東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第五十話】未知なる技

――額を穿たれた。

 

 

(……当てた、のに)

 

 

これまでの強敵の誰もが、受けるのではなく避けるか出させないことを選んだ「セトの腕」。

威力に加え感電による麻痺という絶大な制圧力を誇るそれは、完璧にネルを捉えていた。

そんな体で間を置かず腕をあげ反撃してきたという現実を、イツキは半ば理解できないままでいる。

 

 

(全部、受け止められた……真正面、から……)

 

 

直に頭蓋から伝わる衝撃に平衡感覚を奪われ、天井を見上げたまま地に落ちそうになる体を押しとどめようとするのは意思だけだ。

このように、まだ両足で立てているとはいえどう考えても隙だらけな状態を晒しているのだが、追撃は来ない。

点滅し霞む視界の中、ネルは前かがみの姿勢で立っていたが、先ほどこちらを撃つため上がっていた腕は再びだらりと下がっている。

銃を握る片方の腕は震えており、歯を食いしばった形相も合わさって今にも取り落としそうな腕を根性で必死に押しとどめているようだった。

強引に体を動かすことは出来たようだが、痺れがその体を蝕んでいることに変わりはないようだ。仮にも嵐と雷の神の一撃を盾もなくその身に受けて、一時でも体を動かせるのがそもそも異常事態なのだが。

 

 

(……まだ、負けてない……、けど。位置が、悪い……!!)

 

 

顔面を撃たれ後ろに吹き飛ばされたことで、イツキのショットガンの適正距離からは離れてしまっている。

対するネルのサブマシンガンは威力を十全に発揮できる射程内。

距離を詰めなければならないイツキに対し、ネルは再び腕を上げて引き金を引くだけでいいということ。

ただ近づくだけのことが、今のイツキには限りなく困難なことに思えた。

これまでのダメージの蓄積やセト顕現による精神摩耗、頭を撃たれ脳を揺らされたことによる虚脱感が、悉く己の戦意を折りに来る。

 

 

(止め、をっ)

 

 

前屈みになり、自然に出させる形で足を一歩前に進ませようとする。

もう、まともに歩くことさえできない。自慢の脚力で距離を詰めるなんて真似が出来よう筈もなかった。

一歩足を踏みしめただけで、視界の中で地平とネルの姿が斜めに傾く。それを自分の体が斜めに傾いでいるからだと考える余裕もない。

 

 

(……!!)

 

 

二歩目の足を振り子のように吊り出そうとしたイツキは、眼前で徐々に銃を持つ手を持ち上げていくネルを目の当たりにする。

この光景を目にした瞬間、イツキは分かってしまった。――間に合わない、と。

自分が距離を詰めるより早く、痺れに抗うネルが引き金を引く。この未来が覆ることはない、と。

諦めの感情ではなく、この戦いで研ぎ澄まされた分析力が告げる「現実」として。

 

 

(――『手段は無限にあると思って山ほど考えろ』)

 

 

崖っぷちで掴んだ岩肌が崩れていくのを見ている事しか出来ないような絶望的な状況の中で、それでもイツキは諦めない。

折れそうになる心を支えるのは、今この時は敵である師への感謝の念。

自分を鍛えてくれた時間は無駄では無かったと示すために、今倒れるわけにはいかないという狂気じみた執念。

考えることを投げ出さなかったことで、止めを刺すことに固着していた思考が柔らかさを取り戻していく。

こちらが先に攻撃するのではなく、あちらの動きを止めることができれば。

 

 

(何か、なにか。――撃たせない、方法――!!)

 

 

――撃てなくなる何かの方法を、自分は知っている筈だという根拠のない自信が突如、暗い穴の底にぶら下がる一筋の蜘蛛の糸のように降りてくる。

時間も体力も残されていない自分はこれに賭けるしかないと遮二無二しがみつき、回想されていく強敵との闘い。

ホシノと戦った当時の光景は、セティに操られていたとはいえ自分自身の記憶として覚えている。四つ足による高速移動等を早々に会得できたのもこの為だった。

素早く動き回るセティを止めるために、ホシノは何をしたか。それをされた自分はどうなったか。

思い出すと共に、ワカモとミカと戦った時に今度は自分が『似たような事』をしてワカモの一時的な無力化に成功した記憶も蘇る。

これらの経験を合わせたイツキの中に、我ながら馬鹿馬鹿しいと笑えてしまうような思い付きが生まれていた。

 

 

(――やったことはない。でも、出来なきゃ、負ける)

 

 

しかし、どんなに突拍子もない思い付きだろうと、できなければどちらにしても負ける。

駄目で元々のことなのだ、と固く目を閉じる。

位置目標は、自分とネルの間。

 

 

(やるん、だ――!!)

 

 

こちらを狙い撃とうとしているネルが、確実に「見る」ように――。

 

 

「な、にっ……!?」

(『――何だ、それは』)

 

 

次の瞬間訪れた光景は、ネルは勿論のこと、イツキの中に居たセティが想定すらしていないものだった。

端的に言えば、真っ白になった。

強化ガラスで出来た闘技場が。

イツキも、ネルも、オブジェクトも何もかも見えなくなる程の、全てを飲み込む強烈な光によって。

ガラスは一定以上の光を遮断する構造になっており、実況や観客の視界を奪うことはなかったが、それでも一瞬太陽を直視してしまった程度の軽い視界のチラつきは生じた。

異様な光景を目の当たりにした実況のシノンは狼狽、同じくこんな状況を想定している訳もなく唖然としているコトリと目を合わせる。

 

 

「あれは!?」

 

「そんな、イッちゃん――!?」

 

 

しかし、一番動揺したのは、その光を知っている二人。

シャーレのテレビで死闘を見守っていたワカモとミカだった。

"あの時"と同じことが起きていたなら、と。初見である大多数の面々よりも取り乱してしまうのも無理はない。

その光は、『セトの憤怒』そのものが顕現した時のものと同じだったのだから。

 

 

――だが、光が晴れた時。

闘技場内にセトの姿は無かった。

 

 

『――顕現時の光だけを、この次元に放出したというのか』

 

 

感情を持たないセティは、淡々と「かつてのどの器も成し得なかった事象」としてその事実を記憶する。

闘技場内に残されたのは、「白」に浸食され何も見えなくなったネルと、それを目を閉じやり過ごしたイツキ。

 

 

(――まだ、負けていない! 私も、ネル先輩も――!!)

 

 

人間は八割の情報を視覚に頼っているとされており、片足立ちで目を閉じていると開けている時よりフラついてしまいバランスを保つのが困難になる。

予想できる筈もない閃光に目を潰されたネルは、同じくこれまで浅くないダメージを負っていたのもあり、痺れた体では立っていられず尻もちをついてしまっていた。

対するイツキの視界は健在。

変わらず斜めに傾ぐ不安定な状態ながらも、着実に射程距離へと迫る三歩目が踏み出されていく――

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