東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第四十話】占い

イツキが失踪して間もない頃のこと。

 

 

≪二足歩行の生物としては上澄みの中の上澄みだ。にも拘わらず、お前は自らの意思でその類稀な柔軟性を隠しているように見える。理由を聞きたい≫

 

 

当時セトと同一視されていたセティが問いかける。

適当に拾った「ツチブタの被り物」で顔を隠したイツキは、遠くでヴァルキューレ生徒がざわめいているのを耳にしながら、潜伏している廃墟に佇んでいた。

 

 

「先生と出会う前の、惨めな自分を思い出すからだよ」

 

≪ほう≫

 

「いじめられていた時、例えば海老反りで頭を足で挟んだりして……柔らかくないと出来ないおかしなポーズを取って、連中を楽しませたりした。そうやってご機嫌をとったら、仕打ちが少しましになったから。MOBとして動画配信してた時は、爆弾を仕掛ける為に狭いダクトから侵入する時に使ったりした」

 

 

その体質がとてつもなく稀少なものであると気づけるスミレのような人物と出会えなかった為に、本人はピエロの芸程度にしか使えない下らないものとしか考えていなかった。

故に、ミレニアム生徒という「憧れ」の中にこれを持ち込みたくはなかった。

ちっぽけなこだわりだとどんなに言われようと、前に進む為にこの特技を無かったことにした。いじめられっ子でもMOB(迷惑系動画配信者)でも無くなった自分には要らないからと。

 

 

「…………ああ、でも、そうか」

 

 

暫しの間をおいて、一人納得したように呟く。

 

 

「もうあそこには戻らないんだから、こだわりなんて要らないんだ。言われるまで気づけなかったよ、セト」

 

 

以降、後にブラックマーケットで『ツチブタ事件』と称されることとなる犯罪組織の連続殲滅において、イツキはその柔軟性とバネを積極的に戦闘に活かすようになった。

本来日々の運動が無ければ固く衰える筈の身体は、ミカ達と相対するまでの僅かな期間にほぐれ、瞬く間に戦闘に活かせる域にまで至ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

『こ、これはっ……試合開始早々の濃密な鍔迫り合い! 双方未だ発砲していないことを忘れる戦いぶりです! ……予感はしてましたがやはり生中継での実況は無理ですね! 言葉にしている間に四歩も五歩も状況が進んでしまいそうです!』

 

 

一時は静まり返ってしまっていた筈の客席は、僅か十秒程度で繰り広げられた激しい攻防にすっかり元の盛り上がりを取り戻していた。

 

 

「殺しに来いって言ったのはネル先輩です。……責任、取ってくださいよ?」

 

 

イツキは笑みに裂けた口から舌をべろりと垂らして言うと、自らの閉じた上下の唇をなぞる様に舐めずる。

四つ足の構えもあって、その様は正に獲物を見定めた狼の如く。

持てるカードは全部使えという師匠の言に従い、過去の醜い自分の象徴だったこの体質を衆目に晒すことに迷いはない。

 

 

「図に乗んな。まだ始まってもいねえだろ」

 

 

嗜めるようなことを口にしながら笑い、ネルは地を蹴り前進しながら引き金を引く。

その場で撃てばSMGの弾は十分届くと承知の上でイツキに接近したのは、遮蔽物の意味を無くす為。盾を構えた敵の脇に回り込むように。

意図を察したイツキは斜め前に跳ぶ。

ネルが想定しているだろうタイミングより速くすれ違うことで、脇に回り込もうというネルの目論見を狂わせる為に。

 

 

(――それをやるだろうよ)

 

 

交差し両者が最も近づく瞬間、ネルは鎖に繋がれたSMGの片割れをイツキの身体中央に定めて引き金を引いていた。

読み切っていなければ合わせられない完璧なタイミングで。

 

 

(――対応、出来るでしょうね)

 

 

あと一歩で弾幕に晒されるという瞬間、イツキはネルに向かい飛び越えるように跳躍。

最も近づく瞬間ショットガンを手にしてネルに向け、

 

 

(構えんのが遅え)

 

 

散弾が放たれた下には既に居ない。

斜め後ろで両方のSMGを向けているネルに、イツキは既にショットガンを向けている。

移動先を読まれていることはネルも予測していた。訓練で踏み込みによる高速移動を多用するイツキを、この位置取りで散々背中に弾幕を浴びせて痛めつけたのだから。

 

 

(四つ足から銃を持って構えるまでの時間。あたし相手にその"遅れ"は致命的だぜ)

 

 

この瞬間イツキが居るのは逃げ場のない空中であり、最初から銃を手にしていたネルのほうが引き金を引くのは早い。

――そう思って狙ってくるだろうと、イツキは跳躍する際に体に捻りを加えていた。

 

 

(……な……!?)

 

 

絶好の機会に一発でも多く弾を浴びせてやろうと、中心を狙うというごく当たり前の選択が裏目に出る。

双頭の金龍が火を吹くのに合わせ、更に強く捻りを加えられたイツキの身体がネルの眼には円を描いているように見えた。

弾という猛獣を潜らせる、サーカスの火の輪のように。

 

 

(――これは占いでもあった。初見のうちに一発もネル先輩に浴びせられなかったら、私に勝機は無い)

 

 

凡そ銃を持つ者とは思えない、頭は逆さで体全体は円を描くように薙いでいるという奇想天外な体勢から、それをものともせず放たれるイツキの愛銃「WAS」の散弾。

 

 

「ッッ!!!」

 

 

裏をかかれた、それを咄嗟に理解したネルは背後に跳ぶ。

横に跳んでも散弾の範囲から逃れられず、その上でイツキから更なる追撃を食らうと判断した為に。どう跳ぼうとこの一発は避けられない、という現実を理解した故の選択。

 

 

(ッチ、まだ何処かで舐めちまってたか。――次は無えぞ)

 

 

弾の向きと同じ方向に退く動きも、一つ一つが旅客機を上回る速度で放たれる散弾の勢いは殺しきれない。

イツキの全力は、ミレニアム最強を相手取った近接戦闘でも通用し得る。

そう"占い"の答えを示すように、細かくばら撒かれる弾を浴びた体が吹き飛んだ。

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