けの驚異的な脚力だの怪力だのに、あいつ自身が壊される事が無かった絡繰り……これがそうだってのか?)

 

 

互いに引き金を引こうとも、遮蔽物による攻撃位置の確保を行おうともせずにらみ合う。

奇しくも試合開始直前に巻き戻ったような間合いと体勢だった。

 

 

 

 

 

開始からまだ10秒程度しか経っていない攻防を正しく認識できている観客は、一部の実力者のみと限られている。

普段であれば最優先とするルーチンワークのトレーニングを中止してまで席についていた彼女もその一人。

長い黒髪をポニーテールに結い、体に貼りつくようなトレーニングウェアにウインドブレーカーを羽織った出で立ちの少女は、立ち上がり身を乗り出しかけたのを後ろの観客の事を考え何とか押しとどめていた。

 

 

(……肉食獣のような機動を実現するとてつもない筋肉のバネと柔軟性。それらを支えるボディバランスもこれ以上考えられない、恐ろしくしなやかで理想的な肉体です。何れもトップアスリート達が鍛錬の果て、"近づけるのがやっと"の領域)

 

 

トレーニング部部長、乙花スミレは健康科学に通じ、筋肉と運動を信仰レベルで重視しているというミレニアムでも斜め上に突き出た思想の持ち主である。

故に他人の肉体や筋肉の審美眼も磨き抜かれており、この僅かな攻防における動きも優れた動体視力は見逃さなかった。そもそもこの席に座ったのはネルとの決着目当てなどではなく「イツキを見る為」だったのだから目を離す訳がない。

彼女自身も先生を"トレーナー"と呼んで慕うシャーレ所属生徒の一人であり、その伝手もあって聞いていた「驚異的な身体能力を有する改造人間」には長らく興味があったのだ。本格的に接触する前にイツキはネルにC&Cへと引きずり込まれてしまい、今まで関わる機会を得られなかっただけで。

 

 

(あんな、あらゆるスポーツで世界を狙い得る【二十年に一人】の逸材が、一歩間違えば表に出る事なく居なくなっていたなんて……!!)

 

 

バネと柔軟性、ボディバランス。それらも改造により後天的に手に入れたものなのでは? と思われても仕方がないが、健康科学や筋肉に関わるあらゆる知識に精通しているスミレは、イツキの改造手術に関与していない立場でありながらそれが大きな誤解であると知っていた。

分不相応な力を秘めた四肢を後付けするということは、四肢それぞれに暴れ馬を一頭ずつ縛り付けるようなものだ。

通常なら力を発揮した瞬間、八つ裂きの刑のように腕と足が千切れて吹き飛んでしまう。

ならば四肢を繋ぐ筋肉も理想的なものを作ればいいのでは、という考えも現実的ではない。

ミレニアムの最先端技術を以てしても、本人に元々あった肉体を可能な限り再現した義肢でなければ神経の伝達に齟齬が生じるなどし、動かせるレベルには至らない。

ふと、スミレの脳裏に、イツキが四肢を失う契機となったカフェの倒壊事件のことが思い起こされる。

 

 

(あの時、各地の妨害工作で救援が遅れる中、彼女は夥しい瓦礫を背にし、気力だけでは説明がつかない程長時間持ちこたえたと聞きます。並の硬さの筋肉では早々に断裂し潰れてしまっていた重量を、そのバネと柔らかさで受け止めていたからだとしたら。……今となっては確かめる術などありませんが、あの逸材たる筋肉はやはり彼女が元から……)

 

 

全ての世の問題は運動で解決できるという理想を追い求めるスミレは、テレビの向こうにいるアスリートからさえ見いだせなかった筋肉を生で目の当たりにし、興奮のあまり思考がとまらない。

 

 

(ネル先輩の直弟子で無ければ、彼女にはどんな手を使ってでもトレーニング部に来て頂いたでしょう……兎に角、彼女が埃を被り埋もれていくことなく、こうして表舞台に出てきてくれたことに、私は感謝すべきなのでしょうね)

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