(どうする……こんなの、鎖は放っておいて接近戦に持ち込むしか……!?)
銃口を相手に向け、鎖を緩ませつつこちらの攻撃を命中させるため接近するのが最善、と分かっている。
だが、こんな自分でもそう即断できるような事をネルが分かっていないわけがない、とイツキは気づいていた。
他の選択肢を潰され、そう動くしかないように誘導されていることにも。
(近づく為に踏み込んだところで、また距離を取られて引き撃ちで削られるだけだ。最悪これを繰り返すだけで私は先に削られ切って負ける……!)
互いにスピードに関してキヴォトスでも1,2を争う強みを持つ二人だが、その種類は異なる。
一足で弾丸のごとく長距離の直線を詰めることに長けるイツキに対し、ネルは反射神経と敏捷性に長けている。至近距離での鍔迫り合いになれば、その強みを活かした手数で襲い掛かるネルの攻撃をイツキは捌き切れない。
ならば怪力で押し通そうにも、鎖をショットガンに巻き付けられ、奪われるのを防ぐため手を離せない今そのカードは使えない。
(……あの時は、何で追いつかれたのか分かんなくて只々怖かったっけ)
初邂逅時、恐怖のあまり全力で目の前の彼女から逃げ出し、あっさり追いつかれた記憶が過る。
考えなしに駆けていた自分に対し、逃走経路を予測されその敏捷性で以てショートカットして回り込んだのだと今なら分かる。
(――あれ?)
ここまで考えて生じた違和感。
今は戦闘中、一秒の何分の一が惜しい。
こんな風に過去を回想する時間なんてない筈なのに、そうやって物思いに耽っている隙を見逃すはずのない相手からの攻撃が来ない。
見れば、ネルは闘争心溢れる笑みでこちらを見据えたまま、此方に銃口を向けたまま止まっていた。
――否、止まっていると錯覚するほどに酷く緩慢に動いていた。
激しい銃声も、観客席からの熱狂も聞こえない。
(……ああ、もしかして)
集中しすぎて時間の経過が遅くなっているように感じるというのは、昔好きだったロボットアニメで見たことがあった。
これがそうなのかな? と思う頃、イツキからは戦いの主導権を握られている事への焦りはすっかり消えていた。
(この鎖さえ外しつつ近づけたら、銃の片方を手放したネル先輩に不利を強いれる。でも、外そうとしてる間に狙われる……)
頭の中で結論が出る前に、イツキは体全体を捻り始めていた。
鎖が更に巻き付く方向に。
(……じゃあ、外しながら近づく? でも、そんな方法……)
捻って"助走"をつけながら、最大まで膝を折りたたんで力を溜めていく。
言語化する前に出ていた答えの通りに。
(あいつ、何を――)
突如体を捻りつつ膝を曲げ、こちらに跳躍せんとする体勢をとるイツキにネルは不穏なものを感じ取る。
接近してくるように仕向けたのは自分だし迎撃の準備は出来ている、なのに漠然とした嫌な予感が拭えない。
モヤモヤの正体を掴む時間もないまま、イツキは銃口をこちらに向けつつ此方目掛けて跳躍してくる。
――【鎖の巻き付く向きと逆方向に】すさまじい勢いで体を錐揉み回転させながら。
(!?)
後頭部に食らわせた弾丸の影響で、強化ガラスを揺らしたあの「踏み込み」程の勢いはない。
だが肉薄する頃……銃と両腕、両足を一つの直線とするような姿勢で回転するイツキの銃は鎖から抜けていた。
やったことは単純明快で、巻き付いた鎖を、巻き付く向きと逆に回ることで解いただけ。
しかし、銃を奪われないように固く握りながら体ごと回転し、更に跳んで目的の相手に迫るともなれば求められるバランス感覚も身体能力も並大抵ではない。
(何だと……!? 否、この状況はヤバい!!)
近づきつつ鎖を解く、身体能力のゴリ押しのような奇策に驚愕しつつも、それどころではない。
鎖を解かれた以上、残るのは武器の片割れを手放した己の不利だけ。
手元に引き戻す動きはとても間に合わない。
持っていた側の銃は既に火を噴き襲撃者の体を穿っていたが、千載一遇のチャンスに勢いづくイツキはその程度では止まらない。
(くそっ!!)
かろうじて背後に退くように跳ぶことができたのは、イツキのショットガンの有効射程に入る瀬戸際になってからだった。
予め見当をつけていた、オブジェクトの1つに着地しつつこの状況の打開策に思考を巡らせようとしたネルは、
――着地した筈の足が沈み、前のめりにバランスを崩す。
(『ピストル一発で崩れかけるものから、戦車の主砲複数回の着弾に耐えうるものまで千差万別!』)
(馬鹿な、こんな時にッ――!!)
足場にしたオブジェクトの耐久力が尽きて崩れた、コトリの説明が脳裏を過るまでもなくそんなことは分かっている。
今受け止めなければならないのは、状況を立て直さなければならない最悪のタイミングでこれが発生したということだ。
(…………まさか)
何て不運だと嘆きかけたネルの思考に、もっと恐ろしい可能性が過る。
考えるより早く動かさなければ逃げ切れなかっただろう体は、咄嗟に「さっき足場にしていたオブジェクト」に飛び移った。
それは一寸前、狙いを外したイツキの散弾が穿っていたものだったと思い出したのだ。
(誘導された、のか……? あの弾丸で、あと一発踏めば崩れるまで削られたオブジェクトに……!?)
そんな狡猾なこと出来る筈がない。
バカで不器用であることを自称し、訓練では此方の罠に呆れるほど引っ掛かっていたような奴が、こちらの罠を利用して逆に罠を仕掛け返すなど……。
しかし、例え偶然であったにせよ状況は1ミリも好転するわけではない。
愕然とするネルの喉元に、狂笑を湛えた鬼が狙いを定めていた。