東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第四十八話】適応力

(当たっ、た……!)

 

 

狙い通りの状況に喜ぶ間もなく直後に全身を襲う、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうな凄まじい虚脱感。

時間が緩慢になるほどの思考加速に加え、これまでの決して軽くない被弾の苦痛に耐えてきたことで精神力は著しく摩耗している。

こんな状態でセトの腕はもう一秒も維持できない。そしてこの試合では、片腕すら再び「出す」ことは出来ないだろうとイツキは本能で理解する。

既に存在が消えつつある稲妻の巨掌の少し下。

落下するネルは雷に焼かれ全身を焦がしながらも、威嚇するようにイツキを睨みつけていた。

 

 

(あれで気絶しないなんて……流石だよネル先輩。でも、ここまでだ)

 

 

何とか体を動かし、頭から床に激突するような致命的な落下だけは避けようとしているのが見て取れる。

しかし、その動きはこれまでの風のような機動を見てきたイツキには哀れなほど鈍く見えた。

人間は体に一定以上の大きさの電流が流れた時、筋肉の収縮が起こり自らの意思で動かせなくなる。

強い弱いという問題ではなく、肉体を持つ生物である以上避けられない理だ。

 

 

(セトが出せない自分にはもう、遠距離から安全に攻撃する手段はない。……でも、今の痺れたネル先輩なら……!)

 

 

イツキにとって、キヴォトス随一のスピードや戦闘技術よりも恐ろしいと感じるネルの力。

それは、同じ奇策は二度と通じないと思わせるほどの『適応力』だ。

強靭な精神力で不利な状況を歯を食いしばり耐え、信じられないほどの速度でその状況に適応し、不利など無かったかのように互角以上の土俵へと相手を引きずり込んでくる力。

自分の持つ力全てに「適応」されてしまえば勝ち目などないと、イツキは初めから意識していた。

だが、どんなに速くても「一瞬」ではない。

 

 

(その痺れに「適応」される前に、決着をつける!!)

 

 

二度目の跳躍のことは考えず、落下する標的を見定めて。

今度こそ本当に曲げた膝を伸びきらせる。

最高速度には及ばない「踏み込み」でも、無抵抗な相手と距離を詰めることなど造作もない。

ネルにこちらの姿は見えているのだから、反撃なり防御なりで対応しようとしてくるのは容易に想像できるが、痺れた全身でそれが間に合うほど此方だって甘くない。

――否、甘いところを見せるわけにはいかない。短い間とはいえ、私は"あなた"に鍛えられたのだ。弟子として恥ずかしい甘さを見せることなど許されない。

 

 

「っああああああアアアアアーッ!!!」

 

 

バレているなら関係ないと言わんばかりに、裂帛の気合の叫びと共にイツキはネルに肉薄する。

後のことなど捨てた全力の跳躍は、万全のコンディションでの「神速」には及ばずながら大差ない速度に達していた。

 

 

(……本当に。強くなったな、イツキ)

 

 

止めを刺しに鬼の形相で迫りくる弟子の姿を見て、ネルが頭に浮かべた称賛の言葉に余分な感情など含まれていなかった。

 

 

――『次はもっとあたしを『揺さぶる』ように立ち回れ、迷わせるとか誘うとかな』

――『手段は無限にあると思って山ほど考えろ』

 

 

教えたことを実践し、遂にはこちらにセトの腕のことを忘れさせ食らわせるにまで至ったのだ。

策に嵌った悔しさや己の未熟さへの恥じらいもあるが、弟子の成長への喜びに比べれば細やかなもの。

 

 

(――でもな)

 

 

ショットガンの射程距離に入る直前。

『痺れて動かない演技』を解いた片腕が瞬時に持ち上がり、襲撃者の眉間に照準を合わせる。

 

 

(……お前があたしに追いつこうとしてる間、あたしはその場で寝てたわけじゃないんだぜ?)

 

 

セトの電撃を浴びたばかりの体で、そんな機敏な動きができる筈がない。

――という驚愕の表情はおろか感情すら抱かせる暇も与えず、金龍の咆哮は轟き、青と紫の目の間に至近距離で掃射される弾丸が叩き込まれる。

 

 

 

童話の兎の如く己の力に胡坐をかくような輩に、"約束された勝利の象徴"を背負って立つ資格はない。

アビドスの暴走事件以降、ネルはある協力者の支援のもと、『密かに電撃に適応させ続けていた』。

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