東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第四十九話】師匠として

――それは、イツキが失踪して間もない頃にまで遡る。

電気を支配する「セト」の電波妨害(ジャミング)もあって捜索が一向に進展を見せない中、ネルは「彼女」の隠れ家の1つを訪れていた。

 

 

「……例のものなら、そこに出来ているわ。右斜め前の装置。電力はエリドゥの貯蔵分から供給することになるから、此処でしか使えない事は説明してたわよね」

 

 

壁の一面を覆う数多の液晶画面から漏れ出る光を灯の代わりとしたような、暗く散らかった部屋。

リオは黙って訪れたネルに見向きもせず目の前の電子機器を操作しながら告げる。

 

 

「相変わらず仕事が早いな」

 

「既に雛形が存在していたものを手直しする程度の手間だったから、この位は造作もない。使用法はスマートフォンに転送しているから、必ず確認して頂戴」

 

「おう、ありがとよ。これで対策を積んでいけるってもんだ。用途がアレなせいでエンジニア部に大っぴらに作らせる訳にはいかなかったしな」

 

 

リオは作業の手を止めて椅子ごと振り向くと立ち上がり、両手の拳を握ってネルと目を合わせる。

赤い瞳を宿す切れ長の目は困惑したように歪んでおり、拳は汗ばんでいた。

 

 

「……あなたには、返しきれない借りがあるから断ることは出来なかったけれど。こんなもの、命を危険に曝すだけだわ。今でさえ作った意味があるとは思えない」

 

「ハイハイまたそれな、耳にタコが出来ちまったよ」

 

「感電死に至る高電圧には出来ないように設定してあるし、被着用者の状態を感知して緊急停止と蘇生に移行する安全装置も設けている。……けれど、それでもとても安全とは言えないわ。雛形は海の向こうにある死刑執行具――電気椅子、なのだから」

 

 

リオが示した場所には、LEDが妖しく輝く「鉄製の椅子」とでも言うべき得体のしれない物体が鎮座している。

お世辞にも座り心地が良さそうには見えず、手枷や足枷が備わっており、更に網目状の禍々しいヘルメットのようなものが上部にぶら下がっている。

これらは反射的に体が椅子から飛び出さないようにするためのもので、それ以外の他意はないが、見た目には元になった死刑執行具同様の殺意しか感じられない。

 

 

「それでも、こっちの体を慣らしていくしかねーんだよ。あのセトとかいうバケモンに真っ向から対峙した時に、ちょっと小突かれただけで痺れて動けなくなりました、じゃ話にならねえんだ」

 

「これも何度でも言うわ。私達の体は、繰り返し電撃を浴びたところで耐性を獲得するようには出来ていない。収縮と回復を繰り返すことで太くなっていく筋肉のように、鍛えて強くしていけるものじゃないのよ。あなたはただ、無意味に電撃で体を痛めつけるだけ……あなた自身もそうなることは分かっている筈でしょう?」

 

「耐性がつかねえとしても。痺れながらどうすれば強引に体を動かせるか、意識を保てるか、この身で探ることは出来るだろ」

 

「……何で、そこまで? あなたの能力ならあちらの攻撃を食らわないでしょうし、そもそも"使わせない"戦い方だって出来る筈。なのにどうして、食らったことを想定した訓練にこだわるの?」

 

 

一年の頃からネルの強さを見届けてきたリオにとって、それは当然の疑問だった。

卑怯なやり方をあまり好ましく思わない彼女だが、かといって無意味に相手の攻撃を食らおうとする愚かな人物ではなく、目的の為なら仲間に頼ったり奇襲を仕掛けることも躊躇わない。短気なところはあるが、肝心な時に下らない矜持で思考を凝り固まらせ判断を誤るような人物ではないのだ。

 

 

「――あたしが気絶から覚めた時、既にイツキは病院に閉じ込められて、声をかけることも出来なかった。あいつはそのまま、逃げ出しちまって行方不明になっている」

 

 

ネルは【椅子】に座り、スマートフォンに送られてきた使用法を確認しながら答えを語る。

 

 

「今でもあいつはきっと、あたし達を殺しかけてしまったとか大げさなこと思っているんだろうよ。――そうやって要らん罪悪感をあいつに背負わせたのは、あの程度の不意打ちでさっさと気絶するほど、あたしが弱かったからだ」

 

 

もしも、あの時イツキを止めることが出来たのが自分だったなら。

意識を取り戻した後、よくもやってくれたなとでも言って軽く脅かした後。同じく酷い目に遭ったアスナも加えた2対1でシゴきでもして、罪悪感など吹っ飛ばしてやりたかった。

自分がミレニアム最強などという肩書を持ってしまっていた為に、それを気絶させいつでも首を取れる状態に持ち込ませてしまった事で恐怖させてしまった。

次に同じことが起きたら、誰も自分を止めてくれる人はいない、と。

気絶している間にホシノ……「他校の生徒」を巻き込んでしまった為に、事態をミレニアム内で収めるわけにもいかなくなり、結果としてイツキが思い詰めないよう話をする機会も失ってしまった。

 

 

「出来る出来ないじゃなく、あたしはあいつの力から逃げちゃいけねえんだ。それがあいつを弟子として引きずり込んだ、師匠(あたし)の責任だろうがよ」

 

 

自身を殺しかねず効果があるかも保証できない無謀な試みを、そうと分かっていても止められない理由。

それは、当時渋っていた彼女を無理やり自分達の仲間として引きずり込んだ事に対する責任感。

そして、自分たちに付き合わせていなければ、あんな最悪のタイミングでアビドスに行くこともなく、余計な苦しみを味わわせることもなかったかもしれないという罪悪感。

常人なら只座することすら怖気づくような【椅子】の上、靴紐を締めるような気軽さで足枷を嵌めながらネルは開発者に問う。

 

 

「――で? こいつのリミッターを外す方法は? 送られてきた取説に無かったんだが落丁か?」

 

「――心臓に多量の電流が流れ痙攣を起こせば、例外なく死亡する。そればかりは脅されても教えられない。というより、気軽に私を人殺しにする確率を上げようとしないで頂戴」

 

 

そうして捜索の傍ら、自らの体に電流を流し続けるという正気の沙汰とは思えない「訓練」を繰り返していたのだ。

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