(またこの足場のない状況か……!)
忌々しい現実にネルは舌打ちしながらもフルスピードで頭を回転させ状況を分析する。
イツキの弾は3発発砲されあと5発、リロードの隙を晒すことを嫌った発砲の躊躇は期待できない。
前回は片腕が痺れていたが今回は両腕共に問題ない。但し片方の銃が手を離れていて、次の攻撃が来る前に回収することは厳しいだろう。
しかしイツキの側も後頭部への影響はまだ残っている筈で、前回のような神速の踏み込みは来ないと考えていい。動けているだけでも尋常ではない頭部の急所に打ち込んだばかりだ、これは相手を甘く見た希望的観測などではない。
(前よりスピードの落ちた踏み込みで近づき、ショットガンで決定打、ってところか? ……分かってても避けらんねえしな)
極限まで集中したネルの目の前で世界の動きは緩慢になる。
血塗れの顔で目を見開き笑うイツキの顔が、ショットガンの射程外まで離れているにも関わらず触れられそうな位はっきり見える。
彼女の纏うメイド服のロングスカートが、フワリと空気を孕み周りに広がりつつあった。膝を曲げ姿勢を低くしつつあることを示す布の動き。
その膝が伸びきった時何が起こるかなど、火を見るよりも明らかだ。
(さっきの神速が来ると分かり切ってた状況とは違う、ここは焦らず後の先を取った方が良さそうだ。あのスピードの踏み込みでさえなけりゃ、今の冴えたあたしなら見てから動ける)
時間が遅れて感じるほどの集中するこの感覚を、今日は何時に無く何度もモノに出来ているとネルは感じていた。
何故今まで出来なかったのかという答えは単純、やる必要がなかったからだ。そこまで集中して相手取る必要のある歯応えのある相手と、戦えた機会が少なかっただけ。
先程の類似状況ではタイミングを合わせることに集中したが、今度は後の先を取る……イツキの出方を見てから動く為、彼女の挙動に精神を集中させる。
目線、姿勢、指の曲がり、表情から、彼女の「初動」を見逃さない為に――
(……遅い……?)
そうして、十中八九『跳ぶ』だろうとその出方を伺っていたネルは訝る。
足場を崩して隙を晒した自分にダメージを与える絶好の機会が、時間経過で過ぎ去ろうとしていたのだ。
周囲から見れば秒にも満たない時間だが、いくらバカを自称するイツキでもこれに気づかない筈がなく、能力的に間に合わない筈がない。と、ネルはこれまでの激しい攻防の中で確信している。
跳ぶタイミングを間違えたのか、後頭部にブチ当てた鉛玉が此処で更に効いて動けなくなったのか?
この状況なら、射程距離に入る前に銃を回収して着地し立て直せる。
(何だ……? あたしは、何を見逃して……?)
自分に有利に転がってきているようにしか見えない状況に、逆にネルは不気味な予感を拭い去る事が出来ない。
ショットガンの射程距離は短く、ご自慢の怪力を活かせる近接戦闘となれば更に短くなる。
近距離戦を一番得意とするだけで中距離・遠距離戦闘が出来ない訳じゃない自分に対し、イツキは近づかなければ攻撃できない。
(………………違う……!!)
それが、"間違いである"と知っていて、その為の訓練もしてきた筈なのに。
目潰しや徒手空拳を用いた苛烈なラフプレー、銃をバットのように用いる掟破り、神速のタックル。これら全てによって、いつの間にか「イツキには近接戦しかない」と思い込まされていた。
イツキにとって一番不味い展開は、「これ」がバレて持っている側の武器についた鎖を使われ、その場から退避されることだった。
そこで膝を曲げ、視線をネルに集中させ、狂った笑みを意識して浮かべて「今からそちらに跳んで向かう」フリをした。
自分へと視線を釘付けにし、彼女の上下に呼び出した「これ」から目を逸らさせるために。
(…………ごめん、ネル先輩。こんなの、我ながら狡いって思うけど……)
これを"出す"デメリットは、精神力の大幅な摩耗だけではない。
出している間は維持に集中力を削がれ、その場から動けなくなるのである。
その為、ホシノ・ワカモ・ミカと対峙した戦いでも、動きながら出せたことは一度もない。
この大きな欠点故に、最速にして近接戦の最高峰に居るネルに対して不用意にこれを出そうものなら、動けない隙に詰められてあっさり負ける。だから今まで、絶大な威力を誇るからといって使うわけにはいかなかったのだ。
『な……!? あ、あれは一体……っ!?』
「は、え!? あ、あんなギミック知りませ……!?」
雷鳴と共に現れる、青白い稲妻にて形作られたような巨大な二つの三本指の手。
突如闘技場内に出現した訳の分からない物体に実況も解説も混乱。
(後で何て言われようと、これも私の"本気"だから……! これで、決めるっ……決めてやるっ……!!!)
多くの観客が目を剥く中、羽虫を退治するかのように合掌される。
幾ら類稀な反射神経の持ち主だろうと、未だ空中に投げ出されていて、イツキ自身の「後の先」を取ろうと集中していたネルに、視覚外の「セトの腕」を避けられる筈がない。
「っぐうあああああああああああああああっ!!!」
破壊の象徴を冠する存在の電撃が双掌を以て閉じ込めるように浴びせられ、然しものネルも絶叫する。
皮肉にもその視覚外を突くやり方は、セティに操られたイツキから奇襲を食らった時と同じだった。